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第377話 ワガママ


 《馬車置場》


 「なるほど、そういうことでしたか」


 あれからユキさんに事情を説明して、ユキさんからも現状を教えてもらった。 


 「そそ、だからユキさんの所に来たんだけど」


 「任せてください。元々、我々のパーティーだけでも行く予定でした。そこに勇者がもう一人と、国の代表騎士までいるなんて――勝つ確率がかなり上がります」


 ん? 確率が上がる?


 「僕としては、ありあまる戦力かと思ったんだけど……」


 「そうですね。普通の人間相手なら、これだけの戦力で大丈夫でしょう。ですが相手は魔王。彼らを倒せるのは、あなた達……勇者しか太刀打ちできないのです」


 「う……」


 そう言われると……責任、重いなぁ。

 アニメとかだと主人公が覚悟とか決めるんだろうけど、実際の勇者の“圧”って、半端ない……。


 「だから、まずはヒロユキさんの身体を元に戻すところからですね」  


 「その件なんだけど……何か手がかりとかあるかな?」


 「はい。ヒロユキさんと、その子供が乗せられた《天秤》。あれを壊せば、みんな元通りになるかもしれません」


 「なるほど……でも、壊しても身体が戻らなかったら、一生そのままなんじゃ……」


 「……クルッポー」


 「大丈夫です。出所は言えませんが、私には“確信”があります」


 「そ、そう?」


 「はいっ。それと、ヒロユキさん達が言っていた魔王の能力……あれは【重力操作】で間違いないでしょう」


 「でも、重力操作って……人間には作用しにくいんじゃ?」


 「魔法なら、そうですね」


 「……魔法なら?」


 「アオイさんも体験したことがあるはずです、魔王が持つ――“魔眼の能力”を」


 「…………そうだね」


 確かに、思い出すと――

 俺が戦った魔王も、明らかに“何か”能力を使っていた。


 あの時……俺以外の世界が、止まっていた。

 【時間停止】。まるでチートだ。

 それと同じような“絶対的な能力”を……他の魔王も使えるとしたら――


 「……クルッポー」


 「その能力をどうにかする件なのですが……今回は本当に運がいいというか、いえ、これも神の導きとでも言いますかね。代表騎士のキールさんが同行していると聞きましたが……今はどちらに?」


 「あ、キールさんなら――用事があるって言ってたから、今はここにいな――」


 「遅れて申し訳ない。今、来たところだ」


 いな……の「い」まで言いかけたその瞬間に、まさかの登場。

 本当に、ちょうどキールさんが現れた――なにこれアニメかよ!


 「あ、いえ、ホントに今ちょうどキールさんの話をしてたところで……えっと、此方がヒロユキくんのパーティーのユキさんです」


 「久しぶりだね、ユキさん」


 「お久しぶりです、キールさん……お酒はもう、飲めるようになりましたか?」


 「フフ、少々だけね」


 初対面じゃないんだとは思ってたけど……

 こうやって自然に挨拶してるのを見ると、なんか――


 (もしかして、俺以外勇者パーティーの人面識有りのパターン?)


 「ゴ、ゴホン……さて、それじゃあユキさん。能力の件だけど、説明はいらなそうだね」


 そう言うと、キールさんがすかさず問い返してきた。


 「能力……?」


 「あ、キールさんにはまだ話してなかったですね。実は、魔王の能力が“重力操作”だと……改めて確認できたんです。で、それを聞いたユキさんが――」


 「キールさんの【目撃護】なら、対処できますよね?」


 「えっ?」


 え、待って……キールさんって【目撃系統】使えるの!?

 あれ、確か――勇者くらいしか扱えないってギルドでも言われてたはず……

 それを代表騎士が使えるとか、ほんとに“伝説級”じゃん……!


 でも、肝心のキールさんがユキさんの言葉に、驚きの表情を浮かべた。


 「……どうして、私がそれを使えると知っている?」


 「あ、えーっと、えと……その、ですね」


 ユキさんが目を泳がせ、焦りながら口を開く。


 「ルコサさんと私は、知り合い……というか、ちょっと……変な関係で。そのときに聞いたんです」


 お、おぉぉぉおおお!? ちょ、ま――

 だ、誰!?その“ルコサ”って!?!?

 そして何その“変な関係”って!!!

 まさかの、まさかの愛人枠!?

 え、この中学生サイズのユキさんに!? ロリコンかあああ!?


 「……そ、そうか。アイツか……」


 「はい……アイツ、です……」


 キールさんは、苦虫を噛み潰したような顔で目を伏せる。

 どうやら、本当に知ってる人らしい。


 そしてそのまま――空気が凍った。


 ……気まずさ1000%!!


 「え、えっと、その話は……まぁいったん置いといて、だねっ!キールさんの【目撃護】で、魔王の能力に対抗しようって話で合ってるかな、ユキさん?」


 「は、はいっ。改めて確認なんですけど……お願いできますか?」


 それに対して、キールさんはゆっくりと頷いた。


 「……私の【目撃護】は、自分で発動するにはかなり魔力を消費する。時間制限はあるが、その間は――君たちに加えられるダメージをすべて無効にできる。……つまり、イエスだ」


 「す、すげえ……」


 いや、マジですごい。

 俺の【目撃縛】も感覚的にしか発動できないのに……この人、自分の意思で発動できるの!?


 「え、自分で発動できるんですか!?【目撃】を!?」


 「――あぁ、できますよ。アオイさん」


 うおおおおぉぉぉぉ!?!?

 この人、マジで勇者より強くない!?

 魔王討伐、この人で良くない!???



 「――というわけで、能力の件は解決。あとはこれから向かう場所についてですね」


 ユキさんが、きゅっと表情を引き締める。


 「ヒロユキさんや私たちがいた《食事場》へ行きましょう。そこに、今回の魔族……アヌビス族がいます」


 「わんわんお……」


 「? 何か言いましたか、アオイさん?」


 「い、いや、なんでもないよ……続けて、ユキさん」


 ――あっぶなっ。思わず心の声が漏れた!


 「作戦の詳細は馬車の中で話します。それと、必要な魔皮紙も互いに転送しておきましょう。補充はそこですませましょう」


 「うん、わかった」


 「了解しました」


 「……クルッポー」


 ユキさんが話を回し始めてからというもの、状況はどんどん整理されていく。

 まだ子どもに見えるけど、落ち着きと知性が段違いだ。

 ヒロユキ……我が弟ながら、本当にいい相棒を得たな。……変な関係のルコサって人は気になるけど。


 「くぁ!」


 「ユキちゃんもついてくるの?」


 「くぁ!」


 出発の準備を始めたタイミングで、眠っていたユキちゃんとあーたんさんが気配を察して目を覚ます。


 ……あー。

 本音を言えば、ユキちゃんはここに残っててほしかったんだけどな。

 手続きは終わってるし、安全な場所のはずなんだけど――まさかこのタイミングで起きるとは……


 「えーっと……」


 「くぁ?」


 仕方ない、ここは心を鬼にして言うしかない。


 「ユキちゃん、今回は本当に危険だから……ここに残っててほしいんだ」


 「くぁ……」


 ユキちゃんは寂しそうな顔で、じっとこちらを見つめてくる。


 「大丈夫!きっと帰ってくるから!ね?」


 「くぁ………………くぁ……」


 「ユ、ユキちゃん?」


 低く鳴いたユキちゃんは、何かを決心したように俺の横をすり抜け、馬車の入り口へと歩いていく。そして振り返って、まっすぐ俺を見て、鳴いた。


 「ユキちゃん……」


 「くぁ!くぁ!」


 「んぅ? わかったー!」


 どうやら、ユキちゃんの言葉を受け取ったのはあーたんさんだった。馬車を引く位置にいた彼女が、訳すように口を開く。


 「くぁ!くぁ! (前もそういって……おかあさんはユキから離れていった!)」


 うっ……。


 「くぁー……くぁくぁ! くぁくぁくぁくぁくぁ! (さびしかった……さびしくて、さびしくて……でも我慢した! それでやっと会えたのに! おかあさんに!)」


 「う、うん……そうだね、ごめんね……」


 それしか言えなかった。


 あのアバレーで、冒険者として過ごしていた日々でも、ユキちゃんのことを忘れたことなんてなかった。だけど……会うのが怖かった。



 「くーぁ……くぁ! (だから、ユキは絶対についていく! 何を言われても、絶対に!)」


 「…………」


 俺は、何も言えなかった。

 キールさんも、娘の決意にどう応じるべきか言葉を失っていて、ヒロユキもこちらの反応を見守っているようだった。


 そして――その静寂を、まさかの人物が打ち破る。




 「……何ですか、それ?」




 苛立ちを隠そうともしない声。


 口火を切ったのは、ここに来て一番静かだったはずの――ユキさんだった。


 「くぁ……?」


 「あなた、自分のワガママがどれだけの人に迷惑をかけてるかわかってるんですか!?」


 突如、怒声が響いた。

 ユキちゃんはびくっと体を震わせる。


 「く、くぁ……くぁっ!(う、うるさいっ……ユキは、ユキはっ!)」


 「その“ユキは”って言えば何でも通ると思わないでください! あなたの行動、全部みんなを困らせてるんです!」


 「く、ぁ……っ」


 ユキちゃんの目に、涙がにじみはじめていた。


 「……ユキさん、あの……」


 俺はおそるおそる口を挟もうとしたが――


 「アオイさんは黙っててください!」


 「は、はいぃっ!」


 ひぃ……怖っ……。


 俺の背中が一気に冷たくなる。

 女性恐怖症の俺にとって、女の子から怒鳴られるのって恐怖でしかないんだよ……。もう黙っとこ。


 キールさんもヒロユキも、凍りついたように沈黙してるし……

 あーたんも、あまりの剣幕に翻訳をやめてしまった。


 「くぁ!」


 「おかぁさんをいじめるな!そう言ってるんですよね?本当にその意見も自分勝手!これもあなたが原因を作り出したんですよ!解ってますか?」


 「く……」


 「いいですか、ハッキリ言います」


 ユキさんはまっすぐユキちゃんを見据え、声を張った。


 「――あなたがいたら、それだけで邪魔なんです。何もできなくて、ただ迷惑をかけるだけの人が!」


 「くぁ……!」


 「邪魔なんです! 隅っこにいても、遠くから見ていても、あなたは――邪魔! 邪魔! 邪魔! 邪魔邪魔邪魔邪魔ッ!」


 「くぁっ、くぁぁーー!」


 ユキちゃんがとうとう耐えきれなくなって、ベルドリの足でユキさんに飛びかかろうとする。

 だが――


 その動きは、誰の目にも予想されていた。

 ユキさんは軽く一歩、静かにかわす。

 反撃もせず、ただ――冷たい目で言葉を続けた。


 「痛いですか? 泣きたいですか? じゃあわかりますよね。あなたは“なーんにもできない”……そう、ただの弱い子なんです」


 「く、くぁ……っ!」


 「ねえ、考えたことありますか? 自分の行動で親友を失って、自分のせいで仲間が傷ついて、自分の代わりに――“好きな人”が、ズタズタにされて……!」


 「………………くぁ……っ……」


 「甘えてばっかりだったじゃない……おかあさんに……おとうさんに……。自分一人だけ“無傷で”生きてるって、それがどれだけのことか、わかってるんですか……!?」


 ユキさんの目には、怒りと一緒に――涙が浮かんでいた。


 「ぜんぶ……全部……弱いからなんです……! だから、せめて、これ以上みんなを困らせないで……お願いだから……!」


 「……くぁ……! くぁぁ……ぁ……」


 ユキちゃんは震える足で立とうとするが――

 ユキさんは静かに手を伸ばし、優しく、けれど絶対的な魔力でそのベルドリの身体を眠らせた。


 「……」


 ふわり、と崩れるようにユキちゃんが眠る。

 その顔は、涙と悔しさに濡れていた。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………クルッポー」


 ヒロユキが、静寂の中でひと鳴きして立ち上がる。

 あーたんのそばに寄ると、無言で首を振る。


 翻訳はなくても、誰もがわかっていた――

 「……行こう」――そういう意味だった。


 ユキちゃんを、そこに残したまま。


 俺たちは、誰も何も言わずに馬車へ乗り込む。


 馬車が、ゆっくりと、動き出す。


 「…………」


 「…………」


 「……すまなかった」


 最初に沈黙を破ったのは、キールさんだった。

 その言葉に、反対側の席で窓の外を見ていたユキさんが振り向く。


 「……どうしてキールさんが謝るんですか?」


 「……本来、ああいうことを言うのは、父である私の役目だ。だが……それを、君が代わりに」


 「なら、気にしないでください」


 ユキさんの声は静かだった。


 「……あなたの娘さんは、きっと大丈夫です」


 「……どうして、そう言い切れるのですか?」


 「他でもない、あなたの娘だからです。……そして」


 ユキさんは、窓の外から視線をこちらへと戻してきた。

 その目は、なぜか――まっすぐに、俺を見ていた。


 「……?」


 「いえ、何でもありません」


 そう言って、すぐに顔を戻す。


 「さ、時間はありません。作戦は私が立てました。必要な魔皮紙を補充しながら、説明します」


 「うん、わかった」


 「了解した」


 ……そうだ。

 切り替えなきゃいけない。


 戦いは――まだ、始まってすらいないのだから。










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