《町外れ レストラン前》
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、気を付けてください」
時刻は15時。
レストランはランチタイムの終わりぎわで、客の気配はない。
俺は一人で扉を押し開けた。
「いらっしゃいませ」
「ごめんなさい、まだ開いてますか?」
「問題ありませんよ。どうぞ、お好きな席へ」
町外れ+時間帯のせいか、他に客はおらず静まり返っている。
俺は、窓際の一番奥の席を選んだ。……外では、ユキたちが隠れてこっちの様子を見ている。
「メニューはこちらになります」
「はい」
渡されたメニューに目を通しながら、俺は思う。
対応してきた店員は、見た目も仕草も、ほんとうに“普通”だった。
……これが魔族?って疑いたくなるほどに。
「えーっと……」
ページをめくって思わず息をのむ。
《トライク》系、《シアクエ》系、そしてまさかの《タオツー》まで――!?
ここの品揃え、魔族じゃなければ俺が行きつけにしたいくらいだ。
……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「じゃあ、《メルピグのブリンナー》と、《タオツー》をください」
「……おや?」
店員の声色が、わずかに変わる。
(や、やばい……もしかして、ユキたちの存在に気づかれたか!?)
「な、なんでしょうか」
「いえ、少し前に、同じものを頼んだ方がいらっしゃいましてね」
「そ、そうですか。奇遇ですね……はは……」
「ええ。では、少々お待ちください」
そう言って、店員は厨房の奥へと下がっていった。
……ふぅ。とりあえず、バレてはなさそうだ。
(どこのおじさんだよ……まったく)
ん? 今、ユキさんがくしゃみした? 風邪かな?
俺は仮面を付けたまま、静かに席に座り直す。顔を覚えられると厄介だ。
このまま食事を行いながら、相手の仕掛けを探る。
……店内をぐるりと見渡す。
特に怪しい場所は見当たらない。机の下、イスの下、壁際――どこも普通だ。
やっぱり、目に見える場所には何も仕掛けてないってことか。
とりあえず、外にいるユキさん達へとそっと首を振ってみせる。
“外見上、異常はない”と伝える合図だ。
ふぅ、と軽く息を吐いて背もたれに預ける。
だが、ここからが本番だ。
今回の作戦、俺は囮役を任されている。
前回――ヒロユキが酒に酔って眠っている隙を狙われた。
つまり、今回も食べ物や飲み物に何かが混ぜられている可能性は高い。
……だが、ここで一つ問題がある。
ヒロユキは論外として、キールさんもお酒が弱かった。
唯一ユキさんは飲めるらしいが、前回この店で顔が割れている。
となると、自然とこの役を引き受けるのは、俺しかいなかった。
ということで――
作戦その1。
ここから“ライブラグス”に向かう流れを、ユキさん達にしっかり見せておく。
周囲から見れば、町外れのレストランで、俺が一人で食事をしている。
人影は他にない。誰が見ても、**絶好の“カモ”**に見える。
「お待たせしました」
「わぁ……美味しそうですね」
「当店の料理はどれも一級品。高貴なお方にもご満足いただけます。では、ごゆっくりと」
「いただきます」
――鉄板の上には、ジュウジュウと音を立てる《メルピグのブリンナー》が三つだけ。
一見すると地味な見た目だが、香ばしく焼けた肉の香りと、きらきらと輝く脂が……あぁ、ヤバい、食欲が爆発する。
フォークを手に取り、ブリンナーをそっと刺す。
プツッ――皮を破った瞬間、そこから溢れ出すジュワジュワの肉汁。
見てるだけで唾液が止まらない……!
「……あむっ」
口に運んで噛みしめると、パリッと小気味よい音とともに、濃厚な肉の旨みが広がった。
程よいスパイスの刺激、そして弾けるようなジューシーさ……なにこれ、これ絶対、裏で密輸してる系の味。
「……うま……っ」
余韻が残るうちに、グラスの酒を口に含む――
「くわぁぁ……」
効くぅッ! って、ちょっ……!
…………ってアホか俺!
一人で食レポしてる場合じゃないだろ!
えーっと、料理には特に異常なし。
お酒も身体に反応はない……毒も眠りもなし。これは逆に、俺が警戒してるのを読んで、あえて何も仕込まず様子を見てる可能性もある。
……なら、次の手に移るしかないな。
作戦その2。
――ここから、俺の演技力で引きずり出してみせる。
「んっ……ぷはぁ! すみませーん!」
俺はグラスをあおって、わざとらしく声を張る。
一杯目を空けて店員を呼ぶと、すぐに奥から姿を現した。
「はい」
「《タオツー》、もう一杯くださーい」
「かしこまりました」
ほどなくして、おかわりが届く。――が、それも一気に飲み干す。
「ん、ん……ぷはっ! おかわりくださーいっ!」
「……はい」
――よし、店員の視線が俺から離れなくなってきた。
酔って気が緩んでるフリ……こういうのは“ちょっとだけ危なっかしい奴”に見せるのがポイント。
「どうぞ」
「ありがとぉ♪ あ、また待っててくださーいねっ……ん、んっ……ぷふぁ! おかわりぃっ!」
「………………はい」
三杯目で、ほどよく赤ら顔になったフリをする。
ふらつきながらグラスを取る俺の姿に、店員が明らかに様子をうかがっている。
――来た。完全に「隙のある客」に認定されたな。
「どうぞ」
「ありがとうございますぅ〜♪」
よし、この距離感、この目線……完璧だ。
他に客がいないこの状況、俺が“誘いやすいカモ”って印象を与えるには十分。
「はぁ……冒険者になるって言ったら家追い出されちゃってさ〜……」
「…………」
「それでも一人で頑張ってんだよぉ……でも結局、友達もいないし、家族もいないし〜……」
言いながら、グラスを揺らし、わざと目を泳がせる。
まぁ、仮面つけてるけど。
「はは、俺が死んでも誰も気づかないんだろうなぁ〜……ねぇ? おかわりっ」
「……どうぞ」
――ふっ。完全に警戒を解いてる。
「どうも〜♪」
そして……仕上げ。
四杯目を勢いよく飲み干し、そのまま――
「………………」
ガタンッ、と音を立てて机に突っ伏す。
授業中に寝るあの体勢だ。脱力した肩、力の抜けた指、浅い呼吸。
作戦その3――“酔いつぶれたふり”。
ここからが本番だ。さぁ、どう出る?
店員……いや、“敵”が、動く番だぞ。
「お客様?」
「............」
「お客様、起きてください」
「............」
「お客様、大丈夫ですか?」
「............」
うーん、普通に何もないな、店員さんも俺を揺らして反応が無くて慌てて離れていったから店長でも出てくるのかな?
どうやら今回は失敗したか......あれ?眠くなって......き......た......
............