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第379話 嫌な感情もこれ一本

 「……ん」


 「……」


 「……さん!」


 眠い……小さな女の子の声が聞こえる。


 「……てください!」


 ……もう少し、寝かせて……


 「起きてください!アオイさん!」


 「ぬぅ……」


 「成功しましたよ!アオイさん、流石です!」


 あ、不快感とかよりも先に――色々と思い出してきた……




 「……着いたんだね、【ライブラグス】」




 目の前には、天高くそびえる石壁が両側に立ち並び、足元にはさらさらの白い砂。


 そして空には、容赦なく照りつける暑苦しいほどの太陽が浮かんでいた。


 「はい、着きました」


 「うん……僕、どうなってた?」


 立ち上がり、自然な仕草で土を払いながら――気付かれないよう、ユキさんと距離を取る。

 どうやら、みんな無事に来られたようだ。


 「はい。あの時、店員が奥の部屋に入った直後――アオイさんは一瞬で消えました。おそらく、転移魔法かと」


 「でも、魔法陣も魔皮紙もなかったけど……?」


 「どうやら、イスの中に仕掛けがあったようです。他にも、外のタイルの下や、トイレの中にも転移魔皮紙が隠されていました」


 「そんなに!? どうやって調べたの……?」


 「アオイさんが消えた後、私たちはすぐに店に突入し、店員を押さえつけ“アレ”を使って尋問していくうちに、全部吐いてくれました」


 「本当に効くんだ……【リラックスピルクル】……」




 【リラックスピルクル】――

 ミクラル王国のミルノ町近くの島に群生する、毒花ピルクルのエキスを精製して作られた魔皮紙だ。


 本来のピルクルは、外敵を感知すると強烈な異臭を放ち、目を痺れさせるほどの刺激で敵を撃退する。

 群生地ではその匂いによって、酸欠・めまい・記憶障害などの重篤な症状が出ることもあるという。


 毒は薬になるとは良く言ったものだよね、この花を研究・加工して規定量守れば嗅いだ相手は一時的に思考がゆるむとされている。


 だけど、アヌビス族には――逆効果だった。


 つまり、“自白剤”としては最強レベル。


 「さて、それでヒロユキさん。ここに見覚えはありますか?」


 「……クルッポー」


 「間違いないようだね。じゃあ、このどちらかの道にピラミッドが……」


 「――どうやら、急いだ方が良さそうですよ。ヒロユキ殿、ユキさん、あーたん、アオイさん」


 「?」


 キールさんが片方の道を見つめて呟く。

 その視線に気付いて、俺たちは即座に魔皮紙を展開した。


 ちなみに俺が使ってるのは、最近ミクラルで開発された【イヤホン型偵察魔皮紙】。

 耳に装着して集中すると、遠くの音をクリアに拾えるスグレモノだ。


 「――あー……ほんとだね」


 「すぐにバレましたね。違法入国者を感知する通知でもあるんでしょうか」


 「パスポート取っとけばよかったね、ライブラグス行きの」


 「……クルッポー」


 「いっぱいいる~」


 イヤホン越しに聞こえてきたのは、ザッザッと大量の足音。

 そして「侵入者!」と叫ぶ声。……間違いなく、俺たちのことだ。


 「ところで相談なんだけど、一旦あっちの道に逃げてみるのはどうかな?」


 「……クルッポー」


 「それは良い案かもしれませんね。どちらかの道を調査することは決まっている。

 ここで無駄に体力や魔力を削るより、先に引いて様子を見た方が得策です。どうですか、キールさん?」


 「構わない」


 「では決まりですね! 逃げましょう!」


 「はーい」


 「……クルッポー」


 その言葉と同時に――キールさんとユキさんは一瞬で加速し、風のように駆けていった。

 魔法を脚にまとい、走り出してからわずか三秒で、もう百メートルは先に。


 「わーっ!はやーい! あーたんも負けないよー!」


 続けて、あーたんが魔法も使わず驚異的な速度で駆け抜けていく。


 「みんな早っ!?」


 「……クルッポー」


 ヒロユキも遅れて走り出す。

 魔物の姿だから、移動速度は人間の比じゃない。


 「僕ちょっと時間かかるんだってば!」


 「スーッ……ハーッ……ほいさ!」


 深呼吸で呼吸を整え、俺は集中して魔力を一気に開放する。

 【獣人化】――この状態だと、身体能力が格段に向上する。


 ただ、足につけてる装備はキールさんたちのような高級品じゃないから、持久力は落ちる――って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!


 「みんな待ってよー!」


 俺も装備に魔力を通しながら走り出す。

 すでにキールさんとユキさんの姿は遠く、もう見えない。


 後方からは軍隊の足音が聞こえるが、距離は確実に離せている。


 「……クルッポー」


 「やっとヒロユキくんに追いついた……ね、一緒に走ろ?

 このスピードなら、なんとか振り切れそうだしさ」


 「……クルッポー」


 ヒロユキは無言のまま走り続ける。

 ……魔物って、やっぱり疲れるんだろうか?


 サラサラの砂の上を走っても、風景はまったく変わらない。

 本当に自分が進んでるのか、不安になるほどだ。


 「前もこんな感じだったの?」


 「……クルッポー」


 頷くヒロユキ。


 「そっかぁ……ところでさ、この戦いが終わったらさ、またみんなで飲もうよ?」


 「……クルッポー」


 「どっちだろ? とりあえずリュウトくんにもその話したら“ぜひ”って言ってたしさ。

 場所はアバレーの、おすすめの店があるんだよ」


 「……クルッポー……」


 「あ、ユキさんたちだ」


 勧誘トークの途中で、遠くの砂丘の先にユキさんたちの姿を見つける。

 どうやら坂の手前で止まっているらしい。先の地形は見えない。


 ユキさんがこちらに気付き、手を振って「ゆっくり来て」と合図を送ってきた。


 「……クルッポー」


 「うん、何か見つけたみたいだね」


 合図の通り、徐々にスピードを落としてユキさんたちのところまで来た。……あぁ、なるほど、これは――


 「追い込まれた、ってことかな? これ」


 「……クルッポー」


 一本道が終わり、視界が一気に開ける。

 その先にあったのは――一つと聞いていたはずのピラミッドが、いくつもそびえ立っていた。


 そして、その上にも、周囲にも……白い砂漠を埋め尽くすほどの《黒い物体》。

 何百万? いや、それどころじゃない。


 「黒い耳、黒い尻尾、獣の顔、そして毛のない真っ黒な肌……間違いありません。あれがアヌビス族です」


 いやぁ……帰りたい。

 ごめん、さっき「ありあまる戦力」とか言ってた僕がバカだった。

 これ、国一個との戦争を五人でやるみたいなもんじゃん……ムリゲーだよ!


 「だが、やらなければならない。引き返すにも、帰り道が私たちには解っていないからな」


 「キールさんの言う通りです。このために準備してきたんですから」


 「……クルッポー」


 「それと、これをどうぞ。アオイさん」


 「これは……?」


 おそらく、僕の顔がすごいことになってたんだろう。

 ユキさんが、魔皮紙から取り出したひょうたん型の水筒を手渡してくれた。


 「一気に飲んでください。落ち着きますよ」


 「……うん」


 僕は素直に水筒を受け取り、中身を一気に口に含む――


 ……これ、お酒じゃん!?


 「あ、あのこれ……」


 「いいから、飲んでください」


 「わ、わかった……ん、ん……」


 ひょうたんだから、口をつけると自然と吸い付くように飲むことになる。

 舌でチロチロしても出る量は変わらない。

 ……飲む、飲む――


 「ぷはっ…………」


 「落ち着きましたか? 滅多に手に入らない、レアな“不思議な液体”です」


 「……わかってるねぇ、ユキさん」


 ふへぇ……

 さっきまでの不安や恐怖が、嘘みたいに消えていた。つまりこれは――


 「完璧だよ」


 「不思議な液体、だったですよね?」


 「うん! 不思議な液体だね♪」


 「では、行きますよ、みなさん……開戦です」


 「……クルッポー」


 「了解した」


 「はーい」


 「うん!」




 ――さぁ! 二人目の魔王攻略戦!


 さいっこう!に!ハイってやつだぜ!!!


 開戦じゃああああああああッ!!! ごらぁぁぁぁぁぁ!!!


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