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第380話 いくら数を揃えたところで

 それぞれが、一斉にアヌビス族の軍勢へと走り出す――。


 その瞬間、ピラミッドの上に並ぶアヌビス兵たちが動いた。

 空を覆うほどの、おびただしい数の矢が、勇者たちめがけて放たれる。


 まるで空から降り注ぐ、黒い雨。

 その矢の密度は、“避ける”という選択肢すら与えてくれない。


 「来ました!私に任せてください!」


 ユキは魔法を発動させる。


 パァッ……!


 魔力が起動し、全員の身体の周囲に半透明のドーム型バリアが展開された。


 ――直後、雨のような矢の嵐が襲いかかる!


 だが、バリアの内側に入った瞬間、

 矢は一つ残らず蒸発し、音もなく燃え尽きて消えていった。


 「これで飛び道具は防げます! 後は――各自、魔王を見つけ次第、通信を!」


 「うん!」


 「……クルッポー」


 「了解」


 「わかったー!」


 四人が散開し、それぞれ異なる方向へ走り出す。

 ただ一人、ユキだけがその場に残り、静かに杖を掲げた。




 「さて――人数が人数ですからね……」

 「本気でいかせていただきます!」




 ドォン――!


 空に向かって、三つの巨大な魔法陣が展開される。

 それはまるで太陽を遮るほどのスケールで、空一面に広がった。




 「な、なんだあれは……!?」


 「魔法……人間一人で!? 馬鹿なッ!」




 アヌビス兵たちは一斉に魔法陣の真下から逃げ出す。

 その姿はまさに蜘蛛の子を散らすようだった――だが。




 「逃げても、無駄です!」




 ユキが杖を振り下ろす。




 「【メテオクラッシャー】!」




 魔法陣の中央から、灼熱の火球が三発――

 まるで隕石のような塊が、ものすごい速度で降下していく。




 「とりあえず――炙り出しです!」




 ドォオオォンッ!!! 




 隕石は三つのピラミッドを直撃し、その構造ごと崩壊させる。

 衝撃波が地を這い、周囲にいたアヌビス兵たちを根こそぎ吹き飛ばす。


 ――そして数秒後。

 地の底から響くような轟音が、ようやく全員の耳に届いた。




 「残念……ハズレでしたか。ですが――」


 ユキはくるりと杖を回しながら、口元に笑みを浮かべる。


 「今ので、ザッと少なく見積もっても……200万。

  まだまだ、たくさんいらっしゃいますね? ――お掃除、始めましょうか」



 その瞬間、アヌビス族の将たちは悟った。



 「これは……これは殲滅などではない! 戦争だ!」


 もはや敵を“軍”として認識するまでに、そう時間はかからなかった。


 「全力であの者たちを殺せ! 一人一人が我らの常識を超えた怪物だと思え! 迷わず叩き潰せ!」


 「メイト様のために!」


 「「「メイト様のためにッ!!」」」


 兵たちは叫び、武器を構え、砂を巻き上げながら一斉に突撃を開始する。


 しかし――その中心に立つ一人の少女は、まるでそれを待っていたかのように、静かに魔皮紙から一本の瓶を取り出した。


 「遅いんですよ。私達の強さに気づくのが」


 ユキはそれを一気に飲み干し、瓶を投げ捨て、袖で口元をぬぐう。


 「ヒロユキさんが万全だったら其方もその程度で済んでませんよ?」


 彼女の杖が掲げられた瞬間、杖の先から炎が渦巻き、天へと伸びる。


 「次、いきますよ――」


 「【ボルケーノドラゴン】」


 咆哮と共に、炎が龍の形を成し、砂漠を切り裂くように飛び出した。


 「う、うわぁぁぁあッ!!」


 「や、やめろぉッ! 熱い熱いあああッ!!」


 触れたものはすべて灰となり、焼き尽くされていく。

 一体、また一体と、焼かれては消え、それでも数の暴力が押し寄せる。


 「怯むなッ! 水だ、水魔法を使え!」


 「【ウォーターポンプ】!!」


 ありったけの水魔法が放たれ、ようやく炎の竜の一体を撃ち落とす。


 「よし、懐に入れ! 奴は魔法使いだ、近づいて斬れ!」


 「囲め! 一気に――」


 だが、


 その声の先で、ユキはわずかに口元をゆがめた。


 「……懐に入れれば、の話ですけどね」


 そう言って、ユキはふたたび杖を振るった。




 ――五頭の炎竜が、宙を舞う。







 「本気の私を止められると思うなよ」






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