それぞれが、一斉にアヌビス族の軍勢へと走り出す――。
その瞬間、ピラミッドの上に並ぶアヌビス兵たちが動いた。
空を覆うほどの、おびただしい数の矢が、勇者たちめがけて放たれる。
まるで空から降り注ぐ、黒い雨。
その矢の密度は、“避ける”という選択肢すら与えてくれない。
「来ました!私に任せてください!」
ユキは魔法を発動させる。
パァッ……!
魔力が起動し、全員の身体の周囲に半透明のドーム型バリアが展開された。
――直後、雨のような矢の嵐が襲いかかる!
だが、バリアの内側に入った瞬間、
矢は一つ残らず蒸発し、音もなく燃え尽きて消えていった。
「これで飛び道具は防げます! 後は――各自、魔王を見つけ次第、通信を!」
「うん!」
「……クルッポー」
「了解」
「わかったー!」
四人が散開し、それぞれ異なる方向へ走り出す。
ただ一人、ユキだけがその場に残り、静かに杖を掲げた。
「さて――人数が人数ですからね……」
「本気でいかせていただきます!」
ドォン――!
空に向かって、三つの巨大な魔法陣が展開される。
それはまるで太陽を遮るほどのスケールで、空一面に広がった。
「な、なんだあれは……!?」
「魔法……人間一人で!? 馬鹿なッ!」
アヌビス兵たちは一斉に魔法陣の真下から逃げ出す。
その姿はまさに蜘蛛の子を散らすようだった――だが。
「逃げても、無駄です!」
ユキが杖を振り下ろす。
「【メテオクラッシャー】!」
魔法陣の中央から、灼熱の火球が三発――
まるで隕石のような塊が、ものすごい速度で降下していく。
「とりあえず――炙り出しです!」
ドォオオォンッ!!!
隕石は三つのピラミッドを直撃し、その構造ごと崩壊させる。
衝撃波が地を這い、周囲にいたアヌビス兵たちを根こそぎ吹き飛ばす。
――そして数秒後。
地の底から響くような轟音が、ようやく全員の耳に届いた。
「残念……ハズレでしたか。ですが――」
ユキはくるりと杖を回しながら、口元に笑みを浮かべる。
「今ので、ザッと少なく見積もっても……200万。
まだまだ、たくさんいらっしゃいますね? ――お掃除、始めましょうか」
その瞬間、アヌビス族の将たちは悟った。
「これは……これは殲滅などではない! 戦争だ!」
もはや敵を“軍”として認識するまでに、そう時間はかからなかった。
「全力であの者たちを殺せ! 一人一人が我らの常識を超えた怪物だと思え! 迷わず叩き潰せ!」
「メイト様のために!」
「「「メイト様のためにッ!!」」」
兵たちは叫び、武器を構え、砂を巻き上げながら一斉に突撃を開始する。
しかし――その中心に立つ一人の少女は、まるでそれを待っていたかのように、静かに魔皮紙から一本の瓶を取り出した。
「遅いんですよ。私達の強さに気づくのが」
ユキはそれを一気に飲み干し、瓶を投げ捨て、袖で口元をぬぐう。
「ヒロユキさんが万全だったら其方もその程度で済んでませんよ?」
彼女の杖が掲げられた瞬間、杖の先から炎が渦巻き、天へと伸びる。
「次、いきますよ――」
「【ボルケーノドラゴン】」
咆哮と共に、炎が龍の形を成し、砂漠を切り裂くように飛び出した。
「う、うわぁぁぁあッ!!」
「や、やめろぉッ! 熱い熱いあああッ!!」
触れたものはすべて灰となり、焼き尽くされていく。
一体、また一体と、焼かれては消え、それでも数の暴力が押し寄せる。
「怯むなッ! 水だ、水魔法を使え!」
「【ウォーターポンプ】!!」
ありったけの水魔法が放たれ、ようやく炎の竜の一体を撃ち落とす。
「よし、懐に入れ! 奴は魔法使いだ、近づいて斬れ!」
「囲め! 一気に――」
だが、
その声の先で、ユキはわずかに口元をゆがめた。
「……懐に入れれば、の話ですけどね」
そう言って、ユキはふたたび杖を振るった。
――五頭の炎竜が、宙を舞う。
「本気の私を止められると思うなよ」