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第383話 キールとヒロユキペア

 魔物となったヒロユキは、現在最強の剣士と名高いキールとペアで行動していた。


 「ヒロユキ殿。……10秒、時間を稼いでいただけますか」


 「……クルッポー」


 キールはヒロユキに全てを預け、静かに目を閉じる。

 周囲の魔力を察知し、その集中に入る――


 「……クルッポー」


 ヒロユキの両翼の先には、小さく鋭い黒いナイフ。

 口には、あの“黒刀”。

 そして足にも同様の黒ナイフを仕込み、全身が武器化していた。


 「見ろ! アイツ、無防備だ!」


 「今だ、集中砲火しろ!」


 キール目掛けて、魔法攻撃が一斉に放たれる。


 「……クルッポー」


 次の瞬間、ヒロユキが前に跳び出る。

 その黒刀が、飛来する魔法弾を――弾いた。


 「なっ……!?」


 「バカな……あの魔法、はじいたぞ!?」


 「ひ、ひるむな! 数で押せぇ!!」


 ヒロユキの黒刀は、山亀の甲羅を溶かし、特殊な液体で精錬した“魔法反射”付きの刀剣。

 しかも、反射面積が小さければ小さいほど反射効果が強まる“点反射型”の逸品だった。


 「……クルッポー」


 ヒロユキは一歩も退かず、キールの前で飛び交う魔法の嵐を次々と弾き返す。

 ただの一言も発さず、ただ“鳩の声”だけを響かせながら――




 そして、10秒後。




 【周囲に冷気が満ち始める】


 キールの瞼がゆっくりと開かれる。


 「――【武器召喚】」


 その掌に現れたのは、氷の剣と、黄金に輝く楯。


 「……ヒロユキ殿、感謝します。ここからは、私が」


 「……クルッポー」


 ヒロユキは軽く羽ばたき、キールの背後へ。

 今度は、キールが彼を守る番だった。


 「――【エアールシールド】」


 キールが低く呟くと、黄金の楯がふわりと宙へ舞い上がる。

 まるで意思を持つかのように空中を自在に動き回り、飛来する魔法弾を一つ残らず吸収していく。




 「――さぁ、反撃だ」




 蓄積されたエネルギーが収束。

 次の瞬間――楯から眩い閃光が解き放たれ、一直線に兵士たちの群れを薙ぎ払った。


 爆風の後、そこに残ったものは――ただの“塵”だけだった。




 「【フリーズソードシールド】」




 新たな詠唱とともに、キールとヒロユキの周囲に約十本の氷剣が展開される。

 鋭利な光を宿しながら、まるで生きているかのように静かに浮かぶ。




 「ヒロユキ殿。これは、自動で周囲の敵を排除する“守りの剣”です。

  ――まずは、あのピラミッド内部へ向かいます。行きますよ!」


 「……クルッポー」


 キールとヒロユキが一斉に走り出す。

 目指すは、ピラミッドの中心――魔王が待つその場所。




 「相手は人間とベルドリだ! 臆するなッ!」




 アヌビス兵たちが、一斉にキールたちへ殺到した――が。




 「……愚か者どもが」




 浮遊していた氷剣が、一斉に動き出した。

 刃が音もなく兵士たちの身体を切り裂いていく――




 「なっ……なんだ!? ぎゃああああああッ!!」




 切られた傷口からは、血が出ない。

 代わりに、そこから凍結が始まり、皮膚、筋肉、内臓、血液――すべてが一瞬で凍りついていき__砕ける。



 「――我が剣は、“触れた物の温度”を操る。

  つまり、命の価値など……触れた時点で、終わっている」




 キールは淡々と語ると、足元の砕けたアヌビス兵の凍死体を、無造作に踏み潰した。



 「……私も少々、喋りすぎましたね。ですが――同じことです」


 キールは冷たい瞳で兵士たちを一瞥し、言い放った。


 「――貴様らは、全員ここで死ぬ。……行きますよ、ヒロユキ殿」


 「……クルッポー」


 そのまま二人は、正面から敵陣へと突入する。

 圧倒的な力で、次々と敵をねじ伏せていった。




 アヌビス兵たちは、焦っていた。




 ――まだ、一人も倒せていない。


 国家の総力を挙げて挑んでいるというのに、たった五人。

 たったそれだけの戦力に、兵も魔術師も、幹部ですら押されていた。




 一人は――炎の龍を操る者。

 その力は一人で超級魔法を連打するほどの魔力量。


 一人は――舞うように戦う者。

 気絶させるだけの非殺傷戦闘で、戦場を支配していた。


 一人は――触れれば最後の圧倒的な剣士。

 剣が届いた瞬間、すべてが凍てつき命が終わる。


 一人は――魔法を反射し、無言で援護する黒き魔物。

 それだけでも脅威だというのに、さらに剣士の加護を受けている。




 だが、彼らの目は“見える脅威”にばかり向いていた。

 誰も、気付いていなかったのだ。




 戦場の上空――


 圧倒的な跳躍力で、天高く舞っていた“魔物”の存在に。




 その者は、リュウトと共に行動していたことで加護を受け、

 しかも“魔物でありながら魔法を自力で使用する”という、規格外の存在。




 そして――突然、天から声が降ってきた。




 「あーたんキーックーーっ!!」




 すっとんきょうな高い声とともに、

 ピラミッドの頂上に、真っ白な巨体が突き刺さる。




 ――ズガァァァン!!




 【アールラビッツ】こと、“あーたん”が落ちてきた。


 それだけで、ピラミッドは崩壊を始める。

 構造が軋み、振動が地を割り、魔力障壁すら意味をなさなかった。




 そして――


 「つ~~ぎ~~♪」




 崩れゆくピラミッドの瓦礫を蹴って、

 あーたんはふたたび空へと跳び上がる。


 その姿は、再び雲の彼方へと消えていった。




 残されたのは、砕け散った神殿跡と、呆然と立ち尽くす兵士たち。


 「ど、どうなっているッ!? 奴らは人間だぞ!? 本来なら我ら魔族の“食料”のはずだろうがッ!」


 「こ、こんなはず……こんなはずはないッ!」




 その時、後方からの魔術師団から通信が入った。




 「報告ッ! 超級魔法の準備、完了しました!」


 「よし! 撃て! 今すぐだ!」


 「で、ですが! 味方の兵も巻き込みます!」


 「構わん!! この状況、一刻を争うのだッ!!」


 「は、はいッ!」




 何千という魔族たちが一斉に魔力を注ぎ込んだ。

 一つの巨大な魔法陣から放たれたのは――赤黒く渦巻く“砂塵の竜巻”。




 15本。

 本来、わずか3本で人間の都市を一つ滅ぼせるとされる《トルネードグロス》――

 そのアヌビス族特化型。




 竜巻は獣のように唸りながら、戦場全体へと放たれた。

 味方であるはずのアヌビス兵たちすら容赦なく巻き込み、次々と天へ吸い上げていく。




 「ふむ……アヌビス族が改良した《トルネードグロス》か。

  これは、グリードへの良い“手土産”になりそうだ」




 「……クルッポー」




 「安心なさい、ヒロユキ殿――【目撃護】」




 竜巻が二人を飲み込んだ。




 が――その内部。




 キールとヒロユキの姿は、傷一つなくその中心を歩いていた。




 「私が“見ている”限り、あなたに傷は届きません。

  この魔法は“視認者”の視界内を守る【目撃護】。

  加えて……この竜巻、どうやら“私たち”をロックして追ってくるようです。ならば――」




 キールは静かに微笑んだ。




 「――逆に、これを《移動手段》として使いましょう」




 「……クルッポー」

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