魔物となったヒロユキは、
「ヒロユキ殿。……10秒、時間を稼いでいただけますか」
「……クルッポー」
キールはヒロユキに全てを預け、静かに目を閉じる。
周囲の魔力を察知し、その集中に入る――
「……クルッポー」
ヒロユキの両翼の先には、小さく鋭い黒いナイフ。
口には、あの“黒刀”。
そして足にも同様の黒ナイフを仕込み、全身が武器化していた。
「見ろ! アイツ、無防備だ!」
「今だ、集中砲火しろ!」
キール目掛けて、魔法攻撃が一斉に放たれる。
「……クルッポー」
次の瞬間、ヒロユキが前に跳び出る。
その黒刀が、飛来する魔法弾を――弾いた。
「なっ……!?」
「バカな……あの魔法、はじいたぞ!?」
「ひ、ひるむな! 数で押せぇ!!」
ヒロユキの黒刀は、山亀の甲羅を溶かし、特殊な液体で精錬した“魔法反射”付きの刀剣。
しかも、反射面積が小さければ小さいほど反射効果が強まる“点反射型”の逸品だった。
「……クルッポー」
ヒロユキは一歩も退かず、キールの前で飛び交う魔法の嵐を次々と弾き返す。
ただの一言も発さず、ただ“鳩の声”だけを響かせながら――
そして、10秒後。
【周囲に冷気が満ち始める】
キールの瞼がゆっくりと開かれる。
「――【武器召喚】」
その掌に現れたのは、氷の剣と、黄金に輝く楯。
「……ヒロユキ殿、感謝します。ここからは、私が」
「……クルッポー」
ヒロユキは軽く羽ばたき、キールの背後へ。
今度は、キールが彼を守る番だった。
「――【エアールシールド】」
キールが低く呟くと、黄金の楯がふわりと宙へ舞い上がる。
まるで意思を持つかのように空中を自在に動き回り、飛来する魔法弾を一つ残らず吸収していく。
「――さぁ、反撃だ」
蓄積されたエネルギーが収束。
次の瞬間――楯から眩い閃光が解き放たれ、一直線に兵士たちの群れを薙ぎ払った。
爆風の後、そこに残ったものは――ただの“塵”だけだった。
「【フリーズソードシールド】」
新たな詠唱とともに、キールとヒロユキの周囲に約十本の氷剣が展開される。
鋭利な光を宿しながら、まるで生きているかのように静かに浮かぶ。
「ヒロユキ殿。これは、自動で周囲の敵を排除する“守りの剣”です。
――まずは、あのピラミッド内部へ向かいます。行きますよ!」
「……クルッポー」
キールとヒロユキが一斉に走り出す。
目指すは、ピラミッドの中心――魔王が待つその場所。
「相手は人間とベルドリだ! 臆するなッ!」
アヌビス兵たちが、一斉にキールたちへ殺到した――が。
「……愚か者どもが」
浮遊していた氷剣が、一斉に動き出した。
刃が音もなく兵士たちの身体を切り裂いていく――
「なっ……なんだ!? ぎゃああああああッ!!」
切られた傷口からは、血が出ない。
代わりに、そこから凍結が始まり、皮膚、筋肉、内臓、血液――すべてが一瞬で凍りついていき__砕ける。
「――我が剣は、“触れた物の温度”を操る。
つまり、命の価値など……触れた時点で、終わっている」
キールは淡々と語ると、足元の砕けたアヌビス兵の凍死体を、無造作に踏み潰した。
「……私も少々、喋りすぎましたね。ですが――同じことです」
キールは冷たい瞳で兵士たちを一瞥し、言い放った。
「――貴様らは、全員ここで死ぬ。……行きますよ、ヒロユキ殿」
「……クルッポー」
そのまま二人は、正面から敵陣へと突入する。
圧倒的な力で、次々と敵をねじ伏せていった。
アヌビス兵たちは、焦っていた。
――まだ、一人も倒せていない。
国家の総力を挙げて挑んでいるというのに、たった五人。
たったそれだけの戦力に、兵も魔術師も、幹部ですら押されていた。
一人は――炎の龍を操る者。
その力は一人で超級魔法を連打するほどの魔力量。
一人は――舞うように戦う者。
気絶させるだけの非殺傷戦闘で、戦場を支配していた。
一人は――触れれば最後の圧倒的な剣士。
剣が届いた瞬間、すべてが凍てつき命が終わる。
一人は――魔法を反射し、無言で援護する黒き魔物。
それだけでも脅威だというのに、さらに剣士の加護を受けている。
だが、彼らの目は“見える脅威”にばかり向いていた。
誰も、気付いていなかったのだ。
戦場の上空――
圧倒的な跳躍力で、天高く舞っていた“魔物”の存在に。
その者は、リュウトと共に行動していたことで加護を受け、
しかも“魔物でありながら魔法を自力で使用する”という、規格外の存在。
そして――突然、天から声が降ってきた。
「あーたんキーックーーっ!!」
すっとんきょうな高い声とともに、
ピラミッドの頂上に、真っ白な巨体が突き刺さる。
――ズガァァァン!!
【アールラビッツ】こと、“あーたん”が落ちてきた。
それだけで、ピラミッドは崩壊を始める。
構造が軋み、振動が地を割り、魔力障壁すら意味をなさなかった。
そして――
「つ~~ぎ~~♪」
崩れゆくピラミッドの瓦礫を蹴って、
あーたんはふたたび空へと跳び上がる。
その姿は、再び雲の彼方へと消えていった。
残されたのは、砕け散った神殿跡と、呆然と立ち尽くす兵士たち。
「ど、どうなっているッ!? 奴らは人間だぞ!? 本来なら我ら魔族の“食料”のはずだろうがッ!」
「こ、こんなはず……こんなはずはないッ!」
その時、後方からの魔術師団から通信が入った。
「報告ッ! 超級魔法の準備、完了しました!」
「よし! 撃て! 今すぐだ!」
「で、ですが! 味方の兵も巻き込みます!」
「構わん!! この状況、一刻を争うのだッ!!」
「は、はいッ!」
何千という魔族たちが一斉に魔力を注ぎ込んだ。
一つの巨大な魔法陣から放たれたのは――赤黒く渦巻く“砂塵の竜巻”。
15本。
本来、わずか3本で人間の都市を一つ滅ぼせるとされる《トルネードグロス》――
そのアヌビス族特化型。
竜巻は獣のように唸りながら、戦場全体へと放たれた。
味方であるはずのアヌビス兵たちすら容赦なく巻き込み、次々と天へ吸い上げていく。
「ふむ……アヌビス族が改良した《トルネードグロス》か。
これは、グリードへの良い“手土産”になりそうだ」
「……クルッポー」
「安心なさい、ヒロユキ殿――【目撃護】」
竜巻が二人を飲み込んだ。
が――その内部。
キールとヒロユキの姿は、傷一つなくその中心を歩いていた。
「私が“見ている”限り、あなたに傷は届きません。
この魔法は“視認者”の視界内を守る【目撃護】。
加えて……この竜巻、どうやら“私たち”をロックして追ってくるようです。ならば――」
キールは静かに微笑んだ。
「――逆に、これを《移動手段》として使いましょう」
「……クルッポー」