《ピラミッド内部 キールとヒロユキ》
「……暗いですね。【光源】」
キールは冒険者の基本となる魔皮紙に魔力を通し、淡い光の球を生み出す。
ふわりと浮かぶ光が、静まり返った石の回廊を柔らかく照らした。
「どうですか、ヒロユキ殿。一度来たことがあると聞きましたが」
「……クルッポー」
ヒロユキは小さく首を振って否定する。
「……ふむ、ハズレのようですね。まあ当然か。仮に同じ場所だとしても、あの時と全く同じ構えをしているとは考えにくいですし」
「……クルッポー」
「幸いにも、ここまでは超級魔法の影響は届いていないようです。兵達も追って来られない」
入り口には、未だ唸りをあげて暴れ続ける竜巻の気配がある。
空気を裂く風音が、遠くから微かに響いていた。
出ること自体は可能だが――【目撃護】を予定より早く使用したキールは、いま魔力の回復も兼ねて、内部での探索を選んでいた。
「……クルッポー」
「では、行きましょう」
キールたちは警戒を緩めることなく、ゆっくりとピラミッドの奥へと歩を進める。
しばしの沈黙。
「……ところでヒロユキ殿。先日、アオイさんが少し話していましたが――この建物、ピラミッドというものは、ヒロユキ殿たちのいた世界にも存在していたのですか?」
「……クルッポー」
ヒロユキは小さく頷く。
「なるほど。では、【アヌビス】という魔族は、そちらの世界にも?」
「……」
無言のまま、ヒロユキは横に首を振る。
「違うと。……では、“名前だけは知っていた”という感じでしょうか?」
「……」
今度は肯定するように、頷く。
「つまり、ピラミッドという建物は現実に存在し、【アヌビス】という存在も伝承や物語などで聞いたことはあるが、実際に見たことはなかった――という解釈で間違いありませんか?」
「……クルッポー」
再び、静かに頷くヒロユキ。
「ふむ……やはり、私たちは“向こうの世界”について、もっと知る必要がありそうですね」
「......?」
「【勇者】について、私は色々と考えていました。……“魔王を倒せる存在を、似た世界から召喚する”という行為。これは単なる力の話ではない、そう思ったのです」
「……クルッポー」
「あなた方の世界には、きっと何かヒントがある。……私たちは、自分たちの世界のことすら、あまりにも知らなさすぎる」
「……クルッポー……」
「……ここからは私の推測になりますが――人類は何百年と存在してきた。それでもなお、“知られていないこと”が多いのは、何者かが……」
そこまで言ったとき、キールは何かに気づいたように足を止めた。
「……?」
「話の途中ですみません。あれを見てください」
キールが指差したのは、壁の一部――赤い線がわずかに入っている場所だった。
「あの印……ここに来たとき、私が自分で刻んだものです。それがあるということは、私たちは――ループしています」
「……クルッポー」
「手口としては、アバレーの世界樹内部で使われる【迷走宮】に近いです。ただ、あちらは“世界樹”自体が入ってくる者を選別し、通路を閉じたり変化させたりする。対して、私たちは――」
キールは少し考えるように言葉を切る。
「ここに入ってから、一度も曲がっていません。ただ真っ直ぐに歩いてきただけ。それでも同じ場所に戻ってきている。これは物理的に見ておかしいです」
「……クルッポー?」
「つまり……あの超級魔法と同じ。“私たちの知っている魔法”の、さらに上位互換ということです」
「……クルッポー」
「少し、時間をください」
そう言ってキールは壁に手を当て、静かに目を閉じた。
「……【マジックシーリング】」
それはキールの装備に組み込まれた魔法。対象に触れることで、魔力の流れを視認できる。
「……そこか」
キールは手のひらほどの小さな氷の剣を作り出し、静かに暗闇へと投げた。
数秒後――
バリバリッと空間に亀裂が走り、鏡が砕けるように景色が崩れていく。
「……クルッポー」
偽りの闇が砕け散り、周囲の景色が一変する。
両脇に松明の灯る一本道――その奥には、重厚な黄金の扉が静かに構えていた。
「……さあ、行きましょう」
「……クルッポー」
キールが扉に手をかけ、押し開く。
その先にいたのは――
「ようこそ。罪深き勇者と、人間の騎士よ」
玉座に座したまま、微笑を浮かべる【魔王】が待ち構えていた。
「せっかく招いたのだ。……少し、酒でも飲みながら語らおうではないか」
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《別のピラミッド内部 アオイ》
「いつまで続くんだー! この道はぁぁっ!」
……アオイがループしていることに気づくまで、もうしばらく時間がかかりそうだ。
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