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第406話 アオイのオススメの店

 《アバレー王国》


 「さて、と……」


 月が空高く昇った深夜――

 俺はアバレーで評判の居酒屋うまかっちんの前に立っていた。


 ここは普段、閉店ギリギリまで行列ができるほどの人気店で、予約だけでも一ヶ月待ちと言われる超有名店だ。


 「えーっと、たしか……」


 俺は、引き戸の横にある小さなポストに手を突っ込み、グー、チョキ、チョキ、パー、グー――と順番に手を動かす。


 すると――


 「……誰かと思えば、久しぶりだな」


 「覚えててくれましたか!」


 扉を開けて出てきたのは、黒人で狼の耳を持つ大柄な獣人。

 顔には大きな傷が一本、まるで戦いの歴史を語るように刻まれている。


 「お前の顔を忘れる奴なんて、世の中の男にはいねーよ」


 「フフッ……それ、嬉しいような悲しいような」


 ――女として見られてるって自覚はあるけど、面と向かって言われると、なんだか妙な気分になる。


 「それよりどうした? 師匠の話だと、お前はもうここを卒業したって聞いたが?」


 そう――ここ《うまかっちん》は、ただの居酒屋ではない。

 実態は《龍牙道場》。強さを求める者たちが辿り着く“裏の修行場”だ。


 居酒屋はあくまでカモフラージュ――のはずが、そっちのほうが大繁盛してしまい、門下生たちは今や閉店後にしか出入りできなくなっているという現状である。


 ちなみに、さっきのポストに手を突っ込む妙な動作が、道場生だけが使える“裏口入店”の合図だ。


 「いや〜、今回は師匠よりも“こちら”に用があってですね」


 「“店に”か? ……まさか、お前……」


 「はい。お店の料理を――」


 「ダメだッ!!」


 門番の獣人が即座に叫ぶ。


 「ここが有名になってから、お前みたいなのがどれだけ来たと思ってる!? そういうのは、全部断ってる。食べたきゃ“客”として来い!」


 「……あはは。やっぱり、そうですよね〜」


 ……そりゃそうだよな。他にも考えてた人いっぱいいるよなぁ。

 でも、もう口にしちゃったし――よし、こうなったら!


 「じゃあ、調理場と場所だけ貸してください! 材料は、冒険時代に貯めてたやつを使うんで!」


 ――もう、作ってもらえないなら自分で作るっ!!


 「………………」


 うわ、考え込んでる……これ、ダメなパターンのやつじゃん……


 「やっぱり無理ですよね……」


 「っ……!!」(※しょんぼりするアオイがやたら可愛く見えてしまってる)


 くぅ〜っ、時間なかったから予約もできなかったし……

 これは、もう帰るしか――


 「……それくらいなら、いいだろう」


 「なぬッ!?」


 「自分で作るってんなら構わん。ただし――使った後の片付け、全部自分でやれよ?」


 「はいっ!!ありがとうございます!助かります!!」


 本当に助かった……

 門番さんの料理が食べられないのは惜しいけど、今は時間がないんだ。


 「ほら、入れ」


 「は〜い♪」


 ――うわ、懐かしい……中、あの頃のままだ。


 店内はこぢんまりとした居酒屋のようなつくりで、カウンターには六席。

 その後ろに畳の小上がりが三卓ほど。

 儲かってるはずなのに拡張してないのは、きっと“道場”としての秘密を守るためなんだろう。


 「ここ、まだ繋がってるんですか?」


 「おうよ。世の中には、どんな理由であれ“強さ”を求めて来る奴は絶えないからな」


 ……そのセリフ、なんか地下闘技場でも開きそうなテンションじゃない?敗北を知りたいって人達が来そう……


 「じゃあ、厨房、お借りしますね!」


 「おうよ」


 さてと……調理場、調理場っと――


 「……うわぁ、すごい」


 整頓された調理スペース。

 器具はどれもピカピカで、清潔感が溢れてる。


 「本当に、料理が好きなんだなぁ……」


 なんて、ちょっと感心してたら時間がヤバい!

 えーっと、転送魔皮紙、転送魔皮紙――よし。


 「《メルピグのロース肉》をベースにして……《グルミン》の油、パン粉、それから薄力粉みたいなやつに、《ベルドリ》の卵……っと。フライパン、フライパン……あ、これ使いますね?」


 俺は壁にかけられていた、少し厚底のフライパンを手に取った。


 「いいが……何を作るんだ?」


 「とんかつです!」


 「……とん、かつ?」


 あ、そっか。

 この世界じゃ“揚げ物”っていったらせいぜい唐揚げくらいしか文化が無いんだった。


 たぶん探せばどこかにはあるけど、少なくともこの門番さんは知らないみたい。


 「まぁまぁ、見ててください! ここを貸してくださったお礼に、門番さんの分も一緒に作りますから♪」


 「お、おぉ……?」




 ――アオイちゃんの30分クッキング〜♪ たらったったったった〜♪


 まずは3つのボウルに卵、薄力粉、パン粉を入れて、フライパンに――


 「油をドボドボドボ〜♪」


 次にロース肉へ包丁を入れて、軽く切り込みを入れる。


 「塩コショウをパッパッペッ♪」


 そして、お肉を柔らかくするために――


 「叩く!せーのっ……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」


 ……ぐはっ、手にグルコサミンが……!? いや違う、プルコギみたいな名前のやつ……えっと、あれ……乳酸菌だっけ!?

 ちょっと前までこんなことで疲れなかったのに……筋力、確実に落ちてる。


 「ぜぇ……ぜぇ……っ」


 それでも気合いを入れて、薄力粉をお肉にまぶし、卵をくぐらせて――


 「お前……手がめちゃくちゃ震えてるぞ。大丈夫か?」


 「だ、大丈夫です……料理は、魂を込めて作るものなので……ぜぇ、ぜぇっ……!」


 「わかる!その気持ちは、痛いほどわかるぞッ!」


 なんか変に共感されてるけど、まぁ今は気にしない!


 卵にくぐらせたらパン粉をたっぷりまとわせて――


 「行きます!!」


 「ま、まさかお前……!」


 ジュワッ!! と、きらめく黄金の油の中へ!


 「うおおおおおっ!! この音、この香りッ……!」


 「……って、お前、どうしてこの調理法を知ってるんだッ!?」


 「えっ、あ、いや……ちょっと待っててください! 今、揚げ時間と色を見ながら集中してるので!!」


 今は構ってる暇はない!

 ……って、ちょっと勇者っぽいこと言った気がする。


 「ここだッ!」


 キッチンペーパーは無いので、金網をのせたボウルにカツを取り出して余分な油を落とす。

 じゅわっと広がる香ばしい香り。仕上げは包丁でサクサクと横切りにして――


 「はいっ! 出来上がりです!」


 皿の上に、キレイに盛り付けられたとんかつを置き、誇らしげに差し出す。


 「どうぞ、まずは一口食べてみてください!」


 「ふむ、料理はまず食べてから判断する……確かに理にかなっている!」


 箸でひときれつまみ上げた門番(兼うまかっちんの店主)は、とんかつをじっくり見つめたあと――


 口元へと運ぶ。


 その瞬間、厨房に響く軽快な――


 「サクッ」


 この音、この響き、この手応え……ッ!


 ――これは、勝った。



 「こ、これは!......う」


 「......」


 「うますぎるぅぅぅぅうううううるるるる!なんだこれは!なんだ......これはぁぁぁあ!!!」


 うお、普段あんまり感情を出さない店長がめちゃくちゃになってる。


 「お粗末!」


 「お、俺は幸せ者だ......人生で二回もこんな気分を......味わえるなんて」


 「ち、ちょっと、店長、泣くほどなんて」


 「お前も料理人なら解るだろう!この気持ち!」


 うーん、確かに__この世界に来て俺は数えきれないほどの味を体験した。



 「ごめん、僕が間違ってた......泣いていい......泣いていい!」


 「うぉんうぉんうぉんうぉんうぉん」


 どんな泣き方だ......まぁでも心の底からのなんだからそうなるか。




 そう思ってみていたら扉の方から






 「すいません、開いてますか?アオイから聞いて来たんですけど」



 と、聞き覚えのある青年の声が聞こえてきた。



 「うそ、もうそんな時間なのか......はーい」





 とんかつ待って泣き崩れてる門番を無視してガラガラ戸を開ける。






 「やぁ、リュウトくん、ヒロユキくん♪」



 「よっ」


 「......来たぞ」









 勇者二人だ。












 数年ぶりの【勇者会議】が開かれた。

















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