目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第407話 第二回【勇者会議】

 時刻は深夜一時過ぎ。

 のれんはすでに外され、客の姿もない静かな店内。座敷にはアオイ、リュウト、そしてまだ包帯を巻いたヒロユキの三人が並んで座っていた。


 「はいよ、当店自慢――《ベルドリの唐揚げ》だ」


 「ありがとうございますー!」


 テーブルの上には出来たての料理がずらりと並び、湯気と香ばしい匂いが食欲を刺激してくる。

 アオイの前には酒、リュウトの前にはジュース、そしてヒロユキの前にはあたたかいお茶が置かれていた。


 「ところで店長、本当にいいんですか? これだけ作ってもらって、しかも今日の分、全部タダなんて……」


 「かまわんさ。今日一日、いつもより少し働くだけであのメニューが手に入るなら――むしろ安すぎるくらいだ」


 「……なるほど、じゃあお言葉に甘えますね」


 「はいよ。俺は片付けと明日の仕込みに戻る。何かあったら声かけてくれ」


 そう言って、店長は厨房へと戻っていった。


 「さて――じゃあ……リュウトくん」


 「おう」


 「ヒロユキくん」


 「……」


 アオイは、楽しげに可愛らしい声を上げた。


 「かんぱーいっ!」


 「乾杯!」


 「……乾杯」


 三人のジョッキやコップが軽くぶつかり、心地よい音を立てる。

 リュウトとヒロユキは静かに一口。アオイはというと――


 「ぷはぁ! 店長、おかわりー!」


 店長はカウンターの奥から手をひらっと上げると、すぐにおかわりの酒を運んできて、無言で置いて去っていった。


 「……相変わらずすげぇな」


 「……すぐ酔うぞ」


 「平気平気♪ 今日はいい日だったから、飲みまくるのだよ!」


 「いい日? なにかあったのか?」


 「ふふっ、こうして五体満足――いや、満足とまではいかないけど……こうしてまた、みんなと顔を合わせられたこと、かな?」


 アオイはグラスを見つめながら、少し柔らかく笑う。


 「ヒロユキくんには場所、教えてなかったけど……よくわかったね?」


 「……リュウトに連絡した」


 「ユキさんたちは?」


 「……知らん。勝手に病室を抜けてきた」


 「うわ、またそんなことして……」


 「……もし言えば、きっと一緒に来てしまう。リュウトから、今日は三人で話すって聞いた」


 「うん、そうだけど……」


 「ま、俺も今回はアカネたち置いてきたけど、ちゃんと話してきたぞ? そのせいで“私も妹ちゃんに会いたい〜!”って泣きつかれて大変だった」


 「ふふっ、アカ姉さんには僕もゆっくり会って話したいね」


 「是非そうしてくれ」


 「……今度はユキにちゃんと言ってから出てくる。気をつける」



 アオイはジョッキを手に取り、半分ほど酒を流し込む。


 「さて、それじゃあ……【第二回・勇者会議】始めようか……まずは僕から話すね」


 アオイはもう一口だけ酒を飲んで、真剣な顔で口を開く。


 「まず……僕の記憶は、《山亀討伐》が終わったところで途切れてるんだ」


 「数年前の、あの事件か」


 「うん」


 するとリュウトが、静かに疑問を口にした。


 「でも……アオイさん、その後も俺たちと会ってますよね? エスに殺されかける場面だって、確かにあったはずです」


 「……そう。みんなと会ってるんだよね……実際に」


 リュウトもヒロユキも、顔を見合わせて戸惑っている。


 「――でも、その時の“僕”は……本当の僕じゃなかった“僕の中にいる『女神』”が、代わりに僕として動いていたんだ」


 その言葉に、ヒロユキがピクリと反応する。


 「……『女神』……この世の悪、と言われてる存在か」


 「うん。でも……この世界の『女神』とは少し違うみたい」


 アオイはジョッキを置き、指先で静かに机をなぞりながら続けた。


 「……どういうことだ?」


 「うまく説明できないんだけど『女神』だけど、そうじゃない。“もう一人の僕”って感じかな。僕は彼女を【闇アオイ』って呼んでる」


 「……なんかそれ、前の世界でちょっと聞いたことあるような」


 「あ、バレた? 某千年アイテムがあるアニメからオマージュしちゃった♪ まさか実際に自分が体験するなんて思ってなかったけどね」


 「ま、まぁ……この世界に来てからというもの、アニメとか漫画みたいなことばっか起こっててさ……正直もう麻痺してたけど」


 リュウトは苦笑いしながら頭をかく。


 「冷静に考えたら、どれも現実じゃありえねぇよな……」



 「……………………それと、リュウトくん」


 「ん?」


 「その……あの……」


 「?」


 アオイは少し顔を赤らめ、モジモジと視線を泳がせる。

 中身を知ってると信じられないが、まるで乙女のような仕草だった。


 普段のアオイならこんな態度は取らない。だけど今回は、少しだけ――事情が違った。


 「山亀の時、僕を助けてくれたこと……覚えてる?」


 「ん?あぁ……あのときは俺、体調も悪かったし……正直あんまり覚えてないな。詳しい話は、俺の番になったら話すよ」


 「……本当に?」


 「んー、本当に。断片的にしか残ってない」


 「……そ、そっか……」


 アオイは目を伏せ、頬を染めたまま小さくうなずいた。


 「なんだ?」


 「い、いや……なんでもない」


 その顔は、まるで“ファーストキス”を奪われた少女のように真っ赤だった。


 「(なんであのシーンを鮮明に思い出させるんだよ!もう一人の『俺』恨むぞマジで!)」


 「?」


 「ご、ごほん……えっと、どこまで話したっけ。あ、そうだ、次に目が覚めたらミクラルでまた奴隷になってて、モルノスクールっていう学校に通ってたんだ」


 「おぉ、異世界で学校か。俺も少しだけ通ったことあるな」


 「ほぇ〜、そうなんだ? えっとね、そこで吸血鬼に出会って、それから――」


 「……魔王を倒したんだろ?」


 「うん、まぁ……そんな感じかな?」


 「……よくやった」


 「お、褒めてくれるの?」


 「……少しだけな」


 「ふふっ、ありがと……その後は冒険者をしてて、何やかんやでこの前の魔王メイトを討伐って感じかな」


 アオイはお酒の入ったジョッキを手に取り、クイッと全て飲み干す。


 「そして、じゅーよーなお話をいいまふっ」


 「……まふ?」


 「まふっ?」


 アオイは顔を少し赤くしながら、スカートの裾をパタパタと仰いで涼んでいる。


 「なんかさ〜、僕……【勇者】の力、なくなっちゃったんだよねぇ」


 「!?」


 「……っ!」


 その一言は、残る二人の勇者に、しっかりと衝撃を与えた。



 「てへっ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?