時刻は深夜一時過ぎ。
のれんはすでに外され、客の姿もない静かな店内。座敷にはアオイ、リュウト、そしてまだ包帯を巻いたヒロユキの三人が並んで座っていた。
「はいよ、当店自慢――《ベルドリの唐揚げ》だ」
「ありがとうございますー!」
テーブルの上には出来たての料理がずらりと並び、湯気と香ばしい匂いが食欲を刺激してくる。
アオイの前には酒、リュウトの前にはジュース、そしてヒロユキの前にはあたたかいお茶が置かれていた。
「ところで店長、本当にいいんですか? これだけ作ってもらって、しかも今日の分、全部タダなんて……」
「かまわんさ。今日一日、いつもより少し働くだけであのメニューが手に入るなら――むしろ安すぎるくらいだ」
「……なるほど、じゃあお言葉に甘えますね」
「はいよ。俺は片付けと明日の仕込みに戻る。何かあったら声かけてくれ」
そう言って、店長は厨房へと戻っていった。
「さて――じゃあ……リュウトくん」
「おう」
「ヒロユキくん」
「……」
アオイは、楽しげに可愛らしい声を上げた。
「かんぱーいっ!」
「乾杯!」
「……乾杯」
三人のジョッキやコップが軽くぶつかり、心地よい音を立てる。
リュウトとヒロユキは静かに一口。アオイはというと――
「ぷはぁ! 店長、おかわりー!」
店長はカウンターの奥から手をひらっと上げると、すぐにおかわりの酒を運んできて、無言で置いて去っていった。
「……相変わらずすげぇな」
「……すぐ酔うぞ」
「平気平気♪ 今日はいい日だったから、飲みまくるのだよ!」
「いい日? なにかあったのか?」
「ふふっ、こうして五体満足――いや、満足とまではいかないけど……こうしてまた、みんなと顔を合わせられたこと、かな?」
アオイはグラスを見つめながら、少し柔らかく笑う。
「ヒロユキくんには場所、教えてなかったけど……よくわかったね?」
「……リュウトに連絡した」
「ユキさんたちは?」
「……知らん。勝手に病室を抜けてきた」
「うわ、またそんなことして……」
「……もし言えば、きっと一緒に来てしまう。リュウトから、今日は三人で話すって聞いた」
「うん、そうだけど……」
「ま、俺も今回はアカネたち置いてきたけど、ちゃんと話してきたぞ? そのせいで“私も妹ちゃんに会いたい〜!”って泣きつかれて大変だった」
「ふふっ、アカ姉さんには僕もゆっくり会って話したいね」
「是非そうしてくれ」
「……今度はユキにちゃんと言ってから出てくる。気をつける」
アオイはジョッキを手に取り、半分ほど酒を流し込む。
「さて、それじゃあ……【第二回・勇者会議】始めようか……まずは僕から話すね」
アオイはもう一口だけ酒を飲んで、真剣な顔で口を開く。
「まず……僕の記憶は、《山亀討伐》が終わったところで途切れてるんだ」
「数年前の、あの事件か」
「うん」
するとリュウトが、静かに疑問を口にした。
「でも……アオイさん、その後も俺たちと会ってますよね? エスに殺されかける場面だって、確かにあったはずです」
「……そう。みんなと会ってるんだよね……実際に」
リュウトもヒロユキも、顔を見合わせて戸惑っている。
「――でも、その時の“僕”は……本当の僕じゃなかった“僕の中にいる『女神』”が、代わりに僕として動いていたんだ」
その言葉に、ヒロユキがピクリと反応する。
「……『女神』……この世の悪、と言われてる存在か」
「うん。でも……この世界の『女神』とは少し違うみたい」
アオイはジョッキを置き、指先で静かに机をなぞりながら続けた。
「……どういうことだ?」
「うまく説明できないんだけど『女神』だけど、そうじゃない。“もう一人の僕”って感じかな。僕は彼女を【闇アオイ』って呼んでる」
「……なんかそれ、前の世界でちょっと聞いたことあるような」
「あ、バレた? 某千年アイテムがあるアニメからオマージュしちゃった♪ まさか実際に自分が体験するなんて思ってなかったけどね」
「ま、まぁ……この世界に来てからというもの、アニメとか漫画みたいなことばっか起こっててさ……正直もう麻痺してたけど」
リュウトは苦笑いしながら頭をかく。
「冷静に考えたら、どれも現実じゃありえねぇよな……」
「……………………それと、リュウトくん」
「ん?」
「その……あの……」
「?」
アオイは少し顔を赤らめ、モジモジと視線を泳がせる。
中身を知ってると信じられないが、まるで乙女のような仕草だった。
普段のアオイならこんな態度は取らない。だけど今回は、少しだけ――事情が違った。
「山亀の時、僕を助けてくれたこと……覚えてる?」
「ん?あぁ……あのときは俺、体調も悪かったし……正直あんまり覚えてないな。詳しい話は、俺の番になったら話すよ」
「……本当に?」
「んー、本当に。断片的にしか残ってない」
「……そ、そっか……」
アオイは目を伏せ、頬を染めたまま小さくうなずいた。
「なんだ?」
「い、いや……なんでもない」
その顔は、まるで“ファーストキス”を奪われた少女のように真っ赤だった。
「(なんであのシーンを鮮明に思い出させるんだよ!もう一人の『俺』恨むぞマジで!)」
「?」
「ご、ごほん……えっと、どこまで話したっけ。あ、そうだ、次に目が覚めたらミクラルでまた奴隷になってて、モルノスクールっていう学校に通ってたんだ」
「おぉ、異世界で学校か。俺も少しだけ通ったことあるな」
「ほぇ〜、そうなんだ? えっとね、そこで吸血鬼に出会って、それから――」
「……魔王を倒したんだろ?」
「うん、まぁ……そんな感じかな?」
「……よくやった」
「お、褒めてくれるの?」
「……少しだけな」
「ふふっ、ありがと……その後は冒険者をしてて、何やかんやでこの前の魔王メイトを討伐って感じかな」
アオイはお酒の入ったジョッキを手に取り、クイッと全て飲み干す。
「そして、じゅーよーなお話をいいまふっ」
「……まふ?」
「まふっ?」
アオイは顔を少し赤くしながら、スカートの裾をパタパタと仰いで涼んでいる。
「なんかさ〜、僕……【勇者】の力、なくなっちゃったんだよねぇ」
「!?」
「……っ!」
その一言は、残る二人の勇者に、しっかりと衝撃を与えた。
「てへっ」