《アオイ家》
「ただいま~」
「遅いのじゃ。もう朝なのじゃよ!」
玄関を開けた瞬間、出迎えてくれたのはルカの怒り気味な声だった。
まるで、年頃の娘を心配して朝まで待っていた母親のようにイライラしている。
「ごめんごめん、お酒飲みながら話してたら、つい寝ちゃってて……」
アオイは申し訳なさそうに笑いながら弁明する。
まるで、新社会人になったばかりの女の子が、帰宅の遅さを言い訳しているかのようだった。
「お待ちしておりました、我が君……でございますぞ」
その横からは、ルカとは正反対の態度で出迎える声が聞こえる。
アバレーの代表騎士・ムラサメは、アオイをまるで神のように崇め、恭しく膝をついていた。
「あ、はは……“我が君”だなんて、珍しい言い方するんだね。普段からそんな感じ?」
「そんなことはありませんぞ。我が口からこの言葉が出るのは……たとえ相手がアバレーの女王であっても、まずあり得ぬことですぞ」
その言葉に、アオイは一瞬言葉を失った。
ムラサメの忠誠がアオイに対してどれほど重い物か__
──つまり、ムラサメは場合によっては、国をも裏切る覚悟があるということだ。
「えーっと……うん。わかった」
どう返すべきか迷った末に、アオイはとりあえず曖昧にうなずいた。
深く考えすぎると、ますます返しに困ると悟ったからだ。
「それにしても、アイツを手放してよかったのじゃ?」
「……あぁ、みやちゃんのこと?」
「そうなのじゃ。アイツもアイツで戦闘力はあったのじゃ。それを裂いてまで……」
「ルカ、チームに“暴言厨”がいたらどう思う?」
「ぼうげん……なんなのじゃ?」
「えーと、チームの和を乱すタイプの人のことだよ」
「ふむ……そんな奴がいたら殺すのじゃ」
「うはぁ……サラッと怖いこと言うね。でもさ、チームにそういう人がひとりいるだけで、実力の8割も出せなくなるって、知ってた?」
※ちなみにアオイのこの知識は、元の世界で見たTwitterのうろ覚え情報である。
「そ、そうなのじゃ!?なんとおそろしい……!」
「まさかそこまでお考えだったとはですぞ!」
「(あれ……なんかこんなアニメあったような気がする)」
「と、とにかくね。邪魔になるくらいなら、外から援護できる環境を用意してあげた方が、本人のためにもなるってこと」
「(……まぁ、本当は全然違うけど)」
アオイは、勇者会議でリュウトとヒロユキが語った“魔王との戦い”の話を思い出していた。
その戦いの中で――リュウトは、みやを失った。
「もっと俺が強ければ……」
「あいつには謝っても謝りきれない……」
リュウトは、そう泣きながら語っていたのだ。
「(そんな状況で、“実は生きてました〜!”とか、“俺の下僕としてボロ雑巾みたいに扱ってまーす!”なんて言えるわけないじゃん!死んでも無理っしょ!)」
……というのが、アオイの本音である。
「それはそうと、次の準備はできておるのか?」
今まで黙っていたエスが、空気を読んだのか、口を開いた。
「あー……えっと、次は“魔王の町”に行くんだっけ?」
「そうだ」
「あと、三日はかかるかも」
「……そうか」
それだけ言うと、エスは何の迷いもなく外へ出ていこうとした。
「ち、ちょっと待って!」
「ん?」
「いや、自分で言うのもなんだけど……“なんで三日かかるんだ?”とか、普通聞かない?」
「ふん。アオイが“三日かかる”と言うのなら、俺はただ待つ。それだけだ」
そう言い残して、エスはそのまま飛んでいってしまった。
「……行っちゃった」
「ふむ、あやつのように、ワシらは強制はせんのじゃ。三日かかると言うなら、何かしら理由があるのじゃろ? 何をするつもりなのじゃ?」
「うん、今の僕は“力”がないからね。だからせめて、準備だけはしっかりしておこうと思ってさ。……例えるならRPGで、ボス戦の前にアイテムバッグをぎゅうぎゅうに詰め込んでく感じかな」
「流石ですぞ、我が君!」
「なるほどなのじゃ」
「(……本当は、魔王退治なんて行きたくなかったんだけどな)」
アオイの脳裏に、先日の《勇者会議》がよぎる。
あのときヒロユキもリュウトも、酔っていたはずなのに、一切弱音を吐かなかった。
「(……俺も、負けてらんないっしょ)」
アオイは気を引き締めるように、ギュッと拳を握った。
***
「ところで我が君、道具を買うにも、先立つモノが必要ですぞ。ゆえに――これを」
ムラサメが、どこからともなく取り出した《ギルドカード》を、名刺のように差し出す。
「え、そんな……悪いよ、僕は僕で――って……ぎょえええええぇ!?」
差し出されたカードに記された残高を見て、アオイは文字通り目を見開いた。
「な、なにこれ!?このゼロの数おかしくない!?」