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第411話 どうやら気付かれてたみたい

《????の森》


 「どうじゃったなのじゃ? ワシの乗り心地は」


 「……どうって言われても……」


 この世界に来たばかりの頃は、見るものすべてに驚いていた。

 でも、住んでいるうちに段々と感覚が麻痺してきて――慣れてきてた、はずなんだけど。


 いや、これはもう……驚かない方がどうかしてるだろ!?


 まさか――あのときチラッとだけ見えたドラゴンの正体が……ルカだったなんて!!!


 「最高だったのじゃろう? お?」


 そんな俺の動揺なんてまるで知らないルカは、人間の姿に戻ってドヤ顔でドヤドヤしてくる。


 あ~~もう、ダメだ。脳の処理が追いつかない。こういう時は――


 「うん! ファーストクラスの飛行機くらいすごかったよ!」


 俺は全力のニッコリスマイルで答えた。


 ――そう!これぞ必殺、


 『考えるのをやめて全部受け入れる脳』!!


 細かいことはもういい。考えるだけ無駄。

 受け入れた方がラクなんだよ。

 仕事行きたくない朝に、結局出社するしかないって悟って無心で電車に乗る、あの感覚。


 「ファーストクラス……? よくわからんが、お主がスッキリしてそうなので良いのじゃ!」


 「うん、スッキリしたよ。うん、うん。クリスタルドラゴンはルカ。何もおかしくない、うん、うん……」


 うん……そう、全部受け入れたら世界は平和さ……♪


 「ところで……本当にここで合ってるの? エスが先に来てるって言ってたけど……何というか、何もないと言えば嘘になるけどさ」


 ルカに乗って降り立ったのは、見渡す限り木々に囲まれた静かな森の中だった。


 ……で、ちなみに降りる時の話なんだけど――


 パラシュートとかそんな甘っちょろい装備は一切ナシ。

 俺はなんと、ムラサメさんにお姫様抱っこされて、空から落ちていった!ほんと!落ちてた!


 「まじ死ぬから!!!」


 いや、死ななかったけど!? 精神的には完全に昇天したから!?


 だってさ、俺、年甲斐もなく――というか男らしさもどこへやら__


 「キャァァアァーーッ!!」


 とか言っちゃったからね!? 普通に悲鳴。完全にヒロイン。いやもうヒロイン超えてマスコット。


 そして、俺を抱っこしてたムラサメさんはというと……


 「……と、尊い……です……ぞ……」


 着地後、俺をそっと下ろしたその瞬間――


 その場で膝から崩れ落ちて、真っ白な灰のように燃え尽きていた。


 「大丈夫なのじゃ、ほれ」


 ルカが指差した先には――


 「……何もないけど?」


 「ここなのじゃ、ここ!」


 そう言ってルカは何もない空間に手を突っ込んだ。


 ――すると、途中から手がスッと見えなくなる。


 「えっ、消えた!?」


 そのままググッと何かを引っ張るようにして――

 蜃気楼のようにゆらりと現れたのは、**【迷彩テント】**だった。


 「なるほどね……うん、納得するしかないよね……」


 いや、ちょっと待って?


 パーティーメンバーに目印すら教えてないのにどうやって気づけってんだよ!?

 バカなの!? ほんとにルカってば天然なんだからもう! (※でもドラゴン)


 そしてテントの中から、淡々とエスが姿を現した。


 「ここら辺の魔物は狩っておいた。新種ばかりだったが、いずれもダイヤモンド級の強さしかない。俺たちなら余裕だろう」


 「う、うん、僕たちなら余裕……だよね、うん」


 はーい、もう全部受け入れモード突入!


 ゴールド冒険者の俺だけど、ダイヤモンド級とも互角に渡り合えるお仲間扱いされてま〜す☆


 なわけあるか!!!!!


 てか、**“新種”で“ダイヤモンド級”**って普通にギルドに報告したら特大の報奨金出るし!?

 素材とか、たとえば鱗とか角とか、めっちゃ高値で取引されるやつやん!!


 ……いや、ほんと、倒してもらった魔物、あとで持って帰っていい?

 リアルに、そのへん落ちてない?


 「さて、行くのじゃ」


 「うん」


 「行くですぞ」


 エスがテントを魔皮紙に戻すのを確認して――いざ出発、という流れになった……はずだった。


 ――なぜか、みんなが俺の後ろに並んだ。


 「………………ん?」


 いやいやいやいや、違うでしょ?

 何で俺が先頭なの?と、困惑しつつもみんなの後ろに回ってみたら――


 またしても、俺の後ろに並び直す三人。


 ……いや、何これ?○ラクエ形式パーティー移動?


 「え、あの……行かないの?」


 「? 行くのじゃよ。もちろん、そのために来たのじゃから」


 「いやいや話が噛み合ってない。……質問を変えよう。僕が一番前?」


 「うむ、そうなのじゃ。ここらへんに次の魔族たちが潜伏しているのは確認済み。だが、この先はお主に動いてもらう必要があるのじゃ」


 「……なぜ」


 「古来より、神の加護のせいで【勇者】と【魔王】は互いに引かれ合う運命にあるのじゃからな」


 「……なるほど」


 ――それを先に言え。


 今の無言コントタイム、なんだったの……?


 「てっきり知ってるものかと思ったのじゃが」


 「いや、知らなかったよ……てか、それなら普通にアバレー王国に居て良かったんじゃ?」


 「お主も言ってたのじゃろ、今のアオイに【勇者】としての力はほとんどない。だからこそ、ここまで近づかねばダメというわけなのじゃ」


 「なるほどぉ……」


 とは言え、何の手がかりもなしに“ここらへん”とか言われても困るんだが。


 「よし、とりあえず……こっちに行こう」


 俺は目の前にある道――というか、木々がちょっとだけ少ない方向に歩を進める。


 森の中に明確な道なんてないけど、まぁ、なんだかんだで冒険者してたし、慣れたもんだ……と、思っていたのだけれど。


 「うぎぎ……っ!」


 「無理するな」


 「わわっ、ご、ごめん!エス、迷惑かけるね!」


 三メートルほどの段差を登ろうと、大木の根を掴んだが……力が入らない。

 体を持ち上げようにも腕がプルプルするばかりで、微動だにしない。

 そこにスッと現れたエスが、当然のように俺を“姫さま抱っこ”して軽々と上まで持ち上げてくれた。


 「はぁ……」


 うん、筋力低下がマジで深刻すぎる。

 てかさ、昔だったら“姫さま抱っこ”なんて赤面必至だったはずなのに――

 もう慣れた。


 これはこれでどうなのよ、俺……。


 「エス殿っ!それは私めがやりますですぞ!」


 「お前がやると鼻血がアオイにつくだろ」


 「んなななっ!?失礼なっ!このマスクには、汗や鼻水など体液を瞬時に浄化するシステムが搭載されておりますぞ!」


 「……許容量、毎回超えてるだろ。

 アオイを“守るため”と言いながら、着替えを覗いて仮面の隙間から鼻血垂らしてるの、皆知ってるからな?」


 「な、な、なんですとぉ!? ですぞぉ!?」


 ──……え、覗かれてたの?

 い、いや……まぁ、元は男だし……なんというか、逆に……ごめん?


 俺の心の動揺をよそに、ムラサメさんは土下座でもしそうな勢いで冷や汗をかきながら謝ってきた。


 「ど、どうかっ!お許しくだざいですぞ!すべてはアオイ様を……守るためっ!なのですぞ!」


 「う、うん……いいよ? 守るため、だもんね……?」


 「……アオイは、ほんと甘いな」


 エスの呆れた溜息と共に、俺たちは再び森の奥へと進んだ。


 ──が、数分後、突然みんながピタリと足を止める。


 「……ふむ、なのじゃ」


 「ですぞ……」


 「どうやら、来たようだな」


 いやいや、待って待って。

 みんな真顔で空気が変わってるけど、俺まだ姫さま抱っこ中だから!?イベント起きるならまず地面に下ろして!?恥ずかしいから!


 そう思いながらも、俺も視線を向けた。

 微かに、森の奥に“気配”を感じる――そう、確かに“人のいる気配”だ。


 俺はお姫さま抱っこされながらも、そっと魔力を巡らせ【獣人化】する。

 頭にはネコミミ、そして見えない位置に尻尾──これで感覚が鋭くなり、人間の時よりも戦闘対応がしやすくなる。


 「……人の足跡? みたいだね」


 「こんな所に人間がいるはずないのじゃ。いるとすれば……人に似た魔族、なのじゃ」


 ルカとムラサメが同時に戦闘態勢を取る。

 その緊張感が森に走ると、静かに木々をかき分け、姿を現したのは──


 「我々に戦闘の意志はない。どうか、落ち着いてくれ」


 凛とした女の声が響いた。


 現れたのは、獣の耳と鋭い瞳を持つ、褐色の肌の女性。

 しなやかな筋肉に包まれた身体──そして、どこか神々しさすら感じる存在感を放っていた。


 「……獣人?」


 「私はアバレー出身の者、名を《アイ》と言う。

 君たちを──我らの村に招待しに来た」


 その姿は、まるでメスライオン。

 明るい金色の髪にしっかりとした体格、だが何より目を引いたのは──


 彼女の腹部。


 妊娠しているかのように、ぽっこりと膨らんでいたのだ。

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