「そ、そんな……」
心臓が、ズキンと痛む。
どうして……なんで、ここに――。
目の前に立っていたのは、立派な金色のたてがみを持つ、オスライオンの獣人。
まさか、あの人が……。
奴隷教育所で、俺と同じ“番号”で呼ばれていたあの人。
奴隷No.33――あの頃、一緒に地獄を耐え抜いた仲間だった。
でも――
俺は……その人を、この手で殺した。
あの日、ヒロスケを失って、すべてがどうでもよくなった。
それは、“中の誰か”がやったことなんかじゃない。
れっきとした、俺の意志だった――。
「あ……」
視線がぶつかる。
33番さんと、目が合った瞬間、全身が硬直した。
〝蛇に睨まれたカエル〟
恐怖というより、罪が、背筋を貫いた。
頭の中が真っ白になり、思考すら止まる。
「……」
「……」
誰も、何も、動かない。
ほんの数秒──それだけの沈黙が、永遠のように感じられた。
だが、最初に口を開いたのは、ライオンの獣人だった。
「……アイ。この方達は?」
まるで俺を“初めて見る存在”のような口ぶりだった。
「キング様、この方々は、ここまで来た冒険者の皆さまです。魔王様のご命令で、私が迎えに参りました」
その一言で我に返る。
――【魔王】。
その言葉が、アイさんの口から自然に出たのだ。
なに考えてるんだ、俺……落ち着け。
これまでの傾向からして、魔族は“人間の姿に化けている”──それはついさっきまで自分で考えてたことだろ!
つまり、目の前の「33番さん」も──偽物。
「……そうか。ここまで来るとは、大したものだ。旅で疲れただろう。今日は、ゆっくり泊まって休むといい」
キングさん――かつて“33番”と呼んでいた彼は、優しく微笑んだ。
それは……あの頃。
奴隷として扱われていた時代、夜に一人で泣いていた時、寂しくて心が空っぽだった時――
そっと差し出してくれた、あの“温かい笑顔”とまったく同じだった。
「くそ……くそ……っ!」
考えろ……落ち着け……!
走りながら必死に思考を整理しようとするが、頭の中はあの日の記憶で支配されていた。
――隣の牢屋、手を伸ばす間もなく落ちていった姿――
通り過ぎる村の子供たちが、不思議そうに俺を見ている。
けど、それどころじゃない。
「はぁ……っ、はぁ……」
気づけば、村の入り口にいた。
「……ふぅ、はぁ……」
ただ走っただけじゃない。
俺は、“逃げた”んだ――この気持ちから。
でも今……やけに頭がスッキリしてる。
さっきまで涙が止まらなかったのに、
今はもう出ない。
罪悪感も、苦しさも……すっと消えてる。
「……今まで意識したことなかったけど――
これが、『感情を食べられている』ってやつなのかもな」
俺の中の“俺”が、言っていた。
負の感情を、エネルギーに変換している。
もしそれが本当なら――
この静けさは、“食われた後”――ってことか。
「たしかに、よくよく考えたら負の感情なんて無くなったらそれに関して振り返ったりしないから盲点だったな」
「それで、これからどうするのじゃ?」
「うん、とりあえずあの家に……ってルカ!? それにムラサメさんも!?」
「何なのじゃ?」
「そんなに驚かれてどうしましたですぞ? 我が君」
「い、いつからそこに2人とも居たの?」
「最初からなのじゃ。魔法を使って走るならまだしも、今のお主は魔法を使わなければ普通の人間ほどしかスピードも出ないのじゃ。それに追いつくのは簡単なのじゃ」
「私はいつでも我が君におつきしてますですぞ」
「黙るのじゃ変態。お前はアオイの涙が地面に落ちる瞬間、無言で小さな瓶に入れていたのじゃ!」
「プギャ!? なななななな!?」
2人のやり取りで思わず笑ってしまう。
「フフッ、2人ともありがとう。なんか、ちょっと元気出たよ」
そうだ、ここは敵の村。
俺がこんな所でくじけてちゃ、魔王なんかに立ち向かえない!
「2人とも、変な行動してごめんね。それで、これからのことなんだけど──」
……まずは、情報収集だ。