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第414話 小瓶の中身

 《アイ家》


 「ふぅ……」


 俺は一人、アイさんの家のドアの前に立ち、深く息を吐いた。

 ──あんな出て行き方しちゃったし、そりゃ気まずいよな。


 「だけど、言ってられないよね……よし!」

 軽く気合を入れて、ドアをノックする。トントンっと。


 するとすぐに、アイさんが出てきた。


 「いきなり出て行っちゃってごめんなさい。ただいま戻りました」


 「ああ、大丈夫だ。それよりキング様は二階に移動させた。……ゆっくりと、あの“顔”に慣れるといい」


 ……ん? 顔?


 「顔?」


 「私も初めて見たときは、あの威圧感のある顔が怖かった。下手な魔物より怖いからな」


 ──あっ、なるほど。

 俺が逃げたのは“キング偽物の顔が怖かったから”って思ってるんだ。


 それはそれで……マズい。

 このままだと、キング偽物から情報を引き出すのが難しくなる。


 今のところ、“キングは確実に偽物”ってことだけは分かってる。

 だったら、会話の中で必ずボロが出るはずなんだ。

 ……ここで距離を取られるのは困る。


 「え、あ、はは……違うんですよ、あの、その……」


 「?」


 なんか適当な理由を……あ、そうだ。


 「長旅で、ずっと過酷な環境にいたから……急に平和な日常を見て、懐かしくなっちゃって。つい」


 「……わかる! わかるぞぉ!!」


 「キング様!?」


 「うえぇっ!?」


 俺の言い訳を聞いていたのか、二階からキング偽物の声が響き、

 次の瞬間──ドタドタと激しい足音と共に、ものすごい勢いで降りてくる。


 「よくぞ帰ってきた! 我々“家族”は、誠心誠意もてなすぞ!」


 そのまま、ものすごい勢いでハグされた。

 ……力が強すぎて、正直ちょっと痛い。


 「は、はは……お手柔らかに……」


 「キング様、苦しそうですよ。離してあげてください?」


 「おっと、失礼した。つい周りが見えなくなってしまうタイプでな。名前は何と言うのだ?」


 「アオイと言います。今後よろしくお願いしますね」


 本当は……本物のキングさんに名乗りたかったな。

 そんな想いが、一瞬だけ胸をよぎる。


 「そう言えば、他の方は?」


 ……やっぱり聞かれるか。

 ルカとムラサメさんには別行動を取ってもらって、村の情報を集めてもらっている。

 一箇所に集まるより、散って動いたほうが怪しまれにくい……はず。


 ここは上手くごまかさないと。


 「あー、えっと……2人ともこの村の珍しい物に興味があるみたいで。しばらく見て回るって言ってました」


 「確かに、私も来たばかりの時は見たこともない物ばかりで圧倒されたな。……わかった」


 ……ふぅ、なんとか誤魔化せた。


 「だが夜の九時には帰ってくるように伝えておけ。そこから“仕事”だからな?」


 「……仕事?」


 「ああ、今から説明する。キング様、子供たちは任せます」


 「分かった。俺も夜が楽しみだ。ガーハッハッハッハ!」


 キング偽物は低く響く声で笑いながら、ドタドタと二階へ上がっていった。


 「とりあえず、上がるといい」


 「お邪魔します」


 靴を脱いで、それを魔皮紙にしまい込む。

 そしてリビングへ──


 「とりあえず、これを飲むといい」


 「これは……?」


 出てきたのは、鮮やかすぎるピンクのドロッとした液体。

 スライムか?ってくらいの粘度だ。見た目の時点でちょっとキツい。


 「この辺りの木の実から取れる、甘いジュースだ」


 「そ、そうですか……」


 まぁ、住めば都っていうし、そのうち慣れるんだろうけど……

 これ、ホントに飲まなきゃダメ?


 「いただきます……ん、くっ」


 ドロッと舌に絡みつくような触感のあと、喉につっかえるような重さ。

 無理やり流し込んだそれは、例えるなら……とろみのついた○んにゃくゼリー。


 「さて、仕事の話だが──先ほど見せたこれ」


 アイさんが白い液体の入った小瓶を取り出す。


 「はい」


 「この村ではこれが通貨として使われる。だいたい、この一本で魔物の肉二キロ分だ」


 「へぇ……この液体がねぇ」


 破格なのかどうか分からないけど、たったこれだけで肉二キロってことは、かなり希少ってことなんだろう。

 小瓶は俺の片手に収まるサイズ──50ccくらいか?


 「ところで……君は、経験人数はどのくらいだ?」


 「……は?」


 「経験人数だ。その容姿で、初めてってことはないだろう?」


 え、ちょ、は?? 何の話だ急に。

 そりゃ“経験”って……そっちの!?

 いやいやいや!バカか!? こっちは元男だぞ!?

 記憶が消えてたらまだしも、普通に覚えてんだよ!?

 ヤれるか!! ヤられるか!! 処女なめんな!!


 「ゼロです!!」


 「な、なんと……そ、そうなのか……」


 「で、それが何か?」


 ──その直後だった。

 アイさんが、ごく自然な口調で、平然と言った。




 「この小瓶の中に入ってるのは──【精子】なんだ。」













 …………………………………はい?











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