《セクシアル村近くの山》
「……上から見る限り、ただの普通の村にしか見えんな」
セクシアル村から少し離れた山の上。
目を細めて村を見下ろしているのは、アオイとは別行動を取っているエス。
その傍らには、通信魔皮紙を通して村の様子を確認している、リュウトたちと共に行動している少女・みやの姿。
{……ぅん。でも、なんかおかしぃ……}
「今、そっちは大丈夫か? リュウトたちにバレたら面倒だぞ」
{ぅん、今は順番で寝てるとこ。いまは私1人}
「……そうか。なら、さっさとやってくれ」
{ぅん。でもこのこと、ちゃんとアオイ様に……}
「わかってる。ちゃんと報告する」
エスは魔皮紙の視界を村の方へ向け、みやに映像が届くよう調整する。
{『分析』}
その瞬間、みやの片目が縦に細く鋭くなり、もう片方には妖しく輝く蛇の紋章が浮かび上がった。
「……どうだ?」
{……ここからだと、ちょっと時間かかるみたぃ……でも、何かある}
「了解だ。続けてくれ」
{……うん}
通信を繋いだまま、エスは立ち上がって周囲の森へ視線を向ける。
風もなく、葉も揺れず、鳥の声もない。
「……静かすぎるな」
エスは低く呟いた。
最後に魔物を見たのは、アイという名の獣人と接触したとき。
それ以降、森の中には一匹たりとも魔物が現れていない。
――まるで、何かが“魔物すら寄せつけない”ようにしているかのように。
「……む」
静かな森を見渡していたエスの視界に、何かが動いた。
木々の間から、ルカを担いだムラサメが姿を現す。
「……よくここが分かったな」
「分かるも何も、貴方の使う武器を見れば予測できますですぞ」
エスが背負っているのは漆黒の双剣。
だが、それは“仮の姿”だ。
本来の武器は弓──そして、アオイを守るための最良の狙撃地点として、
この山を選んだという事実を、ムラサメは見抜いていた。
エスは小さく鼻を鳴らす。
「ふん。それで──そいつはどうした? 死んだか?」
「吾輩が見つけた時には、道端でうずくまっていたのですぞ。
気絶はしておるですが、まだ息はあるので死んではおりませぬですぞ」
「そうか」
「まぁ、症状を見るなら……直接の方が早いですぞ」
ムラサメはそう言うと、肩に担いでいたルカを──
勢いそのまま、エスの目の前へ放り投げた。
ドサッ!
ルカの身体が背中から地面に叩きつけられる。
「が、あぁぁあおああああ!! ぐぎぎぎ……あ……はぁ……ハァッ……!」
激しい衝撃に地面でのたうち、唾液を垂らしながら歯を食いしばるルカ。
それは痛みの反応にしては、あまりにも“異質”だった。
「……痛覚がやられたか?」
「その可能性はあるですぞ」
エスとムラサメは、冷静に反応を分析する。
だが、荒い息を吐きながら、ルカが震える声で否定した。
「ち、ちが……うのじゃ……そ、そんなんじゃ……な、いのじゃ……」
ルカはガクガクと足を震わせながら、なんとか立ち上がった。
その腕は、自分の胸の前で交差するようにぎゅっと握られ、まるで何かから逃れるように──否、耐えるように震えていた。
「……何が違う。あの程度の衝撃で転げ回るほど痛かったんじゃないのか?」
「ちが……うのじゃ……っ!
あれは……いたいんじゃなくて……その……なんというか……くすぐったい様な、きもちいい様な……その、じゃな……」
そのとき──
{……分析、完了したょ……魔族の、種類は──}
{『サキュバス族』}