「……サキュバス、だと?」
「吾輩も今まで色々な種族を調べてきたのですぞが、“サキュバス”という種族は、外見どころか記録そのものが出てこなかったのですぞ……」
{得意な魔法は『魅了』っ。それと、もう一つ──【DNA変化】って出てるょっ}
「魅了はわかる……が、【DNA変化】?」
{ぅんっ。私もこの魔法は初めて見るけど、ここからじゃ詳しい分析はむずかしぃ……
できれば、サキュバスを一匹ここに連れて来てくれたら、もっと詳しく見れるっ}
その言葉に、場の空気がぴんと張りつめる。
──“サキュバスを一体捕らえれば、詳細な情報が得られる”
敵の魔法の特性さえ把握できれば、今後の戦闘が圧倒的に有利になる。
それは全員がすぐに理解していた。
「……仕方ない。ルカがあんな状態だ。
本来なら、ここから狙撃援護するつもりだったが──この場は俺が行こう」
「いや、エス殿以外に長距離支援ができる者はいないですぞ。
ここは吾輩が行くのが最適解ですぞ」
2人がどちらが動くかを議論しようとした、その時。
「……ワシが、行くのじゃ!」
ビクリと声を上げたのは、立ち上がったばかりのルカだった。
「今のお前に、何ができる?」
エスの声は冷静だったが、突き刺さるような重みがあった。
「そうですぞ。来て早々、訳もわからず地面を転げ回っていた貴女が、何を言ってるのですぞ?
控えめに言って、足を引っ張ってるのですぞ。だからこそ──今は引っ込んでおくべきですぞ」
「な、な……! ワシは! ワシはNo.2なのじゃぞ!? その口の利き方は──!」
「だったらなおさら、現状を理解しているはずだよな?
No.2ってのは、“今の自分が戦力になるか”くらい、自覚できる立場なんだろう?」
「ぐっ……」
ルカは、言い返せなかった。
唇を噛み、拳を握り――しかしその時。
「……おい、みや」
{んゅ?}
「ルカを分析しろ。今、体の中で何が起きている?」
{う、うん……『分析』……完了したょっ}
「……」
{ルカ様の状態は……『感度上昇』って出てるっ}
「……なんだそのふざけた状態は」
{わかんない。でも、ルカ様の魔力に何かが反応してて、身体の中で何かが広がってる……
えーっと、胃と腸に変な反応があって、それを吸収してるみたい……}
「なに……?」
その言葉に、ルカの脳裏に“ある記憶”がよぎる。
(……まさか、あの時の!? あのピンク色の――!!)
「胃と腸ってことは……」
「こ、これを!これを分析してみるのじゃ!」
ルカは慌てて魔皮紙から例のコップを取り出し、みやに見せつけた。
{……っ!! 『魔王バルゴの破片』……!?}
「な、なんですとぉぉ!?ですぞぉ!?」
その名前に、全員が息を呑む。
それは紛れもない、“魔王”の痕跡だった。
ルカはその反応を見逃さなかった。
――これはチャンスだ。ここで押せば、主導権を取り返せる。
「ふふん、どうなのじゃ? お前たちが何もしていない間に、ワシはこうして身体を張って短時間で情報を手に入れたのじゃ!」
「な、なんということですぞ……! この短時間で“敵の魔王の情報”を……!」
「……なるほど。確かに……その通り、だな」
「ルカ殿の言い分にも、一理あるですぞ」
「(ふぅ……物は言いよう、なのじゃ……)」
本当はただ、喉が渇いて何も考えずにピンクの液体をゴクゴク飲んだだけ。
――だがそれは、誰にも言うまい。
「……みや」
{なぁにっ、エス?}
「“バルゴの破片”について、他に分かったことはあるか?
もしも毒性があるなら、ルカを向かわせるわけにはいかない」
{うん……でも、命に関わるような毒ではなさそうだょ。ただ……ちょっと……}
「……何だ? 言え」
{みえたまま、言うね……
“バルゴの破片が身体に吸収されると、男性の場合は女性を求めるようになって精力が著しく上昇。
女性が吸収した場合は、魔力量に応じて……排卵が継続されて、身体の感度が……”}
「もういい」
エスがピシャリと遮る。
「……やっかいな状態なのは分かった。本当に行けるんだな、ルカ」
「フンッ、ワシを誰だと思っておるのじゃ。
この程度で引き下がるようなヘタレではないのじゃ!」
「さっきは“イッ”て倒れてたですぞ」
「そ、それはそれ! 今は今なのじゃ!」
ムラサメのツッコミに顔を赤らめつつ、ルカは胸を張る。
「……では、最終確認だ」
エスが静かに言う。
「俺はここからアオイの援護に回りつつ、上空から村の様子を監視する。
何か不審な動きがあれば、すぐに知らせる」
「吾輩は、我が君のお側に常に控え、命を賭してでもお守りする所存ですぞ!」
「そしてワシは、サキュバスを一匹連れてくる。情報を手に入れ、状況をひっくり返してやるのじゃ!」
エスは頷いた。
「……やり方は、それぞれに任せる。
だが、絶対に“アオイの邪魔”になる行為と、“アオイを危険に晒す”ことだけは……絶対にするな。いいな?」
「──全ては」
「「{『アオイ様のために』}」」