《翌朝》
鳥の声すら聞こえない、静寂の早朝。
朝日が差し始めた、午前五時。
{起きろ、アオイ}
「……」
アオイのイヤホンから、エスの声が無機質に響く。
だがアオイは寝返りを打ち、お尻を掻いたまま、まだ眠っている。
{まったく……おい、ムラサメ。お前は起きてるだろ。さっさとアオイを起こせ}
「{今は無理ですぞ}」
{どうしてだ}
「{私は今、手と足を縛っていて地面に転がっている状態だからですぞ}」
{……}
ムラサメは、アオイが寝ているベッドの下に転がっていた。
四肢を魔皮紙でぐるぐるに縛られ、身動きひとつ取れない状態で。
「{勘違いしてもらったら困るですぞが、これは自分でやったのですぞ}」
{自分で縛ったのか……それなら、俺が思ってるよりもっと愚かだな。アオイを守る役割のお前が、文字通り手も足も出ない状況を作ってどうする。そんなことも分からないのか}
「……ふっ」
一拍おいて、ムラサメは誇らしげに言った。
「{我が君の美しさ、可愛さは常軌を逸している……同じ部屋に居て、どう耐えろというのですぞ?}」
{……なるほどな。確かに、それは俺が悪かった}
「{分かればよいですぞ。それにしても、我が君の寝顔を拝めないのは残念ですが……ここは静かに寝かせておくのですぞ}」
{了解だ。では、俺たちだけで報告を行う。そちらから伝えてくれ}
「{御意……まず一つ目。村で出される料理ですが、肉料理は“あの液体”をかけてから食べる形式。そしてスープ類も、主にその液体がベースになっているのですぞ}」
{……まさか食べたのか?}
「{フフン、こんな事もあろうかと、魔皮紙を準備していたのですぞ! これは舌に当てて魔力を通すと、食べ物を吸収してくれるのですぞ。味だけ楽しめて太らないという夢の道具……もともとはダイエットや味見用のアイテムですぞ}」
{アオイにも渡してあるか?}
「{もちろんですぞ}」
{よし、次は?}
「{二つ目……この村には、“儀式”と呼ばれる風習があるようですぞ}」
{儀式?}
「{はいですぞ。どうやら――“恋している者”は、その儀式を受けなければならないとのこと。そして……今日、それを受ける予定なのですぞ}」
エスは一瞬、思考を巡らせた。
――だが、すぐにある“最悪の可能性”に気づく。
{……待て。その儀式を受けるのは……まさか、お前じゃないよな?}
「{三つ目の報告ですが――……}」
「{我が君は……誰かに恋しているようですぞ}」
その言葉を聞いた瞬間、エスの中の何かが切れた。
通信越しにも感じ取れるほどの――殺気と、圧倒的な魔力の揺れ。
空気が震え、空間ごと軋み始める。
{……そうか。少し待っていろ}
通信が切れた。
「……」
静寂に包まれる室内。
「まったく……エス殿も、まだまだお子様ですぞな」
――昨日、アオイに“好きな人がいる”と知って、
歯が砕けるほど食いしばりながら、夜通し泣いていた男の言葉とは思えなかった。