「ん、ん〜〜にゃ……よく寝た〜……」
今って何時だろ?
なんだかんだこの世界、ゲームも漫画もないし……依頼がない時ってやること無さすぎてすぐ寝ちゃうんだよね。
結果――
「10時か……」
壁に掛けられた魔法の時計針は、10時6分を指していた。
……昨日21時には寝た気がするから、え、13時間睡眠?
ヨシ!健康優良児!!
「おはようございますですぞ、我が君」
「?……って、ほんとに縛ってたんだ……」
ベッドの上からは見えなかったけど、ムラサメさんは自分で手足を魔皮紙でぐるぐるにして、床に転がっていた。
なんでそんなことになってるかというと――
本人曰く、「紳士たる者、男女が同じ部屋に泊まる時は、絶対の安心を相手に与えねばならんのですぞ!」……らしい。
うん、理屈は立派だけど……俺、元は男だから、その理論に素直に頷けなかったんだよな。
身体は女だけど、心は男だし……まぁ、そんなこんなで。
「好きにしてていいよ」って伝えた。
――例えるなら、「自販機行くけど何かいる?」って聞かれて「なんでもいい」って答えるくらい卑怯な丸投げで。
「当然ですぞ。ちなみにこれは自分では解けないので、どうか解いて欲しいのですぞ」
「紳士だねぇ……えーっと、これがこうで……はい、解除っと」
「ありがとうございますですぞ!」
ちなみにこの世界の仮面って、寝る時もそんなに窮屈じゃない。
元の世界で例えるなら、マスクして寝たら息苦しいとかあるけど――
こっちの仮面は魔法で呼吸の邪魔にもならないし、装着感ゼロ。寝る用仮面、意外と快適。
「ところでさ、アイさんって呼びに来てた?」
「来てませんですぞ。我が君が安心して眠れるように、昨夜この部屋には“侵入感知用”の魔皮紙をあちこちに貼っておいたのですぞ。でも反応は一切なかったですぞ」
「へぇ〜、じゃあアイさんもそろそろ起きる頃かな?」
「それはどうですかな。我が君……可能性は、限りなく低いですぞ」
「なんで?」
「……昨晩、アイという獣人は、“キング”という男と朝まで夜の営みに耽っていたのですぞ。つまり、まだ寝始めたばかりと推測されるのですぞ」
「……って、なんで知ってるの?」
「ふふ、昨夜、この屋敷の防音魔法はしっかり機能していたのですが……建築様式がグリード王国の形式に酷似していたのですぞ。
だからピンと来たのですぞ。“あれ?もしかして?”と。
それで、盗聴用の魔皮紙を使ったら――案の定、行けたのですぞ」
「なるほど……」
――アバレーの代表騎士がそんなことして大丈夫なのか?
ってツッコミたいけど……ここ、獣人の国だからな。人間の法律が通じるとも限らないし……うん、セーフ……?
「っていうかさ……アイさん、妊娠してるって言ってたよね? それで夜の営みって……すごいな、ほんとにお盛んだよ」
「その件ですが――エス殿からの連絡で、興味深いことが一つ分かったのですぞ」
「ん?」
「どうやら、この村では……全戸で、それが行われているようなのですぞ。一軒残らず、例外なしに」
「……マジで?」
その話を聞いて、俺はピンときた。
――やっぱり、今回の魔族は“サキュバス”だ。
「サキュバス族と、何か関係がありそうだね」
「その可能性は高いですぞ。私たちはこれは“繁栄”と捉えてますが……」
「繁栄……確かに、そうも言えるか」
だけど、ちょっと気になる。
サキュバス族と他種族のハーフって、どうなるんだろう?
例えば――今回のケース。
キングの偽物は、十中八九サキュバス族。
一方で、アイさんはずっとアバレーで普通に暮らしてた獣人だって聞いてる。
……でも、そもそもアイさんがどうしてこの村に来たのか、まだ聞いてなかったな。
今日あたり、うまく話を切り出して聞いてみようか。
「しかし、ここで吾輩たちは――一つ、疑問が浮かんできたのですぞ」
「……ん?」
「“繁栄”と言えば聞こえはいいですが……この村、小さすぎるのですぞ。住人の数も、あまりに少ない」
「……確かに」
今までの魔王の拠点――【スコーピオル】や【ライブラグス】と比べると、まるで規模が違う。
数にして、おそらく1000分の1にも満たない。
昨日の夕食中に、「他の村もあるのか」と何気なく聞いたが、返ってきた答えは「ここだけ」だった。
「ですぞ……仮にも、世界を牛耳っていた魔族の拠点。どうにも――腑に落ちんのですぞ」
「うん……それに、サキュバスって言えば――」
「シッ……!」
ムラサメさんが口の前で人差し指を立て、目を細める。
ピタリ、と空気が凍った直後。
――ガチャッ。
「おはよう! よく眠れたか? ガッハッハ!」
キング偽物がノックもせず、やけに陽気に部屋へ入ってきた。
「おはようございます、キングさん」
「おう! 今日は儀式だったな? まあ、説明より見たほうが早い!」
「えっ? アイさんが案内してくれるんじゃ……?」
「そのつもりだったが、今回は……」
そこで、キング偽物の声が止まる。
――まるで、電池が切れた人形のように。
ピクリとも動かなくなり、その場に立ち尽くしたまま、異様な静けさに包まれる。
「!」
「我が君! 下がっていてくださいですぞ!」
ムラサメさんが即座に俺の前に出て、魔法陣を構えた。
そして――
キング偽物は、まるでスピーカーのように、別人の“声”を響かせた。
「ようこそ、【勇者】。
私は魔王――ロビン。
邪魔者抜きで……少し、お話をしましょうか」
外見はキングのまま。
けれど、そこにいたのは――まったくの“別人”だった。