「ついてきなさい。……言っておくけど、この“器”を攻撃しても、私には一切のダメージはないわよ」
――そう言った瞬間、俺は確信する。
これは、キングが突然オカマ口調になったとか、そんなふざけた話じゃない。
「……魔王」
「さっき、そう言ったでしょう? 二度は言わないわ」
そう言って、キング偽物――いや、“魔王ロビン”はくるりと背を向け、玄関へと歩き出した。
「隙だらけに見えますが……本物のようですぞ」
「うん……倒しても意味がない」
「ですぞ」
つまり、これは今までの魔族――血を吸って姿を奪う吸血鬼でも、魂を入れ替えるアヌビスでもない。
少なくとも、彼らには“個の意思”があった。
でも今回は違う。
“器”を通して、魔王そのものが――俺たちと直接、対話している。
「……行こう」
俺たちは、無言のまま魔王の背中を追う。
外に出ると、昨日とは空気がまるで違っていた。
静かだ。妙なほどに。
……でも、誰かに見られている。
いや、監視されている感覚。
チラッと横を見ると――
民家の窓。その奥に、何人かの子供たちの姿があった。
表情が……ない。
無表情のまま、まるで意思のない人形みたいに、こちらをじっと見ていた。
「あなたたちの行動も、言動も――全部、筒抜けよ」
「……え?」
キング偽物が、後ろを振り返ることなく歩きながら喋り出した。
「昨日のエスとかいう人間との通信内容。
料理を食べた後に感覚に耐えきれなくなって……洗面所で、アオイちゃんが“なにをしてたか”――」
「う……っ」
顔が一気に熱くなるのがわかった。
もう、頬どころか耳まで真っ赤だと思う。
……お願い、ムラサメさん。聞き返さないで。
幸いにも、彼は険しい顔で前方に警戒を向けているだけで、突っ込んではこなかった。
「そんなに照れることないわ。素晴らしいことじゃない?
この世界で“それ”ができるのは……人間だけ。
アヤカシも、魔族でさえも――人間の形を取らないと、味わえない感情よ?」
「……え?」
「ふふ。気になるでしょう? 私たち“魔族”の本当の存在……この世界の“始まり”が」
「……それって、どういう――」
「――さ、着いたわ」
そう言われて顔を上げると、そこは村の外れ――
村の入り口からまっすぐ延びる、一本道の終着点。
木の看板には、ご丁寧にもこう書かれていた。
「出口」
その先にあるのは、ただの森林。
目を凝らしても、森の奥には何も見えない。
だけど……なんだろう。
この場所、妙に“静かすぎる”。
「ふふ……戸惑っているようね」
キング偽物は、くるりとこちらを振り向き――両手をゆっくりと広げた。
「……!」
「っ……!」
俺とムラサメさんは即座に武器を構え、戦闘態勢を取る。
だが、その構えに対して――彼女は、微笑んだだけだった。
「――ようこそ、私の城へ」
その言葉と同時に。
村の“出口”の先――ただの森林だった空間が、音を立てて“ひび割れ始めた”。
バリバリバリッ……と、まるで空そのものに亀裂が入るように。
砕けた空間の奥に現れたのは――
漆黒の神殿。
空を突くようにそびえ立つ、大きく、不気味で、どこか禍々しい“城”。
「中で……私が待っているわ」
そう言い残し、魔王ロビンはそのまま神殿の奥へと姿を消した。