「封印されていた……?」
「ええ、そうよ」
魔王ロビンは、キング偽物の頭の上でふにゃりと縦に伸び、ぽよんと揺れる。
「……一体、誰に?」
“魔王クラスの存在が封印されていた”――その事実に、アオイの思考が一瞬止まる。
「【六英雄】達よ」
「六英雄……」
その名に、聞き覚えがあるような、ないような――微かな記憶が揺れる。
「人間界でも、ちょっとくらいは名前くらい聞いたことあるんじゃない?」
「うーん……ほんの少しだけ、名前だけ……そんな感じかな」
「でしょ? でもそれが逆におかしいのよ」
ロビンは、揺れる身体でピタリと動きを止める。
「人間は、ずっと“管理されてきた存在”。
その中で、六英雄の名前が今も人間界に“少しでも”残っているのは、不自然なの」
「……?」
「こっちの世界では、六英雄は誰もが知ってる“伝説”。
私を封印したってこともあって、尊敬も恐れも集めてる。
でも――人間たちは、その存在をぼんやりとしか覚えてない。面白い話よね」
「それで……その六英雄って、どういう人たちなの?」
「“人”じゃないわ。
六英雄は、全員が魔族。特別な力を持つ、異端の存在たち。
それが集まってできたのが、六英雄」
「特別な力……?」
「ええ。残念ながら、どんな能力を使っていたかは――よく覚えてないの。
封印の影響か、時間の経過か……そのへんは、さすがに私にも分からないわ」
「……」
「でも――気になるでしょ? 六英雄のこと」
「……まあ、うん。ちょっとは」
アオイの胸の中には、かすかな希望があった。
自分たちの他に、魔王と敵対する存在がいる――
それが“敵の敵は味方”である可能性もあるかもしれない、そんな期待。
しかし、次のロビンの言葉が、その淡い幻想を吹き飛ばす。
「――残念だけど。私を封印したからといって、あなたの味方ってわけじゃないわよ?」
「……えっ」
ロビンは淡々と、でも断言するように続ける。
「私は心を読む力は持ってないけど――
仮にも魔王。相手が“今、何を考えたか”くらい、空気で分かるわよ」
「……っ」
アオイは言葉を失った。
――味方とは限らない。それどころか、次に相対する“敵”かもしれない存在。
「【六英雄】……彼らは、“世界から戦争を無くす”ために生まれた集団」
「戦争を……無くす……?」
「ええ、最初にも言ったでしょ? この世界では、魔王たちが“人間の管理権”を巡って果てしない戦争をしていたの。
その中に突如現れて――戦場を“めちゃくちゃ”にして、消えるのよ」
「めちゃくちゃにって……どういう意味?」
「ふふ、例えば――」
ロビンはゆっくりと語り始めた。
「私を封印したのも彼ら。
他には、戦っていた両軍の“食料”を一夜でごっそり消したとか――
兵士を、一人を除いて“全員”殺したとか、ね」
「そ、それは……確かに……めちゃくちゃ、だね……」
(いやいやいやいやいや!? 規模が違いすぎるだろ!?)
アオイは表情を保ちながらも、心の中で全力のツッコミを入れていた。
魔族同士の戦争……その兵力は、常識では測れない。
そしてその兵士を養う食糧だって、数百万人単位で動かすレベル。
それらを“まとめて消す”なんて――スケールが違いすぎる。まるで、自然災害のような存在。
「そう、六英雄のおかげ……って言うと少し癪だけど。
彼らは瞬く間に“名を上げ”、世界中から“恐れられる存在”になったわ」
ロビンの口調に、ほんのわずかな棘が混じる。
「そして彼らは……“魔神様”のもとにまで辿り着いた」
「魔神……? その後、どうなったの?」
「……それは、私にも分からない」
ロビンが静かに言葉を区切る。
「その時には――私はすでに、封印されていたから」
アオイは息を呑む。
ロビンほどの魔王でも、六英雄に“排除”され、世界の中心から外されていたのだ。
「でも、それ以降――魔王たちは戦争を止めた。
そして、“人間の管理”は、3人の魔王によって担うことになったの」
「……その3人って」
「ええ、聞いたことあるでしょう?
【スコーピオ】、【キャンサー】、【ジェミニ】。
それが、人間管理を任された“三柱”よ」
「うん、そのうちの一人は――よく知ってる」
アオイは静かに呟いた。
かつて自分たちが、最初に対峙した魔王たち。
「そして今、人間は私達の管理を外れたわ、誰がそうしたか?ねー、アオイちゃん」
「……」
アオイは言葉を失ったまま、ただロビンを見ていた。
「あなたたちは、“人間”という種族でこの世界に“戦争”を仕掛けたのよ」
ロビンの声は、静かに響く。
「理由はどうであれ、現実として――あなたたちは、魔王たちを次々と倒している。
世界を征服していた“支配者”たちを、ね」
「……」
「六英雄があなたたちに“目をつける”のは、時間の問題よ」
そう――ロビンが言いたいのは、こういうことだ。
六英雄は、世界の“秩序と平和”のために戦う存在。
人間が今まで狙われなかったのは、ただ大きな動きを見せていなかったから。
だが、魔王を倒し、“世界の均衡”を壊し始めた今――
狙われるのは、“勇者”自身。
つまり、悪役はアオイたちだ。
「……つまり、君を倒したら、“余計なリスク”を背負うから倒すなって話?」
「ふふっ――半分正解。半分はずれね」
ロビンは、キング偽物の頭の上でぽよん、と小さく弾んだ。
「でも、ここまで話して――やっと本題に入れるわ」
ロビンは、キング偽物の体を操り、ゆっくりと手を伸ばす。
「私を――あなたたちの仲間に入れてほしいの」