「えっ……!?」
アオイは思わず声を上げた。
今日いちばん――いや、この旅の中で一番の驚きだったかもしれない。
目の前の“魔王”が、自分を仲間に入れてくれと手を差し伸べてきたのだ。
「きっと罠ですぞ!」
ムラサメが即座にアオイの前に立ち、魔法陣を構える。
その目は真剣で、油断一切なし。魔王を睨みつけるその姿は、“盾”としての覚悟そのものだった。
「罠じゃないわよ。
その証拠に――ここまで、私はあなたたちに一切の危害を加えてないでしょ?」
「いや、変な飲み物を飲ませようとしてきたですぞ!」
「それはあなたたちを“知るため”よ。
――よく聞いて。私たちから見れば、あなたたち勇者は“種族絶滅レベル”の超危険存在なのよ。
会ってすぐ殺される覚悟で接触してるの。副作用の一つや二つ、許容範囲でしょ? こっちだって命がけなのよ」
ロビンの声は、強く、静かだった。
差し出された手は震えていない。
でも、アオイには分かった。
――その手には、確かに“本気の願い”が込められている。
キング偽物の瞳がこちらを向いている。
だがアオイは、それ以上に――頭の上で揺れる“スライム”の視線と、熱を感じていた。
「……」
たしかにロビンの言葉は正しい。
長い戦乱でも死ななかった魔王たちが、ここ数年――
たったそれだけの短期間で、次々に倒されていっている。
立場が逆だったら、自分もいつ命を落とすか分からない、そんな“恐怖”に日々晒されることになる。
それを考えれば――
「……決めて、勇者アオイ」
ロビンが告げる。
そして横では、ムラサメも、静かにアオイの決断を待っていた。
何もない空間に、緊張だけが漂っていた。
…………………………………
やがて。
アオイは――答えを出した。
「……分かった。これからよろしく、ロビン」
――肯定。
「やっっったーーー!!」
キング偽物は、スライム本体を手に取り、そのまま勢いよくクルクル回り始めた。
その動きはどこか子供のようで、全身で“喜び”を表現していた。
「……」
「ごめんね、ムラサメさん」
アオイがそう言うと、ムラサメは魔法陣を静かに解き、すっと後ろに下がった。
「良いのですぞ。我が君の決めたことには、きっと意味がある。
どんなことであれ――吾輩は、あなたの意志に従いますですぞ」
「……それって、もし僕が“死ね”って言ったら死ぬの?」
「喜んで死にますですぞ」
「じょ、冗談だからね!? 本気にしないでね!?」
「あら、じゃあ私も下僕になろうかしら?」
ロビンがくすりと笑って言うが、アオイはすかさずツッコミを入れる。
「そうだとしても、さすがにその姿で言われるのはちょっと……。
その声で女の子口調って、やりづらいというか……いや、まあ僕が言えた口じゃないけどさ……」
「でも私、そもそも“声帯”がないのよ。性別もないし、だから“中性的”に調整してるの。
……あ、そうそう! アオイちゃん、“好きな人がいる”って言ってたわよね?」
「え、ああ……言ってた、ような? どうだっけ……?
その後の話が壮大すぎて……忘れちゃった」
「言ってたわよ。じゃあ今ここで――私の能力、見せてあげる」
そう言って、ピンク色のスライムはぽよんっとアオイの目の前に降り立ち、
にゅいっと伸び上がろうとした――が。
「……あれ?」
何も起きなかった。
でも、アオイには何となく理由が分かっていた。
「……ごめん。
実は、あれ――嘘だったんだ。正直、まだ誰かを本気で好きになったこと、ないんだ。僕」
「――あら、そうなの。それは残ね――」
「よっしゃぁぁぁああああああああああああああああですぞおおおおおおおおおおおおお!!!」
「へ!?」
ロビンが一瞬固まる。
「……あなたの後ろのムラサメって人間、そんなに叫ぶタイプだったの?」
「ど、どうしたの!? ムラサメさん!?」
「我、感極まれり!!
僅かな希望、確かにこの手に掴みたりィイイ!!」
「だ、大丈夫!? なんか今日、口調がいつもよりさらにポエミーというか……変な方向に行ってない!?」
「ふふっ……これから一緒に居られると思うと、なんだか楽しいわね」
「身体は、どこかで調達するとして――しばらくはこの声と姿で我慢してちょうだい」
ロビンが少しおどけて笑うと、空気がようやく和らいできた。
そして、彼女は真面目な表情に戻る。
「それで、これからのことだけど――この村の獣人達、どうしましょうか?」
勇者と魔王。
かつて交わるはずのなかった2つの存在が、静かに計画を立て始めていた。
アオイの意思に従って、洗脳された獣人達をどうにか解放する方法を考えていく――
このままいけば、少なくとも今は、平和に解決するように思えた。
───が。
【そんなことは許されない】
「え……今、なんか……聞こえた?」
「どうしたの、アオイちゃん?」
耳元で囁かれたような、心の中に響いたようなその“声”に、アオイは反応する。
だけどその直後――
「っ!? 体が……勝手に……!」
アオイの瞳が見開かれる。
その手が、まるで自分の意志とは無関係に動き出していた。
【アオイは腰のクナイを抜く】
「__っ!?」
ムラサメが異変に気づき、慌てて前に出ようとするが、間に合わない。
アオイの体が疾風のように駆け――
【魔王へ、殺意をもってクナイを突き出した】