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第428話 『私じゃない』


 「身体が勝手に!」


 クナイが、一直線にキング偽物の胸へと突き刺さる。


 「っ!?」


 反射的に距離を取ろうとするが、クナイの柄に巻かれていた【系】が意志を持つように動き、キングの身体を縛り上げた。


 「ど、どうして【目撃縛】が!?勇者の力は無くなってるはずなのに!」


 縛られたままのキングへと、アオイがゆっくりと近づく。


 「逃げて、ロビン!」


 二本目のクナイが放たれる。

 狙いは――頭部。



 『しかし、間一髪__クナイが到達する寸前、頭部のスライムがぬるりと滑り落ち交わした』


 ………………



 ……スライムはもう液状を維持できず、ただのビー玉状の本体へと戻ってしまう。




 「ーーーーー!?」



 『ムラサメ!今すぐコイツを持って外に出るのよ!』


 たまらず表に出てきた様だな、女神。


 「!?、どうしたのですぞ!」


 『アオイちゃんが着ているこの黒いインナースーツ!これの素材は【神】の糸よ!『私」の身体はこの服に操られてる!』


 「わ、わかったのですぞ我が君!!!」


 『キャハッ!【神】の戦いをしましょう♡ 理に干渉する____言葉遊びよ!』


 ムラサメはロビンの本体を抱え、巨大な扉へ向かって走る。

 だが、どこまで行っても景色は変わらず、視界は一面の暗闇に包まれたままだ。




 「っ!? 【光源】が……!? まだ魔力は解いてないはずですぞ!?」




 目の前にあるはずの明かりが、まるで世界そのものに拒絶されたかのように消えていた。




 『問題ない。暗闇でも“私”には見えている――すぐそこに扉がある__アオイの身体を通して語る“女神”が、確かな声で導く』


 ムラサメはその声に従うも、足取りに明らかに動揺が混じっていた。




 「な、何が起こってるのですぞ……どうなってる……っ!」




 思わず背後を振り返る。

 その瞬間、ムラサメの目に映った“それ”に、全身が凍りついた。




 「あ、ああ……ああああああっ! 嫌だ……嫌ですぞ……っ!!」




 悲鳴混じりに震える声。

 膝が崩れそうになる。

 ムラサメの瞳が見ていたのは、過去――そう、“あの時”の地獄。




 「もう……ループは嫌ですぞ……改心したのですぞ……! 来るな……来るなぁぁぁ!!」




 『それでも、彼は立ち止まらなかった__己の使命を思い出しムラサメは、恐怖で重くなった足を、意地で前へと押し出す』




 ――走る。




 呼吸は荒く、手のひらから汗が溢れ落ちる。

 異常な空間が放つ圧力に、精神すら軋んでいく。




 だが、その手に握られていたロビンの本体――ビー玉が、するりと滑り落ちた。




 「あっ……!」




 『空中で弧を描き、床へと落ちようとする寸前。




 ――掴んだ。




 長年にわたり鍛え上げた反射神経が、最後の一瞬でそれを捉える』




 「ふぅ……っ、あ、あぶなかったですぞ……!」


 地面が突然脈動し、そこに浮かび上がる魔法陣。


 ――ブシュッ!!


 次の瞬間、魔法陣から1300度近い灼熱のマグマが噴き上がる。




 『……その上から転送魔法陣を重ねて、吹き出すマグマを“どこかの海”へ飛ばす』




 『空間が歪み、マグマは天井を突き破るかのように立ち昇り……刹那、蒸気も煙も残さず消えた。』




 続けて、壁一面に現れる無数の魔法陣。


 そこから、黒光りする“毒針”が雨あられと射出される――ムラサメめがけて__『__だが、その針は途中に存在する魔法陣の効果で毒を消され、無害なサラサラの砂へと変質する』




 「なっ……!? 砂……!? 一体、何が……ですぞ……っ!」




 そのときだった。


 ムラサメの心臓が止まった。




 「っ――が、っ……!」




 『止まったはずの鼓動が、再び高鳴りを取り戻す』




 「かっ……は、はぁっ、はぁ……っ」




 何とか呼吸を整えたムラサメは、震える手を前へと伸ばす。

 ……そこには、確かにあった。重々しい扉が。




 『…………』




 そして――その扉を押し開く。




 ぱあっ、と。


 光が溢れ、濃密な闇が押し返されていく。


 外の世界。神殿の外の、懐かしい風景。




 「で……出れた、ですぞ……!」




 安堵の息を吐くムラサメ。




 『――ぐっ!?』




 アオイの身体を借りて戦っていた女神が、僅かに気を逸らした隙を突かれた。


 ――黒いインナースーツの一部が口元を這い、女神の言葉を封じ込めるように絡みついた。



 「と、とにかくエス殿たちに通信を……ですぞ……!」




 ムラサメは急いで通信魔皮紙を取り出そうとした――その瞬間だった。






 【ズドンッ!!!】






 「――っ!?」




 空気が一変する。


 腹に響くような衝撃音と共に、ムラサメの手から何かが弾け飛んだ感覚。




 「な……」



 弾け飛んだのは__ロビンの本体を持っていた自分の“手”だった。





 魔王討伐__完了。








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