「身体が勝手に!」
クナイが、一直線にキング偽物の胸へと突き刺さる。
「っ!?」
反射的に距離を取ろうとするが、クナイの柄に巻かれていた【系】が意志を持つように動き、キングの身体を縛り上げた。
「ど、どうして【目撃縛】が!?勇者の力は無くなってるはずなのに!」
縛られたままのキングへと、アオイがゆっくりと近づく。
「逃げて、ロビン!」
二本目のクナイが放たれる。
狙いは――頭部。
『しかし、間一髪__クナイが到達する寸前、頭部のスライムがぬるりと滑り落ち交わした』
………………
……スライムはもう液状を維持できず、ただのビー玉状の本体へと戻ってしまう。
「ーーーーー!?」
『ムラサメ!今すぐコイツを持って外に出るのよ!』
たまらず表に出てきた様だな、女神。
「!?、どうしたのですぞ!」
『アオイちゃんが着ているこの黒いインナースーツ!これの素材は【神】の糸よ!『私」の身体はこの服に操られてる!』
「わ、わかったのですぞ我が君!!!」
『キャハッ!【神】の戦いをしましょう♡ 理に干渉する____言葉遊びよ!』
ムラサメはロビンの本体を抱え、巨大な扉へ向かって走る。
だが、どこまで行っても景色は変わらず、視界は一面の暗闇に包まれたままだ。
「っ!? 【光源】が……!? まだ魔力は解いてないはずですぞ!?」
目の前にあるはずの明かりが、まるで世界そのものに拒絶されたかのように消えていた。
『問題ない。暗闇でも“私”には見えている――すぐそこに扉がある__アオイの身体を通して語る“女神”が、確かな声で導く』
ムラサメはその声に従うも、足取りに明らかに動揺が混じっていた。
「な、何が起こってるのですぞ……どうなってる……っ!」
思わず背後を振り返る。
その瞬間、ムラサメの目に映った“それ”に、全身が凍りついた。
「あ、ああ……ああああああっ! 嫌だ……嫌ですぞ……っ!!」
悲鳴混じりに震える声。
膝が崩れそうになる。
ムラサメの瞳が見ていたのは、過去――そう、“あの時”の地獄。
「もう……ループは嫌ですぞ……改心したのですぞ……! 来るな……来るなぁぁぁ!!」
『それでも、彼は立ち止まらなかった__己の使命を思い出しムラサメは、恐怖で重くなった足を、意地で前へと押し出す』
――走る。
呼吸は荒く、手のひらから汗が溢れ落ちる。
異常な空間が放つ圧力に、精神すら軋んでいく。
だが、その手に握られていたロビンの本体――ビー玉が、するりと滑り落ちた。
「あっ……!」
『空中で弧を描き、床へと落ちようとする寸前。
――掴んだ。
長年にわたり鍛え上げた反射神経が、最後の一瞬でそれを捉える』
「ふぅ……っ、あ、あぶなかったですぞ……!」
地面が突然脈動し、そこに浮かび上がる魔法陣。
――ブシュッ!!
次の瞬間、魔法陣から1300度近い灼熱のマグマが噴き上がる。
『……その上から転送魔法陣を重ねて、吹き出すマグマを“どこかの海”へ飛ばす』
『空間が歪み、マグマは天井を突き破るかのように立ち昇り……刹那、蒸気も煙も残さず消えた。』
続けて、壁一面に現れる無数の魔法陣。
そこから、黒光りする“毒針”が雨あられと射出される――ムラサメめがけて__『__だが、その針は途中に存在する魔法陣の効果で毒を消され、無害なサラサラの砂へと変質する』
「なっ……!? 砂……!? 一体、何が……ですぞ……っ!」
そのときだった。
ムラサメの心臓が止まった。
「っ――が、っ……!」
『止まったはずの鼓動が、再び高鳴りを取り戻す』
「かっ……は、はぁっ、はぁ……っ」
何とか呼吸を整えたムラサメは、震える手を前へと伸ばす。
……そこには、確かにあった。重々しい扉が。
『…………』
そして――その扉を押し開く。
ぱあっ、と。
光が溢れ、濃密な闇が押し返されていく。
外の世界。神殿の外の、懐かしい風景。
「で……出れた、ですぞ……!」
安堵の息を吐くムラサメ。
『――ぐっ!?』
アオイの身体を借りて戦っていた女神が、僅かに気を逸らした隙を突かれた。
――黒いインナースーツの一部が口元を這い、女神の言葉を封じ込めるように絡みついた。
「と、とにかくエス殿たちに通信を……ですぞ……!」
ムラサメは急いで通信魔皮紙を取り出そうとした――その瞬間だった。
【ズドンッ!!!】
「――っ!?」
空気が一変する。
腹に響くような衝撃音と共に、ムラサメの手から何かが弾け飛んだ感覚。
「な……」
弾け飛んだのは__ロビンの本体を持っていた自分の“手”だった。
魔王討伐__完了。