《セクシアル村離れの森の中》
「まったく、手間を取らせるのじゃ……」
眠る小さな子供――捕らえたサキュバスを抱きかかえ、ルカは森の中を歩いていた。
「それにしても、この感覚……どうにかならぬのかの」
トロンとした目元に、わずかに赤みが差す。
歩くたびに揺れる身体に、こみ上げる妙な感覚。抑えようにも思わず口から漏れる吐息。
「ん……くぅ……っ、息が……もれるのじゃ……」
ルカは小さく腰を振るように歩きながら、誰にも見られぬ場所を探していた。
「ここらで良いかの……他の者に見られる心配もなかろう」
森の中にある岩に腰を下ろすと、ゆっくりと【通信魔皮紙】を起動する。
魔皮紙は宙に浮き、エスの姿を映し出した。
{なんだ?}
エスはルカの方を見もせず、無造作に言葉を放つ。
「見てわからぬのか? 今しがた捕らえたサキュバスじゃ。このままそっちへ運ぶつもりなのじゃ」
{だったら道草食わずにさっさと来い}
「まぁまぁ、そう急かすでない。こやつには強力な睡眠薬を飲ませてあるのじゃ。夜明けまでは“ぐっすりんりん”なのじゃ〜」
{ちっ……アオイたちは今、“魔王城と思われる場所”にいる}
「ほう? そんなものはこの目で見えなんだが?」
{おそらく、俺たちの使っているものと同じ原理だ。今は“隠す気がない”だけで、しっかり存在していたってことだろう}
「ならば、我らの地道な情報収集も無駄だったということかの」
少しむくれたようにルカは頬を膨らませる。
「いっそその魔王城ごと、このルカ様がぶっ飛ばしてくるかのじゃ!」
{バカ言うな。情報は要る。ライブラグスでは、ユキナが事前に調べたおかげで、“お前が元の姿になっても”脅威とならないと判断できたんだ}
「……ふん、脅威など、このルカ様に――」
言いかけて、ルカの脳裏に浮かぶ。
一撃。
力の回復もままならぬまま倒された、“あの勇者”との戦い。
長き眠りを経て出会い、またしても圧倒された記憶。
「……」
{……どうした?}
「最初は不便で仕方なかったのじゃが……人間になって、分かることもあるのじゃな……」
{……?}
「いや、何でもないのじゃ。ワシは少し休憩してからそちらに向かうのじゃ。お前は――」
その瞬間だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁああああああ! いたい、痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」
抱えていた子供――否、サキュバスの少女が突如として目を見開き、痙攣しながら地面をのたうち回り始めた。
「な、なんなのじゃっ!?」
ルカは慌てて立ち上がり、その様子を見つめる。
「ぐ……ぎ、ぎぎ……た、すけ、て……」
呻くような声を最後に、少女は白目を剥き、そのまま動かなくなった。
「おい……小娘?」
ぴちゅっ……。
少女の口と目から、じわじわと“ピンク色の粘液”が垂れ落ちていく。
{確認しろ}
通信の向こうで、エスが鋭く指示する。
ルカは震える手で少女の鼓動を確認する――が、
「…………死んでおる……」
冷たくなった身体。何の生命反応も感じられなかった。
「い、意味がわからぬ……どうして突然……」
{……!? 待て……これは……}