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第430話 国を裏切ってでも手に入れた幸せが崩れる音

 《セクシアル村 アイ家》


 「起きろお前たち、朝ごはんだぞー」


 「「「はーーーい」」」


 キングがアオイ達を連れて出て行った後も、家の中は変わらぬ朝を迎えていた。


 テーブルには、焼き立てのパンにサラダ、そして魔物の赤身肉が湯気を立てて並んでいる。


 「さて、みんな席に着いたな? 食べる前に言うことは?」


 「「「いただきます!」」」


 「はい、いただきます」


 子供達はまだぎこちない箸の扱いながらも、元気いっぱいに食べはじめる。


 「ほら、口に付いてるぞ」


 「ん!」


 長男の頬に付いたソースを拭いながら、アイは思わず柔らかな笑みを浮かべた。


 「……幸せ者だな、私は」


 国を裏切ってでも手に入れた、この日常。この笑顔の時間。


 それが正しかったと、アイは迷わず思えていた。




 「お……」


 ぽこん、とお腹の中の子が小さく蹴る。


 「お前もそう思うか」


 愛おしげにお腹を撫でながら、アイはゆったりとした幸福に包まれていた。




 ……だが。




 「っ……!」




 ――視界が、ぐにゃりと歪む。




 次の瞬間、脳裏に浮かんだ光景。


 クナイを手にしたアオイが、無言のままこちらに歩いて来る。




 「ア、アオイ……?」




 だが返事はない。


 目の前に立った彼は――無言のままクナイを振り上げ、




 「や、やめ――!!」




 脳天に、刃が――。




 「うわぁぁぁああッ!!」




 ――がばっ。




 気づけば、アイは元のイスに座っていた。ぐっしょりと額や手のひらに汗を浮かべて。




 「お母さん?」


 「どうしたの?」




 心配そうに見上げてくる子供たちの顔に、アイはとっさに笑みを作る。


 「何でもないよ。今日は隣のマレ子ちゃん達姉妹と遊ぶんだろ? なら、早く食べないとな」


 「あ!そうだった!」


 「うん!」


 「マレ子ちゃんマレ子ちゃん!」


 アイが笑顔を見せると、子供たちは元の無邪気な様子に戻り、せかせかと朝食を食べ始めた。


 (……さっきのは、なんだったのだろう)


 頭の片隅に残る不快な残像。それでもアイは“いつも通り”を演じるように口にパンを運ぶ。




 ――カラン。




 突然、ひとつの音が鳴った。


 子供のひとりが、箸を落とした。




 「……?」




 その瞬間、場の空気が変わる。


 さっきまでにぎやかだったテーブルが、音もなく静まり返った。




 「どうした? みんなして急に……おい!?」




 イスごと横に崩れ落ちる、ひとりの子。


 「おかあ……さ……」


 言いかけた言葉は、声にならず、目の光は消えた。




 「おいっ!」




 イスを蹴って駆け寄るアイ。


 「ぎゃぁぁぁああああ! こわい……こわいよ! 何か来る……あっ……」


 続けざまにもうひとりが転げ落ち、恐怖におびえながら空を見上げた。


 意識のスイッチが切れるように、命が途絶える。


 床には排泄物と血の跡。




 「な、何が……何が起こってるの……」




 絶望の只中で、最後のひとりがアイに向かって口を開く。




 「お母さん……」




 そのかすれた声に、アイはかすかな希望を見出した。




 「お前は……大丈夫なのか?」




 元・騎士とは思えない、震える声で問いかけた、その答えは――




 「産んでくれて、ありが――」




 ボンッ




 乾いた破裂音。


 次の瞬間、子供の頭が爆ぜた。


 ピンクの液体と鮮血が壁や天井に跳ねる。




 「……あ、ぁぁあ……」




 言葉にならない。




 だが、最後の恐怖はその直後だった。




 「!?」




 アイのお腹が、内側から“ボコボコ”と脈打つように蠢いた。


 そして――


 下腹部が急激に軽くなり、体の中から何かが流れ出る感覚があった。




 ぬるり、とした感触と共に、人肌温度の液体が太ももを伝って落ちていく。




 「あぁ……あ……ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああ……!」































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