《魔王城前》
『……』
神殿から現れたのは、『アオイ』だった。
その姿を目にしたムラサメは、血を流しながら地に伏した。
「す、すいませんでしたですぞ……! どうか、どうかご許しを我が君!」
緑色の血が、無くなった右手の断面からぽたぽたと落ち、地面に黒ずんだ染みをつくっていく。
『顔をあげて』
聞く者全てを魅了する美しい声。
「は、はいですぞ……」
『痛そうね。――手を』
「え?」
『手を出しなさい?』
言われるがままに、ムラサメは無くなった右手を突き出す。
『そのまま、あっちを向いててね』
「は、はいですぞ……」
むき出しの断面に、ぬるりとした温かい液体が垂れる感触。
傷口から何かが蠢くような奇妙な感覚に思わず息をのむが――
痛みは、無かった。
『もういいよ』
言われておそるおそる目を向けると、そこには完全に再生された右手があった。
「おお……おおぉお! 我が君!!」
ムラサメは感極まり、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
しかし――
『……』
その感情を汲むでもなく、『アオイ』はただ静かに踵を返し、神殿の方へと歩き出す。
壁の前で立ち止まり、無言で指先を這わせる。
『……魔法の弾丸の跡……忌まわしい【神の使徒】の仕業ね。私が気付かないほどの距離から撃ったのなら、きっと本人も理解していなかったのでしょう。ただ“指示通り”に撃っただけ……明確に狙っていたなら、撃たれる前に私が助けていたわ』
「っ……」
『アオイ』の淡々とした言葉は、ムラサメの心臓を鋭くえぐった。
“部下の未熟さで、私の目の前で仲間が殺された”
そう言われたのだ。
その言葉は、死んで償うよりも重い。
『アオイ』からのその一言は、ムラサメにとって最大の罰。
永久に、脳裏で何度も再生されるだろう。
『キャハッ♪ でも、悔やんでる暇なんてないよ』
突如として、少女のような明るい声色に戻る。
『感じる……数多の負の感情。すぐにエスとルカを呼んで。念のためトミーも。私は緊急で顕現したせいで、しばらく“表”に出られない。だから──』
「分かりましたですぞ!」
ムラサメは顔をあげ、血のにじむ決意を込めて頷いた。
『頼んだよ♪ キャハッ♪』
どこか楽しげに微笑みながら、『アオイ』は神殿の階段に腰を下ろした。
そして、静かに目を閉じる。
美しく、可愛らしく――そして。
「やめろおおぉ!……はっ!?」
アオイは大きく息を吐き、目を見開いた。
「我が君、おかえりなさいませですぞ」
横に立っていたムラサメが、うやうやしく頭を下げている。
「もしかして……もう1人の方が、出てた?」
「はい、ですぞ」
「……ロビンは……?」
「…………」
「……そうか。じゃあ……もしかして“もう1人の僕”が――」
「それは違うみたいですぞ。ボスが言っていたのは、【神】の仕業だと」
「……神が……!?」
アオイの目が見開かれる。
神――今まで味方として背中を押してくれていたはずの存在。
それが、今度は敵に?
「どういうこと……? どうして、神が……」
「! 危ないですぞ!!」
「っ!?」
考える暇もなかった。
アオイの目のすぐ前――ほんの1センチの位置に、槍の穂先がピタリと止まっていた。
「ひょ、ひょぇぇ〜ちびるかと思った……ありがとう、ムラサメさん」
アオイの礼に頷いたムラサメは、手にしたその槍を反転させると、即座に投げ返す。
シュバッ――!
槍は風を切り、村の出口へと突き進む。
そこには――黒い着物のような鎧をまとった獣人の姿。
「……アイさん?」
そのシルエットに、アオイは目を細める。
声は届かない。だが、間違いない。
あの獣人は、アイだった。
――そして、アイは叫んだ。
「私たちの“幸せ”を壊した不届き者どもよ!」
その声音には、かつての優しさの欠片もない。
「貴様たちは、大罪を犯した悪人だ!」
燃えるような瞳と、全身に纏う殺気。
「よって――我ら、元アバレー騎士が! 正義を執行するッ!!」