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第431話 今回の敵

 《魔王城前》


 『……』


 神殿から現れたのは、『アオイ』だった。


 その姿を目にしたムラサメは、血を流しながら地に伏した。




 「す、すいませんでしたですぞ……! どうか、どうかご許しを我が君!」




 緑色の血が、無くなった右手の断面からぽたぽたと落ち、地面に黒ずんだ染みをつくっていく。




 『顔をあげて』




 聞く者全てを魅了する美しい声。




 「は、はいですぞ……」




 『痛そうね。――手を』




 「え?」




 『手を出しなさい?』




 言われるがままに、ムラサメは無くなった右手を突き出す。




 『そのまま、あっちを向いててね』




 「は、はいですぞ……」




 むき出しの断面に、ぬるりとした温かい液体が垂れる感触。


 傷口から何かが蠢くような奇妙な感覚に思わず息をのむが――




 痛みは、無かった。




 『もういいよ』




 言われておそるおそる目を向けると、そこには完全に再生された右手があった。




 「おお……おおぉお! 我が君!!」




 ムラサメは感極まり、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。


 しかし――




 『……』




 その感情を汲むでもなく、『アオイ』はただ静かに踵を返し、神殿の方へと歩き出す。




 壁の前で立ち止まり、無言で指先を這わせる。



 『……魔法の弾丸の跡……忌まわしい【神の使徒】の仕業ね。私が気付かないほどの距離から撃ったのなら、きっと本人も理解していなかったのでしょう。ただ“指示通り”に撃っただけ……明確に狙っていたなら、撃たれる前に私が助けていたわ』




 「っ……」




 『アオイ』の淡々とした言葉は、ムラサメの心臓を鋭くえぐった。


 “部下の未熟さで、私の目の前で仲間が殺された”


 そう言われたのだ。




 その言葉は、死んで償うよりも重い。




 『アオイ』からのその一言は、ムラサメにとって最大の罰。


 永久に、脳裏で何度も再生されるだろう。




 『キャハッ♪ でも、悔やんでる暇なんてないよ』




 突如として、少女のような明るい声色に戻る。




 『感じる……数多の負の感情。すぐにエスとルカを呼んで。念のためトミーも。私は緊急で顕現したせいで、しばらく“表”に出られない。だから──』




 「分かりましたですぞ!」




 ムラサメは顔をあげ、血のにじむ決意を込めて頷いた。




 『頼んだよ♪ キャハッ♪』



 どこか楽しげに微笑みながら、『アオイ』は神殿の階段に腰を下ろした。


 そして、静かに目を閉じる。




 美しく、可愛らしく――そして。




 「やめろおおぉ!……はっ!?」




 アオイは大きく息を吐き、目を見開いた。




 「我が君、おかえりなさいませですぞ」




 横に立っていたムラサメが、うやうやしく頭を下げている。




 「もしかして……もう1人の方が、出てた?」




 「はい、ですぞ」




 「……ロビンは……?」




 「…………」




 「……そうか。じゃあ……もしかして“もう1人の僕”が――」




 「それは違うみたいですぞ。ボスが言っていたのは、【神】の仕業だと」




 「……神が……!?」




 アオイの目が見開かれる。


 神――今まで味方として背中を押してくれていたはずの存在。


 それが、今度は敵に?




 「どういうこと……? どうして、神が……」


 「! 危ないですぞ!!」


 「っ!?」




 考える暇もなかった。


 アオイの目のすぐ前――ほんの1センチの位置に、槍の穂先がピタリと止まっていた。




 「ひょ、ひょぇぇ〜ちびるかと思った……ありがとう、ムラサメさん」




 アオイの礼に頷いたムラサメは、手にしたその槍を反転させると、即座に投げ返す。




 シュバッ――!




 槍は風を切り、村の出口へと突き進む。




 そこには――黒い着物のような鎧をまとった獣人の姿。




 「……アイさん?」




 そのシルエットに、アオイは目を細める。


 声は届かない。だが、間違いない。


 あの獣人は、アイだった。




 ――そして、アイは叫んだ。




 「私たちの“幸せ”を壊した不届き者どもよ!」




 その声音には、かつての優しさの欠片もない。




 「貴様たちは、大罪を犯した悪人だ!」




 燃えるような瞳と、全身に纏う殺気。




 「よって――我ら、元アバレー騎士が! 正義を執行するッ!!」


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