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第433話 捕らえろ1

《エス視点》


 「……殺さずに捕らえろ、か。甘いな、あいつは相変わらず」


 アオイの緊急通信を受けて、すぐさま向かおうとしたそのときだった。

 森の奥から、ただならぬ気配を感じて足を止める。


 「……そこにいるのは分かっている。隠れてないで、出てこい」


 暗く鬱蒼とした森に向かって声をかけるが、返答はない。

 ――代わりに、“矢”が返事だった。


 「……」


 飛来した矢を、エスは片手で掴み取る。


 「なるほどな……ま、出てきたところで結果は変わらん。

  ただ――手が滑って殺されても、文句は言うなよ」


 そのまま構えもなしに、手にした矢を弓に番え、放つ。

 一瞬で矢は森の暗闇へと消え――刹那、鈍い音が森の奥で響く。


 「……手応えはあったな。声を出さないのは、流石だ。

  よく鍛えられている」


 森は静まり返っている。

 聞こえるのは風に揺れる木々のざわめきだけ――。


 「……」


 次の一手は、静かに、同時に来た。


 「ほう」


 四方八方、あらゆる角度から【炎弾】が襲いかかってくる。


 「黒狼」


 エスが低く呟くと、彼の影から黒い獣――黒狼が現れる。


 「ガルルルル……ガウッ!!」


 黒狼が咆哮すると、周囲に見えない“圧”が発生する。

 飛来した【炎弾】は空中で歪み、炸裂することなく消失した。


 「ガルルルルルルル……!」


 獣のうなりが森に響く。


 「いい加減、出てきたらどうだ?

  それとも――黒狼に森の中を引きずり回されたいか?」


 しかし、相手はなお応じない。


 森の沈黙は不気味なまま続く。


 「……聞こえないようだな」


























































 「お前に言ってるんだよ」


 「っ!?」


 木陰に潜んでいた獣人が目を見開く。確かに視界に捉えていたはずの標的――エスが、いきなり目の前に現れていた。


 「矢が当たった時点で、位置がバレてると気づけ。まずは、お前だ」


 バゴッ!


 獣人はエスの蹴りで木々をなぎ倒しながら吹き飛び、岩に激突して意識を失った。


 「貴様ぁぁあ!」


 怒声と共に、別の獣人が木の上から飛びかかり剣を振り下ろす。


 「ふっ……やっと出てきたか」


 その剣をエスは余裕で躱す。


 「単純な攻撃だな。殺意だけは評価する」


 「うるさい!貴様らが来なければ!」


 「……ちっ」


 舌打ちをしながらエスは手を伸ばし、振りかぶった剣の主の手首を掴む。


 「俺たちが来なくても、お前たちは魔王に飼われるだけの家畜だ。未来なんて最初から無い」


 そう言い放つと、顔面に拳を叩き込んだ。

 乾いた破裂音が森に響き渡る――鼻骨が砕ける音だった。


 そのまま、二人目も沈黙する。


 「総員、突撃だぁぁぁ!!」


 声を合図に、四人の獣人が茂みを蹴って飛び出してくる。身体を沈め、一斉にエスを囲むように突進する。


 ――だが。


 「遅い」


 エスは一人に照準を合わせ、矢を放つ。


 「なっ……!」


 真っ直ぐ突っ込んできた獣人の肩に矢が突き刺さる。だがそれでも怯まず、ハンマーを両手で振り上げる。


 「息子の仇ぃぃ!」


 「【爆矢】」


 矢が爆ぜ、獣人の身体ごと地面に叩きつける。


 「ぐッ!」


 「そこで寝てろ」


 さらに3本の矢が、両脚ともう片方の肩に突き刺さる。地面に縫い付けられた獣人は呻くだけだった。


 「隙あり!」


 残る獣人がエスに肉薄しようとした瞬間――


 「ガウッ!」


 「なっ……この犬っ!」


 黒狼がその腕に食らいつき、全身の力で敵を振り回して投げ飛ばす。


 「ぐぁ!」


 投げられた獣人は、もう1人の突撃していた仲間に衝突し、2人同時に空を舞う。


 「……」


 その一瞬を見逃さず、宙に浮いた2人に矢を正確に撃ち込み、木に貼り付ける。


 「残るは一人。お前だけか」


 「くッ……」


 最後の一人――サブゴローは距離を取って構える。

 戦い慣れている証拠だ。近づかれれば終わると理解している。


 「ふん……不利と見て退いたか。賢明な判断だな。そのまま飛び込んでくれば、両足を切り落としていた」


 サブゴローの手が震えている。


 「わ、私は……アバレー騎士十番隊副隊長、サブゴロー!娘と……嫁の仇……!」


 声が震える。震える手で剣を構える。


 「……」


 エスは無言で一歩ずつ近づく。


 「震えてるぞ」


 そして、剣にそっと手を添えて、軽くねじった。


 「ひっ……!?」


 「正義だと?聞いて呆れる。自己正当化ってのはな、最も浅はかな欺瞞だ。本当に守りたかったなら、悪にでも堕ちてでも守れ」


 「貴様ぁぁあああ!」


 サブゴローは拳を振り上げるが、それすらも容易く止められる。


 「その程度の“正義”で失った家族なら……遺伝子ごと絶えて正解だな」


 「っ!!ぐ、あぁぁぁあぁああ!!!」


 次の瞬間――


 「……もういい」


 漆黒の双剣が閃き、サブゴローの両腕を切断する。


 「殺さなかっただけ、感謝しろよ」


 さらに心臓部へ打ち込まれる最後の一撃――サブゴローは絶叫を残して気を失った。


 血が地面を染める。


 「守りたいものを失ってからでは、遅いんだよ……」


 エスは静かに、倒れたサブゴローに【回復魔皮紙】を投げて命を繋ぐ。


 そして、通信魔皮紙を起動した。


 「{こっちは終わった。今からそちらに向かう}」


 ──大切な人を、守るために。


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