《エス視点》
「……殺さずに捕らえろ、か。甘いな、あいつは相変わらず」
アオイの緊急通信を受けて、すぐさま向かおうとしたそのときだった。
森の奥から、ただならぬ気配を感じて足を止める。
「……そこにいるのは分かっている。隠れてないで、出てこい」
暗く鬱蒼とした森に向かって声をかけるが、返答はない。
――代わりに、“矢”が返事だった。
「……」
飛来した矢を、エスは片手で掴み取る。
「なるほどな……ま、出てきたところで結果は変わらん。
ただ――手が滑って殺されても、文句は言うなよ」
そのまま構えもなしに、手にした矢を弓に番え、放つ。
一瞬で矢は森の暗闇へと消え――刹那、鈍い音が森の奥で響く。
「……手応えはあったな。声を出さないのは、流石だ。
よく鍛えられている」
森は静まり返っている。
聞こえるのは風に揺れる木々のざわめきだけ――。
「……」
次の一手は、静かに、同時に来た。
「ほう」
四方八方、あらゆる角度から【炎弾】が襲いかかってくる。
「黒狼」
エスが低く呟くと、彼の影から黒い獣――黒狼が現れる。
「ガルルルル……ガウッ!!」
黒狼が咆哮すると、周囲に見えない“圧”が発生する。
飛来した【炎弾】は空中で歪み、炸裂することなく消失した。
「ガルルルルルルル……!」
獣のうなりが森に響く。
「いい加減、出てきたらどうだ?
それとも――黒狼に森の中を引きずり回されたいか?」
しかし、相手はなお応じない。
森の沈黙は不気味なまま続く。
「……聞こえないようだな」
「お前に言ってるんだよ」
「っ!?」
木陰に潜んでいた獣人が目を見開く。確かに視界に捉えていたはずの標的――エスが、いきなり目の前に現れていた。
「矢が当たった時点で、位置がバレてると気づけ。まずは、お前だ」
バゴッ!
獣人はエスの蹴りで木々をなぎ倒しながら吹き飛び、岩に激突して意識を失った。
「貴様ぁぁあ!」
怒声と共に、別の獣人が木の上から飛びかかり剣を振り下ろす。
「ふっ……やっと出てきたか」
その剣をエスは余裕で躱す。
「単純な攻撃だな。殺意だけは評価する」
「うるさい!貴様らが来なければ!」
「……ちっ」
舌打ちをしながらエスは手を伸ばし、振りかぶった剣の主の手首を掴む。
「俺たちが来なくても、お前たちは魔王に飼われるだけの家畜だ。未来なんて最初から無い」
そう言い放つと、顔面に拳を叩き込んだ。
乾いた破裂音が森に響き渡る――鼻骨が砕ける音だった。
そのまま、二人目も沈黙する。
「総員、突撃だぁぁぁ!!」
声を合図に、四人の獣人が茂みを蹴って飛び出してくる。身体を沈め、一斉にエスを囲むように突進する。
――だが。
「遅い」
エスは一人に照準を合わせ、矢を放つ。
「なっ……!」
真っ直ぐ突っ込んできた獣人の肩に矢が突き刺さる。だがそれでも怯まず、ハンマーを両手で振り上げる。
「息子の仇ぃぃ!」
「【爆矢】」
矢が爆ぜ、獣人の身体ごと地面に叩きつける。
「ぐッ!」
「そこで寝てろ」
さらに3本の矢が、両脚ともう片方の肩に突き刺さる。地面に縫い付けられた獣人は呻くだけだった。
「隙あり!」
残る獣人がエスに肉薄しようとした瞬間――
「ガウッ!」
「なっ……この犬っ!」
黒狼がその腕に食らいつき、全身の力で敵を振り回して投げ飛ばす。
「ぐぁ!」
投げられた獣人は、もう1人の突撃していた仲間に衝突し、2人同時に空を舞う。
「……」
その一瞬を見逃さず、宙に浮いた2人に矢を正確に撃ち込み、木に貼り付ける。
「残るは一人。お前だけか」
「くッ……」
最後の一人――サブゴローは距離を取って構える。
戦い慣れている証拠だ。近づかれれば終わると理解している。
「ふん……不利と見て退いたか。賢明な判断だな。そのまま飛び込んでくれば、両足を切り落としていた」
サブゴローの手が震えている。
「わ、私は……アバレー騎士十番隊副隊長、サブゴロー!娘と……嫁の仇……!」
声が震える。震える手で剣を構える。
「……」
エスは無言で一歩ずつ近づく。
「震えてるぞ」
そして、剣にそっと手を添えて、軽くねじった。
「ひっ……!?」
「正義だと?聞いて呆れる。自己正当化ってのはな、最も浅はかな欺瞞だ。本当に守りたかったなら、悪にでも堕ちてでも守れ」
「貴様ぁぁあああ!」
サブゴローは拳を振り上げるが、それすらも容易く止められる。
「その程度の“正義”で失った家族なら……遺伝子ごと絶えて正解だな」
「っ!!ぐ、あぁぁぁあぁああ!!!」
次の瞬間――
「……もういい」
漆黒の双剣が閃き、サブゴローの両腕を切断する。
「殺さなかっただけ、感謝しろよ」
さらに心臓部へ打ち込まれる最後の一撃――サブゴローは絶叫を残して気を失った。
血が地面を染める。
「守りたいものを失ってからでは、遅いんだよ……」
エスは静かに、倒れたサブゴローに【回復魔皮紙】を投げて命を繋ぐ。
そして、通信魔皮紙を起動した。
「{こっちは終わった。今からそちらに向かう}」
──大切な人を、守るために。