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第434話 捕らえろ2

 「なっハッハッハ! “殺さずに捕らえろ”、か! 絶対に『ボス』は言いそうにないセリフなのじゃ!」


 ルカは山を引き返し、再びセクシアル村へと舞い戻っていた。

 ロビンがいなくなった影響か、体を蝕んでいた毒の感覚はすでに消えていた。


 「それにしても、最初に来た時よりも……随分と歓迎されておるようじゃの〜?」


 ルカの背には、“喧嘩上等”と大書された真っ白な特攻服。

 異世界にあって異彩を放つその姿を前に、黒い着物風の戦闘服を着た獣人たち――その数、ざっと1000人が殺気を漲らせて睨みを利かせていた。


 誰もがルカを敵と認識し、そして、殺意を露わにしていた。


 「……ふふ、人間になってから忘れていたのじゃが、やはり気持ちが良いのう――大勢から殺意を向けられるこの感覚」


 その声に、微かな興奮が混じる。


 かつて“天災”と恐れられた存在――クリスタルドラゴン。

 ルカがそう呼ばれるまでに、どれほどの討伐隊を葬ってきたかは想像に難くない。

 それは人間に限らず、魔族にとっても脅威であった。


 「……とはいえ、元の姿に戻ってしまうとお前らを殺してしまいかねぬからの……」


 ルカはクイッと肩を鳴らし、にやりと笑う。


 「ボスの命令は完璧に遂行する。それがNo.2たる者の勤めじゃからの。手を抜くつもりはないが……殺しは“今回は”ナシじゃ!」


 次の瞬間――


 バサァッと背中から、宝石のように輝く“クリスタルの羽”が展開する。

 同時に、同じくクリスタル製の尾が地面をなぞるように出現し、空気がピンと張りつめた。








 「さぁ、お前らのその“殺意”の目……それが“絶望”に変わる瞬間、楽しませてもらうのじゃ」







 ――そして、“戦争”が始まった。




 「撃てえええぇっ!!」


 咆哮と同時に、空を覆うように巨大な魔法陣が展開される。金色に輝く紋章が幾重にも重なり、その中心から――鋭く輝く“光の杭”が無数に出現した。


 「ほう……超級魔法とな? ならば――受けて立つのじゃ」


 頭上から降り注ぐのは、直径十メートル級の魔法陣から放たれる純粋な破壊。大型魔獣を貫くためだけに編み出された、殺意の結晶。


 けれど、彼女――ルカは微動だにせず。


 「なのじゃ」


 その一言と共に、広げた片翼を盾に。


 ズドン、と。


 地響きと同時に舞い上がる土煙が、戦場を覆った。


 「……やったか?」


 誰かが呟く。だがその言葉は、希望ではなく“疑念”に満ちていた。


 砂煙が晴れたその先――。


 「ふぅ。あやうく、土に埋まるところじゃったのじゃ」


 まるで散歩でもしていたかのように、ケロッとした顔のまま、ルカがそこに“立っていた”。


 「っ……!! 怯むな! いくぞ、正義のために!」


 「「「「「正義のために!!」」」」」


 戦場が揺れた。無数の雄叫びが轟き、獣人騎士たちが一斉に武器を構えて突撃する。その背後からは、援護の魔法が幾百。光と炎と風が、波のようにルカを呑み込もうと迫ってくる。


 けれど、そんな戦争じみた攻撃も――


 「【クリスタルニードル】」


 ルカはふわりと空へ舞い、笑う。


 その笑みは、まるで“女王”。


 上空から放たれるのは、幾千もの氷より冷たく、鋼より硬い、鋭利な結晶の矢。


 「ぐあっ!」


 「くそっ……うわあああっ!」


 「ぬおっ!? 体がっ――!」


 クリスタルニードルが、ひとつ、またひとつと獣人たちに突き刺さるたび、地に倒れ、苦悶の叫びが響く。


 「ワシはな……触れた物の原子を、好き勝手に書き換えられるのじゃ」


 ルカが指を鳴らす。その瞬間――。


 「これは人間になって、“スクール”なる場所で学んだ成果じゃが……今では、こげな芸当も造作もないのじゃ」


 矢が刺さった獣人たちの肉体が、きしきしと音を立てながら――変質していく。


 毛皮が砕け、骨が光を帯び、筋肉がきらめく結晶に飲まれる。


 そして、変化は止まらない。


 「ひ、ひぃっ……!」


 「や、やめ――やめてくれぇぇぇっ!!」


 “それ”は苦悶の悲鳴を最後に、長方形の宝石と化した。


 地面に無造作に転がるのは、もはや“人”の形ではなかった。




 それは、ただの美しい“素材”。



 「な、何だこれはっ……!」


 獣人の一人が悲鳴を上げた。己の腕に刺さった結晶を振り払おうとするが、それは既に“生体の一部”として変質していた。


 「安心せい。殺してはおらん。ただ――少しばかり、コンパクトにしただけなのじゃ」


 涼しげな声が響いた。空から降りてきた蒼き女――ルカは微笑みながら言葉を続ける。


 「これはな……命を宿した宝石じゃ。とはいえ、それは貴様らを構成していた“原子”を書き換えて、形を変えただけにすぎぬ」


 ザリ……と足元の砂が鳴る。誰かが転がした“宝石”が光を反射してきらめいた。


 「質量は変わっておらん。壊せば……戻すときに、何かが“欠けている”かもしれんのじゃがな」


 ぞくり、と。近くにいた兵士たちの背筋を恐怖が這い上がる。


 しかし、その恐怖は“届いていない”者もいた。


 「構うな!魔法で押し切れぇ!」


 後方の騎士たちが一斉に魔法陣を展開し、魔力弾を放つ。空を裂く光線がルカを目がけて殺到する。


 「ふむ……確かに、魔力で構成された攻撃は、物理干渉による変質は出来ぬのじゃが――」


 ルカはそう言って特攻服を脱ぎ捨てた__


 __ボゴォンッ!!


 直撃。爆風が空に花を咲かせ、白煙が広がった。


 だが――。


 「……そもそも、その程度の攻撃が、ワシに通じるとでも?」


 風を裂いて現れたその姿に、騎士たちの目が見開かれる。


 露わになったのは、美しいボディ。豊満な胸、引き締まった腰、そして何より――全身に走る蒼い鱗の煌めき。


 それは、まるで“クリスタル”で編まれた装甲。


 「では、そろそろ本気で掃除するのじゃ」


 ルカの赤い瞳が愉悦に染まる。


 「――【クリスタルグレネード】」


 シュッ、と音を立てて飛び上がると、空から幾つもの結晶体を投下していく。


 着弾と同時に炸裂し、無数のクリスタルの破片が周囲に降り注ぐ。


 「ぐああっ!?」


 「ひいいっ!!」


 破片に触れた者は瞬時に悲鳴を上げ、肉体が結晶化。瞬く間に“モノリス”のような宝石へと変貌を遂げる。


 紅蓮のルビー。深碧のエメラルド。透明なダイヤモンド――そのどれもが、かつて命だった。


 「クァーッハッハッハ!! 圧倒的な力でねじ伏せるのは……最高に愉しいのじゃッ! のじゃのじゃのじゃぁっ!!」


 狂気の高笑いが空を裂き、爆炎と光と悲鳴が交錯する。


 やがて――。


 「……ひ、ひぃ……」


 戦場に残されたのは、崩れ落ちた家屋と、そこら中に転がる“宝石”たち。そして、震える一人の女の獣人だけだった。


 「ヌシが……最後のひとりなのじゃ」


 ルカはふわりと空から舞い降り、地に足をつける。


 彼女の足元には、かつて命だった者たちの残骸――赤、青、金、透明の美しき結晶が、まるで死の園の花々のように輝いている。


 「な、なんなのよ……っ!」


 尻餅をつき、必死に手探りで拾った小さなナイフを、震える手でルカに向ける女。


 だが、それはあまりに無力で――あまりに哀れだった。


 「ほれ、これを返しに来たのじゃ」


 ルカは転送魔皮紙を取り出し、そこから取り出したボウリング玉ほどのクリスタルを、女の目の前へポトリと落とした。


 コツン、と澄んだ音が鳴る。


 「な、何よこれ……!」


 ルカは、にちゃりと口元を歪める。


 爬虫類のような、歪で、どこまでも冷たい“笑み”だった。


 「何って――」


 「死んだお前の娘なのじゃ」


 「――っ!!!!」


 女の瞳孔が開いた。


 地を這うようにして、手を伸ばし……恐る恐る、そのクリスタルを抱きしめる。


 キン、と冷たい。まるで“氷の亡骸”のように。


 「いやぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!」


 悲鳴が空を裂く。


 「マレ子が……マレ子がぁっ!!」


 女の獣人は、クリスタルを胸に抱き、涙と嗚咽で顔を濡らす。否定の言葉が幾重にも重なり、やがて狂気へと変わっていく。


 「いや!いや嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!! 嘘!夢だ!これは夢に決まってる!!」


 ルカは、ただ静かに、無言でその様子を見ていた。


 「殺してやるッ……!!」


 突如、女は魔法を暴発させる。光弾、火球、雷の矢――ありったけの怒りと絶望がルカへと向けられる。


 「死ね!死ねぇ!この悪魔!偽神!最悪の女神!この世に存在しちゃいけないんだよおおおおおッ!!」


 だが、全ての魔法がルカの前で霧散する。


 「しね……しね……っ……!」


 魔力が尽きた女は、ついには砂を掴み――それをルカに投げた。


 「気は済んだのじゃ?」


 穏やかな声。まるで、何も起きていないかのように。


 「……なんで……なんで笑っていられるのよ!あんたは……人の娘を、誘拐して、殺したのよ!!」


 「何を言うておる。まずワシは殺しておらん。あれは勝手に死んだのじゃ」


 ルカの声は、あくまで事務的で、淡々としていた。


 「骨のなくなったぶよぶよの肉塊なんぞ、抱えて運ぶ気にはならんじゃろ? この形にしといた方が……楽なのじゃ」


 「嘘ッ!! あの子だけじゃない……私の仲間も!みんな、あんたが殺したんでしょッ!!」


 「死んでおらんのじゃ」


 ルカは、くすりと微笑む。


 「ボスの命令で、殺してはならんことになっておるからの。ワシは忠実に従っておるのじゃよ」


 「じゃあ……なぜ、私だけ……ッ」


 女は涙を流しながらルカを見上げた。その表情は、怒りも、恐怖も、憎しみも通り越していた。


 ――ただの、空っぽな“絶望”。


 そしてルカは。


 まるでキスでもするかのように、女の顔にそっと顔を寄せる__


 「理由が欲しいのなら……教えてやろうかの?」


 女は目を見開く。恐怖、混乱、そして――理解不能のまま。


 「お前が、ワシという遥か上の存在に……ちょっかいをかけたからなのじゃ」


 「……は?」


 「お前なのじゃろう? ワシにあんなモノを飲ませるよう、娘を使った張本人は」


 「ち、違っ……あれは、魔王様の命令で……!」


 言い訳を言い終える前に――ルカは何の感情もなく、手を振るような動作でクリスタルの剣を一閃。


 ズブリ、と女獣人の片腕を貫いた。


 「ぎゃぁぁああッ!!」


 断末魔の悲鳴が、朝焼けの村に響き渡る。


 「さっきから聞いていれば、腹立たしいにも程があるのじゃ……。ワシは“あの液体”を確かに飲んだ。お前は、それをワシに飲ませた。つまり、それは“攻撃”なのじゃ」


 「そ、そんな……!」


 「ならばなぜ、仕返しされぬと思ったのじゃ?」


 「わ、私達は……っ、正義を行っていたのよ!悪を倒すための行動なら……しかた、ないじゃないっ!」


 その言葉を聞いた瞬間――


 ルカは“笑った”。


 ニッコリと……“救いのない無垢な笑み”だった。


 「――正解なのじゃ」


 「……え?」


 「ワシは生きているだけで、天災。世界から見れば、ただの“災厄”なのじゃ。お前らにとって、ワシは正真正銘の“悪”」


 そう言いながら、ルカはパチン、と指を鳴らした。


 その瞬間――


 女が必死に抱きしめていた“宝石の形をした娘”が、音もなく粉々に砕け散った。


 「――ッ!!あああああああああああああああああああああ!!!!!」


 母は喉を裂くように叫んだ。


 が、その声が空に溶けるよりも早く。


 女の身体が、静かに“変わっていく”。


 肌が硬質に。瞳が光を失い、肉体が鈍く輝く鉱石へ――


 「――ぃ、い……」


 最後の言葉を言う間もなく、女もまた、“命を抱いた宝石”へと変わった。


 辺りには、宝石たちが転がっていた。


 ――それは、全て命だったモノの成れの果て。


 「……愚かなのじゃ」


 ルカはそっと、砕けた破片を踏みながら呟いた。


 「災害には立ち向かうものではなく……嵐が過ぎ去るまで、ひっそりと隠れているべきだったのじゃよ」


 ルカは裸の上から先ほど脱ぎ捨てた白い特攻服を身に纏った。


 そして、耳元の通信魔皮紙を起動。


 「{村の獣人は――全員“捕らえた”のじゃ。これよりそちらに向かうのじゃ}」


 くるりと、ルカは踵を返す。


 そこにもう、悲鳴も怒号も、命の気配すらなかった。




 ――ルカは、“自分の主人”の元へと、満足げに歩き出した。


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