《ムラサメ視点》
「どうして……!どうしてですか、ムラサメ様ッ!!」
刹那――鋭く振るわれた槍が、風を裂いた。
「…………」
全身を躍動させて襲いかかるのは、元・アバレー騎士第十番隊隊長、アイ。
ムラサメは、その猛攻を悠然とかわす。
優雅に、正確に、鉤爪で槍をいなし、軽やかに宙を舞う。
仮面の奥の表情は一切見えない。
「答えてくださいッ!!」
「…………」
応じる気配はない。
激しく打ち込まれた一撃。
金属が激突する鋭い音が、戦場の空気を突き刺した。
「はぁっ……はぁっ……!」
アイは後方へと跳び退き、距離を取る。
「裏切るつもりなのですか……!?ムラサメ様!!」
その言葉に、ついにムラサメが反応した。
「……どの口が言うのですぞ、この小娘が……」
「っ!?」
「国を捨て、魔族にその身体を売った裏切り者が――どの口で“裏切り”などとほざくのですぞッ!」
「裏切った?……違う!あの時、裏切ったのは“女王”!あいつは獣人の頂点に居るはずなのに人間に頼り__」
「確かに、あの女王は我が君に攻撃した時点で、無能で、生きる価値もなく、救いようのないブサイク女でクズでしたぞ。ですがな……」
間をおいて――鋭く、刺すように告げる。
「今の貴様は、それ以下ですぞ」
「言わせておけばぁぁあああああっ!!」
怒りの咆哮と共に、アイは地を蹴った。
「ふん……これ以上、愚かで、何の取り柄もない貴様と口をきくつもりはないですぞ」
カキン、と鉤爪が光を裂く。
「せめてもの贖罪として、“我が君”の前で“魅せる闘い”をし、楽しませるのが筋というもの……」
「……ッ!!」
その一言が、アイの思考を凍りつかせた。
「いま……なんて、言いました?」
その表情に、戦闘の殺気以上の“疑念”が浮かぶ。
「…………」
だがムラサメは、もう何も答えなかった。
「今……何を言ったかと聞いている!答えろ、この“偽物”がッ!!」
それは、火に油を注ぐ言葉だった。
怒りが、殺意へと変わる。
アイの瞳からは、信頼も哀しみも消えていた。
もはやそこに宿っていたのは――“絶対に殺す”という、剥き出しの意思だけだった。
「……」
ムラサメは、黙して語らず。
だがその無言こそが、火に油を注いでいく。
「お前も……お前達も……我らの幸せを……砕く!!」
アイの叫びが響き渡る。
「どうして……ほっといてくれなかった!? 私が一体、何をしたと言うのだ!!」
ムラサメは無言でその言葉を受け流す。
「人間たちが私達を差別してきた! 耳があるから? 尻尾があるから? 身体に毛があるから!? それだけで私達は“人外”扱いされた!!」
攻撃は、激しさを増す。
けれど、ムラサメの鉤爪はまるで舞うかのように槍をいなしていく。
「それでも……あの人は――キング様は、信じろと言った! 人間と獣人がきっと分かり合える日が来ると……!」
叫びが、怒号に変わる。
「なのに! それなのに!!」
「……」
「人間の奴隷にされて……ッ!! こき使われて……! あれが“理想”の未来だっていうの!?」
怒りの炎が止まらない。
「年々、獣人の行方不明者は増えてる……! みんな気付いてるんだ、人攫いがいるって……でも誰も言わない……!」
ムラサメの沈黙は、まるでその告発を否定しないかのように重たくのしかかる。
「それを、見て見ぬふりをした女王……!」
「……」
「……準備は順調だったのよ。なのに……なのに、パッと出たよく分からない“人間”に全部、壊された……!」
感情の暴風が槍に宿る。
「人間は悪だ!! 悪ッ!! 悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪――!!」
槍が残像を生む。
まるで何十本もの槍が同時に突き出されているような錯覚。
それを、ムラサメは――
あくまでも“舞うように”さばいた。
「……」
無駄口ひとつ叩かず、ただ静かに、無慈悲に。
「悪の味方をするお前も悪だ!! 私は正義のために――!」
ガキィィン!
アイの槍が、完全に止められた。
ムラサメの鉤爪が、静かにその軌道を封じたのだ。
「な……!? う……動かない……っ!」
次の瞬間――ムラサメは、ありえない行動に出る。
「我が君っ!! 見ていてくださいですぞぉ!」
「えっ……?」
その声は、まさかの“アオイ”に向けられた。
目の前で殺気を全開にしているアイを、まるで“空気”のように無視して。
「私が、これからこの小娘を華麗に! 戦闘不能にしてみせますぞーーーっ!」
「!?!?!?」
アイ、硬直。
まさかの全スルーに、攻撃どころか反応すら止まってしまう。
そして――
奥からそれを聞いていたアオイも、呆気にとられていた。
「お前は……どれだけ……どれだけ私を侮辱すればいいんだぁぁぁあ!!」
怒りで膨れ上がった叫びと共に、アイは槍を捨て、懐に隠していた小さなナイフを抜き放った。
狙うは――ムラサメの首。
「っ!?」
だがその瞬間、ムラサメの鉤爪が動く。
捨てられたはずの槍。その柄を、ムラサメが拾い上げ――
そのまま持ち手の部分で、アイの腹部を薙いだ。
「ガッ――!」
「グハッ!」
鈍く、重たい音と共に、アイの身体が空を舞う。
しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。
「芸術は――爆発ですぞ♡」
刹那。
宙を舞っていたアイの鎧が、爆ぜた。
バシュゥゥゥゥン!!
鮮烈な閃光と、炸裂する熱量。
爆発に巻き込まれたアイの皮膚が焼け焦げ、髪が炎に包まれ、蒸気のように煙を上げながら地面に叩きつけられる。
「ぅ……あ……」
倒れたまま、喉の奥で呻きながら微かに手を動かすアイに――
ムラサメは、すっとその足を向けた。
「最後に、一つだけ教えてやるのですぞ」
「……あ……う……」
「吾輩にとっての“正義”とは、ただ一つ――」
そこに、一片の迷いもなかった。
「“我が君”そのものですぞ」
次の瞬間、鉤爪が振るわれる。
アイの背中を、鋭く、深く――切り裂いた。
「もっとも……ループ前の吾輩なら、どうなっていたか分かりませんですぞが」
ぽつりと、意味深な言葉を落とす。
そのまま、焦げた肉と鉄の焼ける匂いを残して――
ムラサメは、ルンルンと鼻歌交じりでアオイの元へ戻っていった。