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第435話  捕らえろ3

 《ムラサメ視点》


 「どうして……!どうしてですか、ムラサメ様ッ!!」


 刹那――鋭く振るわれた槍が、風を裂いた。


 「…………」


 全身を躍動させて襲いかかるのは、元・アバレー騎士第十番隊隊長、アイ。


 ムラサメは、その猛攻を悠然とかわす。


 優雅に、正確に、鉤爪で槍をいなし、軽やかに宙を舞う。

 仮面の奥の表情は一切見えない。


 「答えてくださいッ!!」


 「…………」


 応じる気配はない。


 激しく打ち込まれた一撃。

 金属が激突する鋭い音が、戦場の空気を突き刺した。


 「はぁっ……はぁっ……!」


 アイは後方へと跳び退き、距離を取る。


 「裏切るつもりなのですか……!?ムラサメ様!!」


 その言葉に、ついにムラサメが反応した。


 「……どの口が言うのですぞ、この小娘が……」


 「っ!?」


 「国を捨て、魔族にその身体を売った裏切り者が――どの口で“裏切り”などとほざくのですぞッ!」


 「裏切った?……違う!あの時、裏切ったのは“女王”!あいつは獣人の頂点に居るはずなのに人間に頼り__」


 「確かに、あの女王は我が君に攻撃した時点で、無能で、生きる価値もなく、救いようのないブサイク女でクズでしたぞ。ですがな……」


 間をおいて――鋭く、刺すように告げる。


 「今の貴様は、それ以下ですぞ」


 「言わせておけばぁぁあああああっ!!」


 怒りの咆哮と共に、アイは地を蹴った。


 「ふん……これ以上、愚かで、何の取り柄もない貴様と口をきくつもりはないですぞ」


 カキン、と鉤爪が光を裂く。


 「せめてもの贖罪として、“我が君”の前で“魅せる闘い”をし、楽しませるのが筋というもの……」


 「……ッ!!」


 その一言が、アイの思考を凍りつかせた。


 「いま……なんて、言いました?」


 その表情に、戦闘の殺気以上の“疑念”が浮かぶ。


 「…………」


 だがムラサメは、もう何も答えなかった。


 「今……何を言ったかと聞いている!答えろ、この“偽物”がッ!!」


 それは、火に油を注ぐ言葉だった。


 怒りが、殺意へと変わる。


 アイの瞳からは、信頼も哀しみも消えていた。


 もはやそこに宿っていたのは――“絶対に殺す”という、剥き出しの意思だけだった。


 「……」


 ムラサメは、黙して語らず。


 だがその無言こそが、火に油を注いでいく。


 「お前も……お前達も……我らの幸せを……砕く!!」


 アイの叫びが響き渡る。


 「どうして……ほっといてくれなかった!? 私が一体、何をしたと言うのだ!!」


 ムラサメは無言でその言葉を受け流す。


 「人間たちが私達を差別してきた! 耳があるから? 尻尾があるから? 身体に毛があるから!? それだけで私達は“人外”扱いされた!!」


 攻撃は、激しさを増す。


 けれど、ムラサメの鉤爪はまるで舞うかのように槍をいなしていく。


 「それでも……あの人は――キング様は、信じろと言った! 人間と獣人がきっと分かり合える日が来ると……!」


 叫びが、怒号に変わる。


 「なのに! それなのに!!」


 「……」


 「人間の奴隷にされて……ッ!! こき使われて……! あれが“理想”の未来だっていうの!?」


 怒りの炎が止まらない。


 「年々、獣人の行方不明者は増えてる……! みんな気付いてるんだ、人攫いがいるって……でも誰も言わない……!」


 ムラサメの沈黙は、まるでその告発を否定しないかのように重たくのしかかる。


 「それを、見て見ぬふりをした女王……!」


 「……」


 「……準備は順調だったのよ。なのに……なのに、パッと出たよく分からない“人間”に全部、壊された……!」


 感情の暴風が槍に宿る。


 「人間は悪だ!! 悪ッ!! 悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪――!!」


 槍が残像を生む。


 まるで何十本もの槍が同時に突き出されているような錯覚。


 それを、ムラサメは――


 あくまでも“舞うように”さばいた。


 「……」


 無駄口ひとつ叩かず、ただ静かに、無慈悲に。


 「悪の味方をするお前も悪だ!! 私は正義のために――!」


 ガキィィン!


 アイの槍が、完全に止められた。


 ムラサメの鉤爪が、静かにその軌道を封じたのだ。


 「な……!? う……動かない……っ!」


 次の瞬間――ムラサメは、ありえない行動に出る。


 「我が君っ!! 見ていてくださいですぞぉ!」


 「えっ……?」


 その声は、まさかの“アオイ”に向けられた。


 目の前で殺気を全開にしているアイを、まるで“空気”のように無視して。


 「私が、これからこの小娘を華麗に! 戦闘不能にしてみせますぞーーーっ!」


 「!?!?!?」


 アイ、硬直。


 まさかの全スルーに、攻撃どころか反応すら止まってしまう。


 そして――


 奥からそれを聞いていたアオイも、呆気にとられていた。





 「お前は……どれだけ……どれだけ私を侮辱すればいいんだぁぁぁあ!!」


 怒りで膨れ上がった叫びと共に、アイは槍を捨て、懐に隠していた小さなナイフを抜き放った。


 狙うは――ムラサメの首。


 「っ!?」


 だがその瞬間、ムラサメの鉤爪が動く。


 捨てられたはずの槍。その柄を、ムラサメが拾い上げ――


 そのまま持ち手の部分で、アイの腹部を薙いだ。


 「ガッ――!」


 「グハッ!」


 鈍く、重たい音と共に、アイの身体が空を舞う。


 しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。


 「芸術は――爆発ですぞ♡」


 刹那。


 宙を舞っていたアイの鎧が、爆ぜた。


 バシュゥゥゥゥン!!


 鮮烈な閃光と、炸裂する熱量。


 爆発に巻き込まれたアイの皮膚が焼け焦げ、髪が炎に包まれ、蒸気のように煙を上げながら地面に叩きつけられる。


 「ぅ……あ……」


 倒れたまま、喉の奥で呻きながら微かに手を動かすアイに――


 ムラサメは、すっとその足を向けた。


 「最後に、一つだけ教えてやるのですぞ」


 「……あ……う……」


 「吾輩にとっての“正義”とは、ただ一つ――」


 そこに、一片の迷いもなかった。


 「“我が君”そのものですぞ」


 次の瞬間、鉤爪が振るわれる。


 アイの背中を、鋭く、深く――切り裂いた。



 「もっとも……ループ前の吾輩なら、どうなっていたか分かりませんですぞが」


 ぽつりと、意味深な言葉を落とす。


 そのまま、焦げた肉と鉄の焼ける匂いを残して――


 ムラサメは、ルンルンと鼻歌交じりでアオイの元へ戻っていった。

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