「見ててくださいましたか! 我が君! あの芸術を!」
仮面の奥は見えないけど、たぶん満面の笑み。
まるで遠足から帰ってきた子どもみたいに、ムラサメさんがバッサバッサ手を振ってくる。
……見てたよ。うん、ちゃんと見てた。
アイさんがマジで怒ってるのに急にこっち向いて話しかけて、そのまま爆破して……うん、あれはもう立派なサイコパス。
「み、見てたけど……」
「大丈夫ですぞ! 吾輩は、我が君の“殺すな”という命令を忠実に守りましたぞ!」
いや、確かに守ってたよ? たぶん“ギリギリで”ね。
ていうかこの人、「殺さなきゃ何してもいい」って思ってるフシがあるんだけど。
「お前は派手にやりすぎだ」
「エス!?」
え? 早っ!?
さっき通信してから、まだ5分くらいしか経ってないけど!? ワープしたの!?
「相変わらず嫌な奴なのじゃ」
「あ、ルカも!?」
気配もなく真上から声がして、見上げるとルカが優雅に空から降りてくる。
キラキラと煌めくクリスタルの翼と尻尾。うん、何それめっちゃカッコいい。
「要望通り、全員殺してない。後はどうする? 一人ずつゆっくり殺すのか?」
「や、やらないよ!? さすがにそこまでは僕も外道じゃないからね!?」
「冗談だ」
ほんとに冗談だよね!?
……ね!? ちょっと怖いんだけどこのメンツ!!
「あ、はは……ちなみにだけど、誰か話せそうな人はいた?」
「俺のところは無理だな。全員、話どころか殺す勢いだった」
「ワシ方も無理なのじゃ。皆、自爆上等の覚悟じゃったのじゃ」
「吾輩の方も__」
「__うん、アイさんは無理だね。絶対」
……見てたけど、戦ってるアイさんに向かって、馬鹿にしてるような動きばっかしてたからね。うん、あれは余裕でもやっちゃダメなやつだよ、ムラサメさん。
「とりあえず……みんなアバレーに返して、今回のことは……僕の家で整理しようと思う」
みんなが強くて、ちゃんと落ち着いてる。
でも俺は、アニメの中みたいな天才主人公じゃないし、整理するには時間がかかる。
「了解した。ムラサメ、アバレーに連絡。ルカは騎士たちを背中に乗せて輸送しろ」
「了解ですぞ!」
「構わんのじゃが……背中に血をつけるのはナシなのじゃ」
「それは、お前がなんとかしろ」
あぁ……なんか、アレだ。
俺の“ふわっとした”命令を、それぞれがちゃんと汲み取ってくれて動いてる。
中身が俺みたいなバカでも、優秀な部下(?)がいると……
すっごい……申し訳なくなるよね。無能上司って、こんな気持ちなのかもしれない……。
「アオイ」
「ん?」
「お前……好きな人がいるのか?」
――え、なにいきなり。
ロビンも、そんなこと言ってた気がするけど……今このタイミングで聞く?
なんか深い理由があるんだろうな。
だって、あのエスがこんな“中学生みたいな質問”するなんてさ。
「いないよ。あの時言ったのは、ただの作戦。騙すための嘘」
俺は正直に、隠さず言った。
きっと、エスが“その答え”を待ってた気がしたから。
「……そうか」
――え?それだけ?
「何か、理由があるんじゃ」
「……あぁ。理由はある。けど……言えない」
「ムフフ……」
「ルカ、お前……ニヤけるな。仕事に戻るぞ」
「了解了解なのじゃ〜♪」
「了解了解なのじゃ~♪」
ルカが、ぱさっと翼を広げて飛び立った――
その時――
「な!?」
「ルカ!?」
飛んできた槍が、ルカを背中から貫いたのだ。
ルカが、頭から地面に落ちる。
「まだ、私は死んでないぞ!」
「アイさん!?」
先ほどまで焦げて倒れていたアイさんが、まるで脱皮したみたいに全回復して、裸で立っていた。
異様な光景。一瞬でそこまでの回復……まさか!
「まさか……【超回復】!?」
それは龍牙道場の資料で見た、【超回復】を使った時の状態と似ていた。
自分の魔力を全部使い、周りから【気】と呼ばれる自然エネルギーを吸い取って傷を全部癒す、究極奥義。
使ったら生活魔力ですら一か月間まったく使えなくなる。
「下がってるのですぞ」
「ムラサメさん、気をつけて。多分、相手は――」
「心配ないですぞ。また、圧倒的な力でねじ伏せてやるのですぞ」
「あっ」
ムラサメさんは、俺の話も聞かずに突っ込んでいった。
「倒れていれば良いものを、ですぞ!」
「はぁっ!」
「!?」
「【魂抜き】!」
突っ込んだムラサメさんの一撃をくぐったアイさんは、そのまま下から顎を狙って攻撃した。
その攻撃の仕方は……俺もよく使う、師匠から習った技そのものだった。
これで確信に変わった。アイさんは龍牙道場の奥義の使い手!
「トドメだ!悪党!」
「ダメ!」
「……」
気絶したムラサメさんを追撃して殺そうとしたので、咄嗟に飛び出した――その俺を、横からエスの矢が追い抜いた。
「ちっ」
それに気付いたアイさんは、後方へ飛びのいて矢を回避する――だが、エスはすでに次の矢を放っていた。
一本、また一本。
その矢は、アイさんを気絶しているムラサメさんから遠ざけるように的確に放たれる。
「ナイス、エス!」
「油断するからだ。それで、さっき何を言おうとしていた?」
エスは俺の方を見ずに、淡々と二本の矢を同時に放つ。
一つはアイさんへ、もう一つはムラサメさんのマントに引っ掛けて――そのまま森の奥へ運び去った。
「うん。アイさんの使ってる技……【超回復】に【魂抜き】。あれ、どっちも《龍牙道場》で教わる技なんだ」
「それがどうした?」
エスは矢を絶え間なく放ちながら聞いてくる。
「問題は……アイさんが【超回復】を使えたってこと。あれは、師匠いわく“究極奥義”で、使えるのは本来ごく一部だけだったはずなんだ」
「その“ごく一部”にアイツが含まれてたってことか?」
「それが、わからない……。でももし、他の究極奥義も使えるならヤバい。あれらは――知ってないと対処できない技ばっかりなんだ」
「他に何がある」
「覚えてる限りでは……【変わり身】、【危険予知】、【獅子咆哮】……それに【手刀】」
「それぞれ、説明しろ」
「うん。まず【変わり身】は、相手の攻撃が当たった瞬間に盲点へ入り込んで姿を一時的に消す技。“当たった”と思ったタイミングを逆手にとる感じ」
「なるほど」
「【危険予知】は、相手の動作を観察して、攻撃を先読みする。本人にとっては“数秒先が見えてる”ような感覚になるらしい」
「……それで避けるのか」
「で、【獅子咆哮】は――」
「来るぞ」
エスの鋭い声に、俺もすぐさま目を戻す。
アイさんが――もう目の前にいた。
いつの間に!?
避けながら、気配を消して、じりじりと距離を詰めていた……これも知らない奥義かもしれない。
エスは弓を剣へと変形させ、一気にアイさんへ振り下ろそうとする――が。
来る!
俺は咄嗟に耳を塞いだ。
「ガウッ!」
「な――!?」
それは叫びではなかった。
声量は小さい。俺とエスに聞こえる程度。けれど、それで十分だった。
――これが【獅子咆哮】。
特定の波長で耳から脳へ微細なダメージを与え、相手の動きを一瞬止める技。
隣にいたエスは、その一瞬の隙を突かれて――
アイさんに【魂抜き】を喰らい、意識を失った。
「はぁぁ!」
「ぐふっ……!」
隣で耳を塞いでいた俺は、アイさんに蹴り飛ばされて5メートルほど吹っ飛んだ。背中を擦りながら地面を滑り、やっと止まる。
もし装備がヤワだったら、骨の何本かは折れてたかもしれない。――だけど!
「!?」
「……ただやられるわけにはいかないからね」
アイさんの足元には、俺の【糸』が絡みついていた。
「エスは……やらせない!」
「くっ!」
思念通りに動いた糸がアイさんの足を絡め取り、バランスを崩させて引き寄せてくる!
このまま一気に――!
痺れ薬をたっぷり塗ったクナイでトドメだ! ……って、え!? 嘘だろ!?
「ガァァア!」
「片足を……斬った!?」
アイさんは、自分の足に絡んだ糸ごと、なんと“自分の足”を斬り落としたのだ!
しかも武器も持っていない……ってことは……!
「やっぱり……【手刀】も使えるのか……」
アイさんは、片足から血を流しながらも、まっすぐ立ち上がる。そして、俺を鋭く睨みつけてきた。
「アイさん!聞いてくれ! 魔王を殺したのは、俺たちじゃない!」
「黙れ! 悪の言葉など信じられるか! 獣人の身でありながら、人間に味方する裏切り者め!」
ダメだ……完全に頭に血が上ってる。話を聞く耳なんて、最初からない!
「やるしか……ないか」
俺は、クナイを納めて構えをとった。
「その構え……なるほど。お前も我が“祖父”の道場に通っていた口か」
「祖父……?」
「《龍牙道場》の師範は、私の祖父だ」
「ええええええ!?!?!?」
うそだろ!?
アイさんが、師匠の孫!?
似てねぇ……ていうか、そんな天才と闘うの!?俺が!?
「行くぞ!」
でも、やられるわけにはいかない――!
「来る!」
「【魂抜き】!」
「【魂抜き】!」
アイさんが体勢を低くしてきた瞬間、俺も真上から【魂抜き】を打ち下ろす!
俺とアイさんの拳がぶつかり合い、互いの威力をかき消した。
――【魂抜き】はただ力を込めればいい技じゃない。一定の力で的確に叩き込む“制御”が求められる。
だからこそ、こうやって打ち合えば技の精度が分かる。
純粋な力じゃ俺は劣る……けど! 技を知っていれば、どこを狙ってくるかは見える!
こうなったらとことんやってやる!