目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第437話 アイvsアオイ

 「はぁぁあ!」


 「させるかぁぁあ!」


 ――早い!


 装備がなかったら確実に“お陀仏”だった。

 ヘルメットが無ければ即死だった――って、ふざけてる場合じゃない!


 アイさんと俺は、互いに拳をぶつけ合いながら隙を探っている。

 だけど――強い。アイさんは明らかに格上だ。

 かろうじて獣人化してるおかげで、十発のうち六発は捌ける。だが、残りの四発はまともに喰らってる状態だ。


 ただ――大技だけは撃たせない。必死に足掻いて封じてる。


 【糸】を素材にした俺のインナー装備。

 これが衝撃を吸収してくれてるから、フルで喰らっても致命傷にはなっていない。……ただし、一箇所を除いて。


 「ふん!」


 「うおっ!」


 ――顔だ。


 剥き出しの顔面だけは、ダメージをモロに受ける。

 だから、俺はボクサーみたいにガードを固めて守り続ける。


 「悪のくせに!我が《龍牙道場》の奥義を使うとは!道場の面汚しがッ!」


 「さっきから悪だ正義だうるさいですよ!そろそろ僕も怒りますよ先輩!」


 「うるさいッ!貴様にそう呼ばれる筋合いはない!」


 アイさんはその場で踏み込み、飛び上がった。


 拳を振り下ろしながら俺を狙ってくる――でも、その構えは見たことある!


 「とうっ!」


 俺は少しだけ下がり、靴の魔法を発動。

 そのままアイさんと同じように跳躍して、地面から足を離す。


 「ちっ……!」


 拳が地面に叩きつけられた瞬間――ズン、と地響きが響いた。

 周囲の地面がバキバキと割れ、亀裂が走る。


 「やっぱり、【地割れ】」


 出す前のモーションと、挙動は完全に【地割れ】。

 でも――理屈が違う。


 基礎だけは共通だけど、魔力なしで撃ってる?

 あの師匠が教えなかった“裏技”が、まだあったって事?


 「【魂抜き】!」


 「くっ……【空歩】!」


 「だと思ったぞ!」


 「な……!?」


 技の精度も知識量も、俺のほうが劣る。

 空中でできるのは【空歩】くらい。アイさんには完全に読まれてた。


 「くっそ!」


 咄嗟に腕で顔を庇った――が。


 「吹き飛べ!【地獄蹴り】!」


 蹴りがガードした腕を叩き落とし、俺の体は空中で回転しながら墜ちていく。

 地面が迫る。くそ、顔だけは守らないと……!


 無理やり態勢を立て直し、後頭部を庇いながら背中から地面に叩きつけられた。


 「……アニメの世界じゃないんだぞ……

 こんなドラゴン○ールみたいなクレーター、自分で作るなんて……」


 「はぁぁあ!」


 「あぶねっ!」


 アイさんが空中から、そのまま俺の顔を潰しに来た――それをギリギリでかわし、俺は転がるようにして立ち上がった。


 なんだよ……本気で殺しにきてんじゃねぇか……!

 段々と、【怒り』が抑えきれなくなってくる。


 こっちは話し合いで終わらせようとしてんのに……!

 そもそも――!


 「そっちが魔王のところなんかに行くから、こうなったんだろ!」


 「……!?」


 「あ、やべ……」


 声に出てしまっていた。


 「違う!お前たちが来たからだ!」


 ……は?


 その言葉が引き金になった。

 胸の奥から、何かが一気に溢れ出す……これは――【怒り』


 声に出した瞬間、抑えていた壺の蓋が吹き飛んだ。

 ドロドロと、黒く濁った感情が、俺の中でとめどなく垂れ流されていく――。


 「何が違うの?ねぇ?」


 俺の声と顔――その異様さに気づいたのか、アイさんは構えを取り、こちらの出方を伺い始めた。


 「お……お前たちが来たから……私の、幸せが……」


 「僕たちが来なくても、それは――偽物の幸せだよね?」


 「にせ……もの?」


 「だって、キングさんはいない。本人じゃない。

 まだ、キングさんを忘れて諦めて……違う男を選んだほうが、よっぽど“本当の幸せ”なんじゃない?」


 「貴様に……何がわかるッ!!私の、何がッ!!」


 アイさんが踏み込んで拳を振るう。

 俺はその拳を、片手で受け止めた。


 ――なんだ、この湧き出る『力』は。


 「わかるわけないよ。『僕』はお前じゃないんだから」


 「っ!?」


 ……キャハッ。

 伝わってくる、この女の――動揺。そして、恐怖。


 食べたい。


 「真実を見るのって、そんなに怖い?でもさ、これは現実だよ。

 夢って、いつか覚めるもんなんだよ。……その時が来ただけ。わかってたでしょ?」


 「くっ……!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええっ!!」


 「……」


 「しまった!」


 暴力でしか感情を処理できないこの鬱陶しい女の手首を、私は【糸】で拘束した。

 考えなしに攻撃してくるから、そんなに隙だらけなんだよ。


 「あのさ、君、師匠の孫だよね?……なんで、あの人を見習わなかったの?」


 「アイツも裏切り者だッ!!

 神聖なる道場に人間を紛れ込ませていた!

 しかも、獣人になれる魔皮紙なんか使って……私たちを騙してたんだッ!くっ、この糸を……ほどけッ!」


 「あっそ♪」


 私は、静かに“獣人化”を解いた。


 「お、お前……」


 「ざ〜んねんでした♡ 私も“その中の一人の人間”で〜す……キャハッ♪」


 「おおぉまぁぁあえええぇぇぇっ!!」


 無理やり腕を動かそうとしたせいで、拘束の糸が食い込み、血が滲んでくる。


 「君が、どんな目に遭って、人間をここまで嫌いになったかは知らないよ?

 でもさ、“悪だ悪だ”って自分にとって都合の悪いもの全部ぶん殴って、自分だけが正しいって信じ込んで……それが“正義”? ねぇ?」


 「っ……!」


 ……ムカつく。

 何様のつもりなんだよ、この女。


 ――バチンッ!


 目の前の“正義ヅラしたクソ女”を、思いっきりぶん殴った。


 「正義って、何? 悪って、何?

 何を基準に、何がリミット?

 【神】が正義? 『女神』が悪? それって誰が決めたの?

 何百年も前に人間に害を与えたから“悪”? それに『私』が関係あるわけ?」


 「な、何を言って……」


 「ほら、わかんないでしょ?

 漫画とかゲームとかでよくいるよね?『私のことわかるわけない!』って言うやつ。

 ――当たり前だろ。わかるかボケ。

 自分を理解できるのは、“自分”だけ。

 泣き喚く前に、とっとと起き上がって、現実と向き合えよ!!」


 ――あああああああああああああぁぁぁああああ!!!


 止まらない。

 【怒り】が、止まらない。


 なんだよその目。

 さっきまでお前が怒ってたくせに……今は怖がってるの?

 怒れよ。もっと、怒れよ!!


 「――いいこと、教えてあげよっか?キャハッ……

 “キング”の本物は、もうこの世にいないよ?」


 「ど、どういうこと……キング様は、どこかで……人間の奴隷に――」


 「違う違う。

 そのキングを殺したのは――“私”だから♡」


 ブチッ。


 何かが、音を立てて、壊れた。

 クソ女の中で、大事に抱えていた“何か”が……完全に、千切れた音だった。


 「ぎぃぃぃぃざぁぁあまぁぁあ!!!」 


 ――斬ったのだ。

 自分の手首を、拘束の糸を起点に、無理やり。


 【糸】は切れない。だから、抜け出そうとすれば――斬れるのは、“肉”のほう。

 当然だ。強度の違いは歴然。


 その結果――骨が露出した腕で、

 その女は、私の顔面を――殴ってきた。




 グシャッ


 「!?」


 「……? どうしたの?そんな顔して。もしかして――」













 「『私』が、避けるとでも思った?」











 クソ女の拳を――私は、避けなかった。


 剥き出しになったその腕の骨は、

 私の眼球を貫通し、そのまま奥へと突き刺さっていた。


 「く……狂ってる……」


 「え? 狂ってる? 何が?

 君が攻撃して、『私』が受けた。……ねぇ、それの、どこが“狂ってる”の?」


 私は笑顔で、クソ女の腕を掴んだ。

 ――そして、自分の眼窩に突き刺さった骨を、そのまま掻き回す。


 「……ぁ、っ……キヒッ……キャハハハハハ! 気持ちいいぃぃぃ!」


 グチュ、グチュ、と。

 自分の中を、骨で――掻き回す。

 きっと、手首のないその先から、私のナカの温もりも、感触も、全部伝わってる。


 「ねぇ、裸だからわかるよ?

 ……ほら、鳥肌、立ってるよ?」


 「っ!? !?!?」


 「……安心したよ。あなたの“怒り”、収まったみたいで♪」


 「ひ、ひぃ……お、お前は……本当に、狂ってる……!」


 「うん♡ 狂ってるよ。狂ってなきゃ、やってられないじゃん。

 ……ということで、返すね――この“痛み”を」


 「え……?」


 私は、ズブ、と腕を引き抜き、アイをそっと押した。

 力なんていらない。

 彼女は抵抗もできず、尻餅をついて地面に崩れ落ちた。


 怯えきった目で、私を見上げてくる。

 ああ、その目、いいね。潰したくなっちゃう。


 「――《イミティエレン》」


 「っっ……わ、私も……傷つけなきゃ……同じように、しないと……あ、あぁ……」


 その時だった。


 クソ女は、自分の剥き出しの骨で――自分の片目を、突いた。


 「ぁ、ぁぁぁぁああああああああ!! いた、ぃ……いたいぃぃぃぃぃ!!」


 「キャハッ……キャハハハハハハハ!!!」


 あぁ、面白い……!


 《イミティエレン》。

 それは“女神の呪い魔法”――


 “私が受けたダメージと同じ苦痛を、自ら受けなければならない”

 ――そう、無意識に、そう“思わされる”。


 そして相手が感じる『痛み』『恐怖』『混乱』。

 それらはすべて――私の“魔力”となって吸い取られ、

 私は、傷一つなく、完全に回復していく。


 「あ、ががっ……目を……目の奥をもっと……ぁぁああああああ!!」


 ――目が、再生した。

 私は完全に回復していた。


 あぁ……たまらない。

 女が苦しむ姿って、なんでこんなに楽しいんだろ。

 楽しい……楽しい……ざまぁみろ。ざまぁ。


 「キャハハハハハ! ごめんねぇ?

 私は“痛覚”を“快感”に変えてたから、気持ちよかったけど――

 あなたは直に“痛み”だもんね? ねぇ、痛いよね? 痛いよねぇ?」


 「こ……殺してくれ……いたい……いたい……!」


 「ふふっ、あらそう? じゃあ――

 私は“優しい”から、望み通り殺してあげるね♡」


 私は装備の中から、クナイを取り出した。

 シビレ薬がたっぷり塗られた、切れ味抜群のクナイ。


 「…………」


 ……ん?

 なんで、シビレ薬なんて塗ってあるんだっけ? 


 …………そうだ。

 “殺さないため”だ。


 でも――どうして?

 殺さないために、って……?


 ……違う。

 “殺す”ってこと自体が、間違ってる。

 そんな風に、どこかで思っていたんだ。


 ――なんだ……?

 段々、意識が――スッキリしてくる。




 「この感覚……“もう一人の『僕』”――か」


 黙って首を差し出すように震えてうつむくアイさんを見ても……

 さっきまでの怒りも、興奮も、何も感じなかった。


 ……俺の中の『怒り』は、一瞬で――食われて、消えていた。




 「……その、ごめんなさい。【魂抜き】」




 トン、と。

 アイさんの首筋を軽く叩き、彼女を気絶させた。




 「今回も……ある意味、“僕”に助けられたな……」


 アイさんに回復用の魔皮紙を当て、俺はすぐに――ルカの元へ向かって駆け出した。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?