《グリード城》
『ふんふふ〜ん♪』
「……ご機嫌ですね、サクラ女王」
『そう? キャハッ♪』
城の一室。
壁際には、何人もの騎士たちが整列しており、
長く豪華な装飾の施された円卓には、三つの国の王たちが並んで座っていた。
だが――かつてと違うことが、一つ。
「それより、覚えていますよね? 私と交わした“約束”を」
『ああ、あれね♪ “女王になった暁には、隠していることをすべて話す”ってやつ? もちろん覚えてるよ〜♪ アバレー新女王の……えっと、なんて呼べばいいんだっけ?』
「私は、“愛染の女王”です。
我が家系は、名前を持たないので」
そう――
アバレーの前女王は、その娘へと玉座を譲り、
今、この場には“愛染の姫”が女王として立っていた。
『そっか♪ ややこしいけど……まぁ、私がそうさせたんだっけ♡』
「……どういう意味ですか?」
『んふふ♪ じゃあ、隠さずに話してあげるね――』
『“私”、実は――“女神”なの♪』
「っ……!!」
ガタンッ!
愛染の女王は驚愕のあまり立ち上がり、背後の椅子を倒してしまった。
『あらら〜♪ そんなに驚く? 可愛いねぇ〜♡』
「……どういうことですか!」
「…………」
「アレン国王!?」
『あー、無駄よ?』
サクラ――いや、“女神”は、軽く手を振って笑った。
『今やアレン国王も、騎士たちも、グリードの王国全体も……
み~~~んな、私の“呪い”にかけておいたから♪』
「……の、呪い……?」
『人の“無意識領域”を操る魔法。
あんたたち人間には“呪い”って言った方が伝わるでしょ?』
愛染の女王は、周囲の騎士たちを見回した。
――誰も動かない。誰一人、反応すらしない。
この異常な光景すら、彼らにとっては“日常”なのだ。
『それと――ふふ、最近ちょっとずつ“力”が戻ってきたからね。
こんなことも、できるようになったの』
サクラの唇が、静かに動く。
『――“愛染の女王は椅子を立ち、再び座り直し、サクラ女王に拍手を送った”』
「なっ……!? か、身体が……っ!」
自分の意志とは無関係に、身体が動く。
愛染の女王は立ち上がり、再び着席し、サクラに向かって――手を叩いた。
パン、パン、パン……
すると、その行動をトリガーにしたかのように、
部屋にいたすべての騎士、ミクラル王までもが――同じように、拍手を始める。
『どーもどーも♪ ありがと〜♡ ブラボーブラボー♡』
「わ、わかりました! もう、やめてください……!」
『はーい、みんな拍手やめ〜♪』
ピタッ――
まるでプログラムが終わったかのように、全員の動きが止まり、静寂が戻る。
「それで……かつて世界を滅ぼそうとした“女神”様が……
なぜ、今さら人間と――」
『………………』
その瞬間――
部屋全体に、凍てつくような“殺気”が走った。
空気が重くなる。肺が圧迫されるような感覚。
それが、どこから来ているかは――言うまでもなかった。
『ほんっと、人間って愚かよねぇ……
ただ封印されてあげただけで、“勝った勝った”ってはしゃいで、私のことを――あれやこれや、好き勝手書き散らして……♪』
サクラ女王は笑顔のまま、
しかしその笑顔は、暴力にも等しい“殺気”を部屋中に漂わせていた。
「う……っ、ぷ……!」
――その場の重圧に、1人の騎士が嘔吐する。
『キャハッ。きたな〜い……消えて。』
「ぎ――」
叫ぶ間もなく。
嘔吐した騎士は、嘔吐物ごと、その場から――消えた。
「か、彼は……どこへ?」
『安心して。運が良ければ――生きてるわ♪』
「そ、そうですか……」
愛染の女王が、わずかに安堵の息をついた――その瞬間。
『……転送魔法で、“空”よりもっと上に転送しただけよ?』
「な……ッ!?」
『キャハッ♪ 運が、良ければね〜♡』
「……あ、あなたは人間を――何だと思ってるんですか……!」
『黙りなさい、“母親殺し”――
あんたこそ、“女神”をなんだと思ってるの?』
「……っ!」
『いい子ね♡ 私の言葉の意味、ちゃんと理解してる。
ごめんね? “母親殺し”だなんて。でも、私はそれを評価してるの。
だってそんなこと、普通の人間には――できないでしょ?』
「……女神に、褒められるなんて……光栄です」
『そう。光栄に思いなさい。
あなたとは――仲良くやれそうだもの』
ふんわりと笑みを浮かべて、サクラは指を鳴らした。
パチン――
開かれる扉。
そこから、豪華な料理が次々に運ばれてくる。
「……」
「……」
『ほらほら〜♪ 二人とも、美味しそうでしょ?
そして今回の目玉料理はコレ!』
3人の前に運ばれた、大きな“舟盛り”。
「これは……お刺身、ですか?」
『あら、流石アバレーね♪ そうよ、お刺身♡』
「確かに、美味しそうですが……」
『味付けはもうしてあるわ♪
さぁ、まずはこれから食べてちょうだい』
「……」
『大丈夫よ? 毒なんて入ってないわ。
見てて、ん……おいしい♪』
“女神”が目の前で刺身を口に運び、微笑む。
それを見てもなお、動かない愛染とアレン。
『安心して。
他の人たちは、私の“呪い”で操ってるけど……あなたには、かけないであげる。
人形は便利だけど、つまらないの。
――だから、あなたとは“友達”になりたいのよ♪』
「それは……ありがたいですね」
『でしょ? だから、これは“友情の証”――あーん♡』
差し出された一切れを、
愛染の女王は静かに、受け取って口にした。
「……ん……」
『どう? 美味しい?』
「……はい」
『よかった〜♪ 私もいっぱい食べよ♡』
「アレン国王は……よろしいのですか?」
『ああ、彼には呪いをかけてるし――
それに、ミクラルでは刺身なんて出ないのよ。
“生で食べる”って概念すら信じられないらしいの』
「なるほど……」
サクラは、にっこりと笑った。
その口元が、ゆっくりと開く。
『――じゃ、“友達”になった記念に。
特別なこと、教えてあげる。』
『――隠された“真実”と……』
『今はもう、討伐されて一人も残っていない――“魔王”たちのこと、ね。』