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第440話 魔神

《神の島 魔神城》


 「……」


 暗闇に包まれた部屋。その中央に浮かぶのは、青く輝く《地球》のレプリカ──その周囲には十二の椅子が円を描くように並んでいる。


 だが、そこに座っているのは、たった一人。


 黒と紫の禍々しい装束を纏った青年──【魔神】は、じっと青い球体を見つめていた。


 「……バルゴが逝ったか」


 地球の中の一つの光が、ふっと消える。魔神は、自身の現在地だけが示されたその球体に目を落とし、静かに呟いた。


 「これで残るは……俺ひとり、か。まぁ、構わん……」


 しばし沈黙。そして、その目を細めて続ける。


 「……だが。お前が自ら魔王討伐に動くとはな──何を考えている、ルコサ」


 その名を口にした刹那、魔神の背後にひやりとした気配が満ちる。


 「……」


 影から現れたルコサは、何も言わず魔神を見つめていた。


 「本来、神の使徒は勇者を導くだけの存在……

  直接、物語に干渉するなどあってはならぬはずだが?」


 「うん、実は俺もびっくりしてるよ」


 ルコサは肩をすくめるように笑う。


 「だけど安心して。魔王【レオ】を倒したのは俺じゃない。

  キーくんだから」


 「……伝説の勇者の子孫か」


 魔神の目がわずかに細まる。


 「君にとっては……特別な存在だよね?

  顔、見たい?」


 「ふん、ぬかせ。何年も前の話だ……」




 「ま、その話は置いといて──」



 ルコサは球体の《地球》を一瞥し、静かに続ける。


 「今は神としても、想定外のことが多すぎる。

  もはやこの物語は、決められた“運命”から外れた……

  イレギュラーな道を歩いてるよ」


 「ほう。貴様ら【神の使徒】をもってしても修正できぬとはな。

  察するに……アオイという奴の存在であろう」


 「……あぁ。アイツは【神】も『女神』も干渉できない存在。

  いわば――本当の自由人だ」


 ルコサの目がわずかに細まり、苦笑を浮かべる。


 「アイツが動いた先で物語が“創られる”。

  まるで絵本の主人公……いや、それ以上かもしれない」


 「その結果、神の力も、女神の力すらも手にしたというわけか……」


 「制御不能にも、ほどがあるよね」


 「……消すか?」


 魔神の声に、わずかな殺意が滲む。


 「――消すのは構わない。けれど、俺たちは“手が出せない”んだ。

  だから君に任せるよ。全部、ね」


 「ふん……そうか」


 魔神はゆっくりと椅子にもたれかかる。


 「ならば俺は、ここで待つとしよう。

  どんな存在であろうと、【勇者】という称号を持つ者ならば──

  いずれこの地に辿り着く。」


 「うん、じゃ──後のことは、よろしく」


 ルコサは片手を軽く振ると、

 宙に開いた地図を見下ろしながら、その場から霧のように消えていった。


 「【アオイ】……世界のイレギュラー、か」


 「それが今の世界の天秤を崩す要因ですか」


 「…………ほう。今日は客人が多い日だな」


 ルコサが消えた直後、まるで入れ替わるように──

 一人の女が、闇の中から静かに姿を現した。


 しかし、それは人間ではない。

 その肌は雪のように白く、背には恐竜のような尻尾。

 そして胸元には、淡く輝く紫のコアが埋め込まれていた。


 「私は、あの方が苦手です」


 女は、感情の薄い声で呟く。


 「あの方の未来は、どれもこれもが適当。

  未来を考えず、その場でしか判断しない愚か者ですから」


 「……アイツの悪口はいい。

  それより、俺の前に現れるとはどういう料簡だ──ウジーザス」


 魔神の言葉にも、ウジーザスは臆することなく、真っ直ぐ彼を見つめた。


 「世界の天秤が傾きました。

  今まで平和だったこの世界が……人間たちによって滅ぼされようとしています」


 「……」


 「だから私たち《六英雄》は、再び活動を開始します」


 「ほう。それは面白いな」


 「なので……あなたに“お願い”をしに来ました。

  私たちの邪魔を──しないでいただきたいのです」


 「俺が貴様らの邪魔を? そんな未来が見えたのか?」


 「…………はい」


 しばしの沈黙の後、ウジーザスは静かに頷いた。


 「ふん……邪魔をするも何も、俺はここで“奴ら”を待つだけだ。

  他のことは、好きにしろ」


 「ありがとうございます。

  ……あなたと戦うには、全員が揃わなければいけませんからね」


 「全員集めたところで、俺に敵うと思うなよ」


 「…………」


 ウジーザスは何も言わず、一礼してその場から消えた。




 「未来を見た……か」


 魔神はふっと目を細め、誰に言うでもなく呟いた。




 「──その割には、死ぬ覚悟をしている目だったな」








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