《神の島 魔神城》
「……」
暗闇に包まれた部屋。その中央に浮かぶのは、青く輝く《地球》のレプリカ──その周囲には十二の椅子が円を描くように並んでいる。
だが、そこに座っているのは、たった一人。
黒と紫の禍々しい装束を纏った青年──【魔神】は、じっと青い球体を見つめていた。
「……バルゴが逝ったか」
地球の中の一つの光が、ふっと消える。魔神は、自身の現在地だけが示されたその球体に目を落とし、静かに呟いた。
「これで残るは……俺ひとり、か。まぁ、構わん……」
しばし沈黙。そして、その目を細めて続ける。
「……だが。お前が自ら魔王討伐に動くとはな──何を考えている、ルコサ」
その名を口にした刹那、魔神の背後にひやりとした気配が満ちる。
「……」
影から現れたルコサは、何も言わず魔神を見つめていた。
「本来、神の使徒は勇者を導くだけの存在……
直接、物語に干渉するなどあってはならぬはずだが?」
「うん、実は俺もびっくりしてるよ」
ルコサは肩をすくめるように笑う。
「だけど安心して。魔王【レオ】を倒したのは俺じゃない。
キーくんだから」
「……伝説の勇者の子孫か」
魔神の目がわずかに細まる。
「君にとっては……特別な存在だよね?
顔、見たい?」
「ふん、ぬかせ。何年も前の話だ……」
「ま、その話は置いといて──」
ルコサは球体の《地球》を一瞥し、静かに続ける。
「今は神としても、想定外のことが多すぎる。
もはやこの物語は、決められた“運命”から外れた……
イレギュラーな道を歩いてるよ」
「ほう。貴様ら【神の使徒】をもってしても修正できぬとはな。
察するに……アオイという奴の存在であろう」
「……あぁ。アイツは【神】も『女神』も干渉できない存在。
いわば――本当の自由人だ」
ルコサの目がわずかに細まり、苦笑を浮かべる。
「アイツが動いた先で物語が“創られる”。
まるで絵本の主人公……いや、それ以上かもしれない」
「その結果、神の力も、女神の力すらも手にしたというわけか……」
「制御不能にも、ほどがあるよね」
「……消すか?」
魔神の声に、わずかな殺意が滲む。
「――消すのは構わない。けれど、俺たちは“手が出せない”んだ。
だから君に任せるよ。全部、ね」
「ふん……そうか」
魔神はゆっくりと椅子にもたれかかる。
「ならば俺は、ここで待つとしよう。
どんな存在であろうと、【勇者】という称号を持つ者ならば──
いずれこの地に辿り着く。」
「うん、じゃ──後のことは、よろしく」
ルコサは片手を軽く振ると、
宙に開いた地図を見下ろしながら、その場から霧のように消えていった。
「【アオイ】……世界のイレギュラー、か」
「それが今の世界の天秤を崩す要因ですか」
「…………ほう。今日は客人が多い日だな」
ルコサが消えた直後、まるで入れ替わるように──
一人の女が、闇の中から静かに姿を現した。
しかし、それは人間ではない。
その肌は雪のように白く、背には恐竜のような尻尾。
そして胸元には、淡く輝く紫のコアが埋め込まれていた。
「私は、あの方が苦手です」
女は、感情の薄い声で呟く。
「あの方の未来は、どれもこれもが適当。
未来を考えず、その場でしか判断しない愚か者ですから」
「……アイツの悪口はいい。
それより、俺の前に現れるとはどういう料簡だ──ウジーザス」
魔神の言葉にも、ウジーザスは臆することなく、真っ直ぐ彼を見つめた。
「世界の天秤が傾きました。
今まで平和だったこの世界が……人間たちによって滅ぼされようとしています」
「……」
「だから私たち《六英雄》は、再び活動を開始します」
「ほう。それは面白いな」
「なので……あなたに“お願い”をしに来ました。
私たちの邪魔を──しないでいただきたいのです」
「俺が貴様らの邪魔を? そんな未来が見えたのか?」
「…………はい」
しばしの沈黙の後、ウジーザスは静かに頷いた。
「ふん……邪魔をするも何も、俺はここで“奴ら”を待つだけだ。
他のことは、好きにしろ」
「ありがとうございます。
……あなたと戦うには、全員が揃わなければいけませんからね」
「全員集めたところで、俺に敵うと思うなよ」
「…………」
ウジーザスは何も言わず、一礼してその場から消えた。
「未来を見た……か」
魔神はふっと目を細め、誰に言うでもなく呟いた。
「──その割には、死ぬ覚悟をしている目だったな」