《?????》
「あーおい……ここに来るのは、何百年ぶりだ?」
オレンジ色の髪を後ろでひとまとめにし、中華風の服を纏った三十代半ばの男が、ある山の頂上に建つ──
小さな、今にも崩れそうなボロボロの小屋を訪れていた。
「失礼するぞーっと」
その小屋は、もはや何十年も人が使っていないらしい。
ドアに鍵などなく、それどころか──
「おいおい、ボロっちぃな……」
開けたドアの蝶番が外れ、そのままガタンと崩れ落ちた。
男はそのまま小屋の中心へ進み、立ち止まる。
「……あーおい、めんどくせぇな……」
小さくため息をついたかと思うと──
「ひらけー、ごまっ」
歳や風貌に似合わない軽いセリフを口にする。
直後、足元の魔法陣が光を放ち──
男の姿は、どこかへと転移していった。
……………
「さて、と」
転移した先は、岩に囲まれた静かな洞窟の中だった。
──だが、ただの洞窟ではない。
「相変わらず、ごちゃごちゃしてんなー……おい」
男が目を向けた先には──
壁一面に並ぶ、剣・槍・弓……煌めく武器の数々。
足元には金貨や銀貨、そして見たこともない宝石の山。
積み上げられた金塊に、燦然と輝く黄金の像。
──宝の洞窟。
そう呼ぶのが、一番適切だろう。
「おい! 居るんだろ! マーク!」
声が洞窟に響く。
しかし──返事はない。
男の声だけが、むなしく反響していた。
「ちっ……だがよ、おい──」
金貨を一枚、地面から適当に拾い上げながら、男は唸るように言った。
「テメェが、この宝を盗ってく奴を見逃すわけねぇよな?」
その瞬間──
「よく分かってらっしゃいますね、《六英雄》──
“武神”と恐れられたトミーさん」
声が背後から響く。
だが、トミーは振り向かない。
「あーおい、いるんならさっさと出てこいや。
それに──俺相手に、そんなおちょくった登場してるとよ」
手に持っていた金貨が、ぐにゃりと形を変える。
次の瞬間、それは鋭利な金の剣へと姿を変えた。
トミーは振り向きざまに斬りつける──
が、剣は虚空を裂くだけだった。
「それは申し訳ない。何分、そういう癖がありましてね。
姿を見られると“怪盗”の名が廃るもので」
今度は、先ほどまでトミーが正面に見ていた方向から声がした。
そちらに目を向けると──
金貨の山の上に、どっしりと構えた黄金の装飾椅子。
その玉座に座っていたのは、白いスーツに白のシルクハット、
そして黄金のモノクルを付けた黒髪の青年。
どこか品のある微笑を浮かべたその姿こそ、現代の“怪盗”マークだった。
「……あーおい。てめぇ、俺の知ってる“マーク”の子孫か」
「えぇ、そうです。そして《六英雄》の逸話も──
代々、我が一族に伝わっておりますよ」
「そうかよ。まぁ、おい──
別にお前に興味はねぇ。今日ここに来たのは、“あることを聞きに来ただけ”だ」
「そのつもりです。俺も宝以外には興味ありませんので──
話をさっさと終わらせましょう」
「だったら話は早ぇな。……おい、てめぇだろ?」
トミーの目が鋭く光る。
「サキュバスの封印を解いて──
“ドラゴンスレイヤー”を預けたのは」
マークは少しだけ間を置き、ニヤリと笑った。
「えぇ、そうです。私ですよ。
よく見破りましたね」
「……そうか」
トミーはふっと息を吐き、手の中の剣を地面に突き刺した。
するとそれはまた金貨へと戻り、チャリン……と音を立てて転がった。
「昔のよしみだ。──今回は、見逃してやる」
「……」
トミーはしばし沈黙のまま、マークを見下ろしていた。
「だが──覚えとけ」
声のトーンが少しだけ低くなる。
「また俺の……いや、“俺たち”の邪魔をするような真似をすれば──
殺す。たとえ、それが……お前たちであっても、だ」
「……覚えておきましょう」
マークは落ち着いた声で返す。
トミーはそれ以上言葉を交わさず、無言で踵を返し──
静かに、洞窟を後にした。
残されたマークは、誰もいない宝の山の中──
手に一枚の魔皮紙を取り出し、ぽつりと呟く。
「……トミーさん。あなたの所にも、届いているはずですよ」
その魔皮紙を見下ろす目には、かすかな陰りが宿っていた。
「この“メッセージ”を読んでも、なお敵になると言うのなら──
それ相応の“覚悟”を持っている、ということですね」
マークはそのまま、静かに帽子のつばを下ろす。
そして──白い煙幕を一閃。
その場から姿を消した。
………
2人の去った後の洞窟は、ただ静かに──
金と宝石の光だけが、虚しく反射していた。