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第443話 武神と珍神

《?????》


 「あーおい……ここに来るのは、何百年ぶりだ?」


 オレンジ色の髪を後ろでひとまとめにし、中華風の服を纏った三十代半ばの男が、ある山の頂上に建つ──

 小さな、今にも崩れそうなボロボロの小屋を訪れていた。


 「失礼するぞーっと」


 その小屋は、もはや何十年も人が使っていないらしい。

 ドアに鍵などなく、それどころか──


 「おいおい、ボロっちぃな……」


 開けたドアの蝶番が外れ、そのままガタンと崩れ落ちた。




 男はそのまま小屋の中心へ進み、立ち止まる。


 「……あーおい、めんどくせぇな……」


 小さくため息をついたかと思うと──


 「ひらけー、ごまっ」


 歳や風貌に似合わない軽いセリフを口にする。


 直後、足元の魔法陣が光を放ち──

 男の姿は、どこかへと転移していった。




 ……………




 「さて、と」


 転移した先は、岩に囲まれた静かな洞窟の中だった。

 ──だが、ただの洞窟ではない。


 「相変わらず、ごちゃごちゃしてんなー……おい」


 男が目を向けた先には──

 壁一面に並ぶ、剣・槍・弓……煌めく武器の数々。

 足元には金貨や銀貨、そして見たこともない宝石の山。

 積み上げられた金塊に、燦然と輝く黄金の像。




 ──宝の洞窟。


 そう呼ぶのが、一番適切だろう。




 「おい! 居るんだろ! マーク!」


 声が洞窟に響く。


 しかし──返事はない。

 男の声だけが、むなしく反響していた。


 「ちっ……だがよ、おい──」


 金貨を一枚、地面から適当に拾い上げながら、男は唸るように言った。


 「テメェが、この宝を盗ってく奴を見逃すわけねぇよな?」


 その瞬間──


 「よく分かってらっしゃいますね、《六英雄》──

  “武神”と恐れられたトミーさん」


 声が背後から響く。


 だが、トミーは振り向かない。


 「あーおい、いるんならさっさと出てこいや。

  それに──俺相手に、そんなおちょくった登場してるとよ」


 手に持っていた金貨が、ぐにゃりと形を変える。

 次の瞬間、それは鋭利な金の剣へと姿を変えた。


 トミーは振り向きざまに斬りつける──

 が、剣は虚空を裂くだけだった。


 「それは申し訳ない。何分、そういう癖がありましてね。

  姿を見られると“怪盗”の名が廃るもので」


 今度は、先ほどまでトミーが正面に見ていた方向から声がした。


 そちらに目を向けると──


 金貨の山の上に、どっしりと構えた黄金の装飾椅子。

 その玉座に座っていたのは、白いスーツに白のシルクハット、

 そして黄金のモノクルを付けた黒髪の青年。

 どこか品のある微笑を浮かべたその姿こそ、現代の“怪盗”マークだった。


 「……あーおい。てめぇ、俺の知ってる“マーク”の子孫か」


 「えぇ、そうです。そして《六英雄》の逸話も──

  代々、我が一族に伝わっておりますよ」


 「そうかよ。まぁ、おい──

  別にお前に興味はねぇ。今日ここに来たのは、“あることを聞きに来ただけ”だ」


 「そのつもりです。俺も宝以外には興味ありませんので──

  話をさっさと終わらせましょう」


 「だったら話は早ぇな。……おい、てめぇだろ?」


 トミーの目が鋭く光る。


 「サキュバスの封印を解いて──

  “ドラゴンスレイヤー”を預けたのは」


 マークは少しだけ間を置き、ニヤリと笑った。


 「えぇ、そうです。私ですよ。

  よく見破りましたね」


 「……そうか」


 トミーはふっと息を吐き、手の中の剣を地面に突き刺した。


 するとそれはまた金貨へと戻り、チャリン……と音を立てて転がった。


 「昔のよしみだ。──今回は、見逃してやる」


 「……」


 トミーはしばし沈黙のまま、マークを見下ろしていた。


 「だが──覚えとけ」


 声のトーンが少しだけ低くなる。


 「また俺の……いや、“俺たち”の邪魔をするような真似をすれば──

  殺す。たとえ、それが……お前たちであっても、だ」


 「……覚えておきましょう」


 マークは落ち着いた声で返す。




 トミーはそれ以上言葉を交わさず、無言で踵を返し──

 静かに、洞窟を後にした。




 残されたマークは、誰もいない宝の山の中──

 手に一枚の魔皮紙を取り出し、ぽつりと呟く。


 「……トミーさん。あなたの所にも、届いているはずですよ」




 その魔皮紙を見下ろす目には、かすかな陰りが宿っていた。




 「この“メッセージ”を読んでも、なお敵になると言うのなら──

  それ相応の“覚悟”を持っている、ということですね」




 マークはそのまま、静かに帽子のつばを下ろす。


 そして──白い煙幕を一閃。

 その場から姿を消した。




 ………




 2人の去った後の洞窟は、ただ静かに──


 金と宝石の光だけが、虚しく反射していた。








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