《アバレー王国 アオイ家》
あぁ……神様……許してくれ……。
「大丈夫なのじゃ?」
「……大丈夫じゃない。痛いし、苦しい……」
来てしまった。──とうとう、来てしまったのだ。
頭痛、目眩、吐き気、貧血、関節の痛み。
そして──股を中心に広がる、どうしようもない不快感。
「……“あの日”が来てしまった……」
「の、のじゃ……」
今、俺は自宅の硬いベッドで寝込んでいて、
ルカがそばで看病してくれている。
ムラサメさんは察してくれて、何日か前から個人的に情報収集へ。
エスは、俺が“魔神に会う”と決めたその日から、どこかへ姿を消していた。
「そういえばルカは……この“日”って来るの?」
「うむ。ワシもお主ほど重くはないが、来るのじゃ。
まったく……人間の“メス”というものは、なんとまあ面倒なのじゃ……」
「うん、ほんと……女って、面倒だよね……」
「何か食べたいものはあるのじゃ?」
「うーん……食欲ない。どうせすぐ吐いちゃうし……」
「それでも、少しでも胃に入れておかねば身体が弱るばかりなのじゃ」
「……じゃあ、ミクラルで最近噂の《キコアプルン》で」
「……それは遠慮がなさすぎるのじゃ!?
せめてアバレーの《甘樹液寒天》にするのじゃ!」
「いや、甘さのベクトルが違うもん……」
「ぐぬぬ……なんとかギルド経由で取り寄せられるかのぅ……」
ああ……食べたい、キコアプルン……。
それと──なんでか知らないけど、無性にお酒も飲みたい……。
「ねぇ、ルカ……」
「なんなのじゃ? 今ちょうどムラサメに連絡を取ろうと──」
「ただいま戻りましたですぞ、我が君!!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、我らが代表騎士・ムラサメさん。
──おいおい、その扉、建て付け悪いんだから優しく閉めてよね……
「おぉ、ちょうどお主に連絡しようとしてたところなのじゃ」
「ほほう? それはタイミングが良かったですな。
……その前に──我が君、どうぞですぞ」
「え?」
「お、お主……こ、これは……!」
ムラサメさんが机にそっと置いたのは──
「今、ミクラルの若者たちの間で流行っている《キコアプルン》というデザートですぞ。
我が君が“こんなご様子”と聞き、せめて少しでも食べやすく、美味しいものをと……
魔神の情報収集のついでに、朝早くから並んで買ってきたのですぞ!」
ふぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?!?!?
「お主は未来予知でも出来るのじゃ!?!?」
「む? 何を言っているのですぞ。
これくらい──紳士としては当然のたしなみですぞ」
「ム、ムラサメさん……ありがとう……!」
「ぐはぁっ!! わ、我が君が……吾輩に“感謝”の言葉と──
この……この笑顔までっ……!! ぐわああぁぁぁあ!!」
ムラサメさんはまるで殺虫剤を浴びた虫のように、床に転がりながら大歓喜していた。
……いや、でも、ちょっとヤバい……。
なにこの人……かっこよすぎる……。
弱ってるから余計に、なんかこう……キュンってくるんだけど!??
「それで、情報はどうじゃったのじゃ?」
ルカが床で転がっているムラサメさんを見向きもせず、
机に置かれた《キコアプルン》を俺に手渡してくる。
「うん……確かに、どうだった? 今まで誰も知らなかったことだし、大変だったでしょ?」
スプーンで一口──「あむっ」
……あぁ……
口の中いっぱいに広がる、優しくとろける甘さ。
それが唾液と混ざり合って、ふわっと溶けて──脳が痺れるほど喜んでる。
……うまい!
「確かに、今までは“隠されていた”……いや、
“国王しか知らず、互いに呪いをかけ合ってでも黙っていた”──そういう情報ですぞ」
ムラサメさんは真面目な口調に戻り、語り始めた。
「かなり広く動き回りましたが……出てきたのは“ひとつ”だけ」
「むしろ、その“ひとつ”を引っ張り出したのがすごいよ」
「もったいなきお言葉……! その情報というのが──」
ムラサメさんの目がわずかに鋭くなる。
「─吾輩、6人のうち“4人”の《六英雄》の所在を突き止めてまいりましたですぞ」
「えっ!? そんなに!?」
さ、流石というべきか……。
この数日で、半分以上の手がかりを掴んでくるなんて──
どれだけすごいんだこの人……。
「……と言っても、これに関しては簡単だったのですぞ」
「?」
「何故なら──」
「我らの“仲間”の中に、《六英雄》のひとりがいるのだから」
「え?」
ええええええええええええええぇえええ!?
「おぉ、あいつなのじゃ? あむあむ」
いやいやいやいや、プルン食ってないで!?
こっちはショックで口開いたままだよ!?
「ど、どうして言わなかったの?」
「一言で言うと──吾輩、アイツ嫌いですぞ」
「ワシは《六英雄》とやらがよく分からんので……完璧に忘れていたのじゃ」
「えぇ……!? そんな人、いったい誰が連れてきたのよ」
「お主なのじゃ」
「我が君ですぞ」
「……あー、はいはい。『僕』ね」
ホント……何考えてんの、『僕』は!!
いや、待てよ……もしかして、これを見越してた?
……なワケないか。
「じゃあ、その人に話を聞いてから──残りの《六英雄》の居場所も?」
「その通りですぞ。とはいえ“場所を聞く”というより、“誘き出す方法”を探る、という方が正確ですぞ」
「誘き出す、ねぇ……。ま、とりあえずその詳細は今度聞くよ」
今はもう──正直、気分が優れない。
頭もあんまり回ってないしね。
……まぁ、いつもあんまり回ってないけど。
「もちろんですぞ。我が君、今日来たのは“途中経過の報告”と──この《キコアプルン》を、美味しいうちにお届けするためですぞ」
そう言って、家を出ようとするムラサメさんに──ふと気づいて声をかける。
「あ、一個食べないの?忘れてるよ?」
3個あるうちの一つずつ俺とルカは食べた、後一つ余ってる。
「あぁ、それは──我が君が気に入ったら、おかわりにと買っておいたものですぞ。
ぜひ、お召し上がりくださいですぞ」
「うぉっふ……」
な、なにこの人……かっこよ……。
心も身体もクッタクタの今の俺には、もう……
ムラサメさんがキラッキラに輝いて見えるよぉ……。
「では、我が輩はこれで──」
「……」
「おぉ、エス殿」
ムラサメさんが玄関の扉を開けたそのとき、
ちょうどエスが家に入ってくるところだった。
「!? ……退け!」
「うおっ!? ですぞ!?」
「のじゃ!?」
エスは、ムラサメさんとルカを押しのけ、
やつれた俺の顔を見るなり、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「ど、どうしたアオイ!? 誰にやられた!!」
………………へ?
「え、えーっと……」
「毒か!? 毒を盛られたのか!? ……これか!」
「あっ、それは──!!」
──俺のおかわり用キコアプルン!!
「何の毒か、調べる!」
「ま、待って!!!」
──だが間に合わなかった。
エスは一瞬の動きで、俺のキコアプルンを魔皮紙の中へ。
その魔皮紙は、冒険者の間で使われる“鑑定魔皮紙”。
中に入れた物は一瞬で分解され、成分として分析・表示されるという……
つまり──消えた。
「「「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
俺を含め、三人は同時に叫んだ。
いや、叫ぶだろ!? 今のは叫ばずにいられるかっ!!
「な、なんだ? お前ら……」
「エス……」
「……!?」
普段の俺なら──こんなことでは怒らなかった。
けど今の俺は、心も体も余裕ゼロの状態。
その中で唯一の癒し、《キコアプルン》という名のオアシスを──
【削除】された。
【ルカ……ムラサメさん……ちょっと外、出てて』
言われた二人は、空気を読んでそっと出て行った。
「な、なんだアオイ!?」
【黙れ!! この……オタンコナスゥゥゥゥ!!』
「っ!?」
【座れ』
「……」
【違う。床に“正座”しろ』
「………………」
【いいかエス……今からお前に、徹底的に“保健体育”を叩き込む』
──俺は怒りに任せて、
エスに“女というもの”について、全力で教育した。