《クローバー村 居酒屋》
時刻はお昼を少し回った頃。
ここはギルド近くにある居酒屋。
《ベルドリのパインポイン焼》が美味しいと噂のお店だ。
俺はベルドリの肉は食べない。
でもそれを押しつけるつもりもないし──何より、この村といえばこの店、この料理、らしいので……予約しておいた。
「お嬢さん! 何にする? うちは全部うまいよ!」
……カウンターのいちばん端っこ、なるべく目立たないように座ってるのに、
さっきから店長が俺ばっかりに話しかけてくるせいで、逆にめちゃくちゃ目立ってるんだが!?
「え、えーっと……友達を待ってるから、まだいいかな……?」
「そっかい! じゃあおじさんと、ちょっと話でもしようか!」
「あ、はは……ソウデスネー……」
──ギルドが近いだけあって、客層はほとんどが冒険者らしい。
昼間なのにがっつり食べて飲んでる人が多い。タフだなぁ。
「あ、あの……その前に、他の人の注文は……」
「そんなもん弟子がやりゃいいのさ!
お嬢さん専用の料理、俺が担当するって決めてんだ!」
「アリガトウゴザイマス……」
だめだ、この店長、俺の前から微動だにしない。
隣では、屈強な男が黙々と何種類もの料理をテキパキと捌いている。
「アイツが気になるかい?」
「ま、まぁ……。あの大きな体で、あれだけ丁寧に料理仕上げてるの、すごいなって」
「ガッハッハ! おい、褒められてるぞー!」
「アリザッス!!」
それだけ言って、弟子くんは真剣な顔で再び包丁を握る。
見てるだけで楽しい。
あのサイズであの精密さ、焼き加減も完璧……技術高いな……。
「アイツは元々冒険者でな。この村がまだ“スロー村”だった頃から、よく来てたんだ」
「へぇ……?」
「スロー村じゃ負け知らずの大将だったよ。喧嘩も強かったけど、アイツが得意だったのは《飲み比べ》だ」
あっ、勝手に語り始めた。
でも、ちょっと面白そうじゃん?
──仕方ない、エスが来るまでお酒でも飲みながら聞くか。
「店長、話の前に注文いいかな? この《ルグランサ》を1杯」
「おっ……!」
「?」
「いやな、ちょうどその話をしようと思ってたところなんだ。
はいよ、お待ち!」
そう言って出されたグラスには、なみなみとルグランサ。
──サービスしてくれたのか、表面張力ギリギリ。
「どういうことですか? んぐ……」
俺はその酒を、まるでジュースのように一気に飲み干す。
「かぁぁあ……! 美味しい……!」
「そう! その飲みっぷりだよ!!」
「……? おかわりー!」
「ハハッ、あの日を思い出すねぇ。はいよ!」
「“あの日”?」
2杯目はゆっくり味わいながら、店長の語りを聞く。
「アイツが“負けなし”だったのは、喧嘩もそうだが──
酒勝負でも相当なもんだった。
うちでよく“飲み比べ”やっててな、勝っては相手に奢らせてたんだ」
「……へぇ、それはまた……」
「んで、ある日だ。ちょうど嬢ちゃんが座ってる、そこに──
たまたま依頼で来てた“冒険者の酒豪”が現れた」
「そんな偶然あるんですね」
「あるんだよ、これがまた。
それがまた……小さくてな、背はこれくらい。
その椅子に座っても、足がギリギリ届いてなかったくらいだ」
──酒豪、って聞いてごっつい奴想像してたけど……どうやら違うらしい。
「んで、お察しの通り──アイツ、酒豪に負けたんだよ。それが、まぁ始まりだったな」
「ほむほむ……んくっ……ん、ん……ぷはぁ! おかわりっ!」
「へいよっ! お待ち!」
「早いね!?」
「嬢ちゃん、まだまだいける口だろ? 俺には分かるんだよ、だから準備してたのさ!」
「フフッ、じゃあ遠慮なくいただきます」
──グラスを傾けながら、店長は続けた。
「それから数日後だ。“災悪の日”……《クリスタルドラゴン討伐》、知ってるだろ?」
「あ……うん……」
言えない……その“災悪”って、呼べばここに来るんだけど。
うん、たぶん黙ってた方がいい。
「もちろん、アイツも参加してた。で、これがまた面白いんだわ!」
……いや、さっきから面白さの方向がブラックすぎないか?
店長はついに俺の隣に丸イスを持ってきて座った。
話す気満々らしい。
「どうなったんですか?」
「それがよぉ──アイツ、プラチナ冒険者のくせに、上の冒険者の指示を無視して勝手にパーティー組んで突っ込んだんだ。
そんで……何もできずに、自分以外全員死んで戻ってきたのさ」
「……あ、はは……」
──いや笑えねぇって!! 重すぎるよ!!
「クリスタルドラゴン討伐が終わって数日後、アイツがここにフラッと来てな。
俺、言ってやったんだ。“いつもの威勢はどうした”って。
そしたらよぉ……泣きやがってさ! ハッハッハ! あんなゴツいやつが、グチャグチャの顔で、子供みてぇにさ!」
「………………」
ちょっ、やめて!?
隣の弟子さん絶対聞こえてるじゃん!
……しかも、ちょっと涙目じゃない!?!?
「あ、あの……そのへんにしておいた方が──」
「笑ってください」
「……え?」
まさかの、弟子さんからの言葉だった。
真剣な声、でも手は止めないまま料理を作っている。
「俺が……世間知らずだった。
俺を信じてついてきた仲間を、俺は……殺したんだ。
笑ってくれないと、俺、自分を“馬鹿だった”って思えなくなる」
「──って、ことよ。
アイツ、今でも“昔の自分”を時々思い出して、こうやって笑われようとしてんだ。
あんたが笑ってやれば、ちょっとは報われるんじゃねーかって、な」
「………………」
いやいやいやいやいやいやいや!!!無理無理無理!!
これ、笑えるやつじゃないよ!? 笑っちゃいけない空気すぎるでしょ!!
──に、にこっ。
俺は、口では笑えなかった。
でも、せめてもの気持ちで、笑顔だけは向けた。
「!!!!???、て、店長……俺は……俺は」
「ケッ……泣くんじゃねぇ、料理がしょっぱくなるぞ!」
「はい!」
え?どう言う状況?
「あんたのその全てを許す様な美しい笑顔!どんな手向けの花より美しく輝いてたぜ!」
な、なんか知らんが上手く行ったらしい。
「そ、そうですか?」
「今日の酒代は奢りだ!弟子が迷惑かけたからな、どんどん飲んでくれ!」
ほんと!?やったー!めっちゃ飲もう!
「じゃぁ__」
俺が酒を頼もうとした時、ガラガラと居酒屋のドアが開いて店の中がシーーンとなる。
俺が入ってきた時もそうだったがこの背中から伝わるプレッシャーでなんとなく誰が入ってきたか分かった。
「うん、来たようだね__エス」
「これは、何の真似だ?」
爪先から頭までフル装備のエスは鎧を鳴らしながら俺のところまで来る。
「とりあえず座ってよ、言ったでしょ?ちょっと付き合ってほしいものがあるって……まずは腹ごしらえからだね、店長!」
「あ、あいよ」
「ベルドリのパインポイン焼きをとりあえずこの人に!」
「わ、わかった!」
俺はこの季節に出てくる“とある依頼”を受けた事を話した。