《クローバー山》
「よーし、着いたぁ」
「…………」
ギルドから借りた馬車に揺られ、ようやく目的の山のふもとに到着した。
「じゃあ、ちゃっちゃとテント張っちゃおう? ほら、手伝って?」
そう言って、俺は馬車の荷台からテントの部品を引っ張り出す。
もちろん、お金に困ってるわけじゃない。けど今回は“あえて”安いものを揃えた。
──そのほうが、きっと自然に会話も生まれると思ったから。
「……」
「えーっと、これが……どうすんだろ。あれ、こっちの棒は?」
思ったより組み立てが複雑で、説明書もぐちゃぐちゃ。うう、安物買いの銭失いってやつかもしれない。
「……これはこうだ」
「あ、ほんとだ。すごい」
リンは俺の様子に痺れを切らしたのか、無言で手を伸ばし、スムーズにテントを組み上げていく。
「さっすがだね」
「……もともと俺は、ゴールドランクの冒険者だったからな。こういうのは慣れている」
「なるほどね♪」
手慣れた手つきで、リンは黙々と作業を進めていく。
「《メルキノコの採取》……この時期のメルピグって栄養たっぷり蓄えてるから、その分キノコも甘くて濃厚なんだって」
「…………」
俺はそんな風に軽い話題を挟みながら、彼の手元をちらりと見た。
「元々はクバル山でクバル草を食べてたんだけど、クリスタルドラゴン討伐で山が半壊してさ。けど、なんでかクバル草はこのクローバー山に根付いて、そっちにメルピグも移動したってワケ。だからこの依頼が復活したってわけなんだけど」
「……」
「ふふ、懐かしいよね。あのとき、初めて僕とエスが出会ったのって──この依頼だったでしょ?」
「……ああ。正確には、俺たちはヒロユキのパーティーに同行してただけだったがな」
「そうだったね」
テントが形を成し、杭を最後に打ち込むと、俺は手をパンと払った。
「よし、準備完了! じゃあ、さっそく行こっか」
「…………」
──この《メルキノコの採取》依頼は、元々ゴールドランク向け。
けれど今回は特別に、ムラサメさんの手を借りて取得してきた。あの人に頼めば、本当に何でも叶えてくれるんだなぁ……。
俺は足装備に魔力を流し込み、一気に加速して木々の間を駆け上がっていく。
「……」
思った通り、このくらいのスピードならリン──いや、エスもすぐに追いついてきてくれる。
「どういうつもりだ。今さらこんなことして」
「ん? まぁ、いいじゃない。急いでるわけじゃないし、今日はエスに、僕がどうして魔神に会おうとしてるのか……ちゃんと話しておこうかなって」
「…………どうして、俺なんだ」
「何か、悪いことでも?」
ちなみにだけど、風を切る音で会話が聞こえない──なんて事がないように、装備には《風遮断》の魔法をかけてある。ばっちり聞こえてるよ!
「他にもいるだろ。ルカとか……ムラサメとか」
「もちろん、あの二人にも、ちゃんと話す時が来たら話すつもり。でもね、いちばん最初に伝えたいと思ったのは──」
俺はその言葉の続きを飲み込み、足を止めた。
「……キウルーの群れか」
「うん、そうみたいだね」
森の獣道を駆け抜けていた俺たちの前に、突然キウルーの群れが現れた。道を塞ぐようにして、大きな魔獣の死骸に群がり、食事中だ。
「えっと……ざっと22頭くらい? 食べてるのは……草食の大型魔物、大マンモスかな」
「どうする。殺すか?」
別に遠回りもできるけど……
「ううん、ここは僕に任せて。エスはそこから見ててくれる?」
「……わかった」
俺は静かに歩みを進める。正面から、堂々と。
「ガルルルルッ! ガウッ!」
キウルーたちは俺の接近に気づき、牙を剥いて威嚇してくる。
「大丈夫……痛いのは、一瞬だから」
腰のベルトに指をかけ、魔力を流し込む。瞬間、装備からクナイが2本飛び出し、俺の手に収まる。
さらに【獣人化】で身体能力を一時的に強化。
「──そりゃっ!」
1本目のクナイを、先頭の1頭に向けて投げる。刃は浅くかすめただけだったが……
「……!」
そのキウルーは目を見開き、数歩よろめいたかと思うと、泡を吹いてその場に倒れた。
「──まだまだ、行くよっ!」
俺はクナイのお尻につけた【糸】を引き、空中で回収。手元に戻ってきた刃を握り直して、そのままキウルーの群れへと突っ込んだ。
「ガウッ! ガルルルッ!」
吠えながら飛びかかってくる群れ。だが焦らない。
俺のクナイには、アバレーの代表騎士・ムラサメさん直伝の“痺れ毒”が塗ってある。一撃入れれば、ほとんどの魔物は即行動不能にできる。
「よいしょっと!」
「キャイン!」
1頭、また1頭と、痺れてバタバタと倒れていくキウルーたち。
──そして、数十分後。
「……はい、君が最後の1匹、っと」
最後の1頭が、静かにその場に崩れ落ちた。
俺はクナイをしまいながら振り返る。
「ごめん、待たせた?」
「いや……問題ない」
「そっか、じゃあ──行こっか」
俺たちは、また何事もなかったように走り出す。
「さっきの話の続きだけど」
「ああ」
「……魔神に“魔王ロビン”を復活させてもらいに行こうと思う」
「なにっ……!?」
「それとね、魔神と……“取引”をしようと思ってる」
「相手は、魔王すら超える存在だ。そんな取引、聞く耳を持つとは思えん」
「うん、だからこそ戦闘になると思う。でも、どうしても行かなきゃいけない」
「……それで、俺をここに?」
「うん。さっきの戦闘、見てどう思った?」
「…………」
「はっきり言って?」
「──あの程度の相手に、時間をかけすぎだ。あの痺れ毒のクナイがなければ、確実に囲まれていた」
「……そうだね」
「時々お前が見せる『本気の姿』あれならまだ望みがあるかもしれないが……」
「……僕、自分の意思であの姿になれない。【目撃】の魔法みたいに、突然スイッチが入る感じなんだ」
「……なら尚更だな。さっきの動きが今の限界なら──魔神との戦いでは、生き残れないだろう」
「……ありがとう。言ってくれて」
「大丈夫だ。お前のことは、俺が守る」
「……違うよ」
俺は立ち止まり、エスに向き直る。
「“みんなで戦う”んだ。僕も、戦える力が欲しい。守られるだけの立場じゃなくて、横に並んで戦いたい」
言葉が少し詰まる。でも、思いは確かだ。
だからこそ、俺は──真正面から伝えた。
「……僕を、強くして」
「了解した」