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第447話 こんなに強くなったけど……

 《クローバー山》


 「よーし、着いたぁ」


 「…………」


 ギルドから借りた馬車に揺られ、ようやく目的の山のふもとに到着した。


 「じゃあ、ちゃっちゃとテント張っちゃおう? ほら、手伝って?」


 そう言って、俺は馬車の荷台からテントの部品を引っ張り出す。

 もちろん、お金に困ってるわけじゃない。けど今回は“あえて”安いものを揃えた。

 ──そのほうが、きっと自然に会話も生まれると思ったから。


 「……」


 「えーっと、これが……どうすんだろ。あれ、こっちの棒は?」


 思ったより組み立てが複雑で、説明書もぐちゃぐちゃ。うう、安物買いの銭失いってやつかもしれない。


 「……これはこうだ」


 「あ、ほんとだ。すごい」


 リンは俺の様子に痺れを切らしたのか、無言で手を伸ばし、スムーズにテントを組み上げていく。


 「さっすがだね」


 「……もともと俺は、ゴールドランクの冒険者だったからな。こういうのは慣れている」


 「なるほどね♪」


 手慣れた手つきで、リンは黙々と作業を進めていく。


 「《メルキノコの採取》……この時期のメルピグって栄養たっぷり蓄えてるから、その分キノコも甘くて濃厚なんだって」


 「…………」


 俺はそんな風に軽い話題を挟みながら、彼の手元をちらりと見た。


 「元々はクバル山でクバル草を食べてたんだけど、クリスタルドラゴン討伐で山が半壊してさ。けど、なんでかクバル草はこのクローバー山に根付いて、そっちにメルピグも移動したってワケ。だからこの依頼が復活したってわけなんだけど」


 「……」


 「ふふ、懐かしいよね。あのとき、初めて僕とエスが出会ったのって──この依頼だったでしょ?」


 「……ああ。正確には、俺たちはヒロユキのパーティーに同行してただけだったがな」


 「そうだったね」


 テントが形を成し、杭を最後に打ち込むと、俺は手をパンと払った。


 「よし、準備完了! じゃあ、さっそく行こっか」


 「…………」


 ──この《メルキノコの採取》依頼は、元々ゴールドランク向け。

 けれど今回は特別に、ムラサメさんの手を借りて取得してきた。あの人に頼めば、本当に何でも叶えてくれるんだなぁ……。


 俺は足装備に魔力を流し込み、一気に加速して木々の間を駆け上がっていく。


 「……」


 思った通り、このくらいのスピードならリン──いや、エスもすぐに追いついてきてくれる。


 「どういうつもりだ。今さらこんなことして」


 「ん? まぁ、いいじゃない。急いでるわけじゃないし、今日はエスに、僕がどうして魔神に会おうとしてるのか……ちゃんと話しておこうかなって」


 「…………どうして、俺なんだ」


 「何か、悪いことでも?」


 ちなみにだけど、風を切る音で会話が聞こえない──なんて事がないように、装備には《風遮断》の魔法をかけてある。ばっちり聞こえてるよ!


 「他にもいるだろ。ルカとか……ムラサメとか」


 「もちろん、あの二人にも、ちゃんと話す時が来たら話すつもり。でもね、いちばん最初に伝えたいと思ったのは──」


 俺はその言葉の続きを飲み込み、足を止めた。


 「……キウルーの群れか」


 「うん、そうみたいだね」


 森の獣道を駆け抜けていた俺たちの前に、突然キウルーの群れが現れた。道を塞ぐようにして、大きな魔獣の死骸に群がり、食事中だ。


 「えっと……ざっと22頭くらい? 食べてるのは……草食の大型魔物、大マンモスかな」


 「どうする。殺すか?」


 別に遠回りもできるけど……


 「ううん、ここは僕に任せて。エスはそこから見ててくれる?」


 「……わかった」


 俺は静かに歩みを進める。正面から、堂々と。


 「ガルルルルッ! ガウッ!」


 キウルーたちは俺の接近に気づき、牙を剥いて威嚇してくる。


 「大丈夫……痛いのは、一瞬だから」


 腰のベルトに指をかけ、魔力を流し込む。瞬間、装備からクナイが2本飛び出し、俺の手に収まる。


 さらに【獣人化】で身体能力を一時的に強化。


 「──そりゃっ!」


 1本目のクナイを、先頭の1頭に向けて投げる。刃は浅くかすめただけだったが……


 「……!」


 そのキウルーは目を見開き、数歩よろめいたかと思うと、泡を吹いてその場に倒れた。


 「──まだまだ、行くよっ!」


 俺はクナイのお尻につけた【糸】を引き、空中で回収。手元に戻ってきた刃を握り直して、そのままキウルーの群れへと突っ込んだ。


 「ガウッ! ガルルルッ!」


 吠えながら飛びかかってくる群れ。だが焦らない。


 俺のクナイには、アバレーの代表騎士・ムラサメさん直伝の“痺れ毒”が塗ってある。一撃入れれば、ほとんどの魔物は即行動不能にできる。


 「よいしょっと!」


 「キャイン!」


 1頭、また1頭と、痺れてバタバタと倒れていくキウルーたち。






 ──そして、数十分後。


 「……はい、君が最後の1匹、っと」


 最後の1頭が、静かにその場に崩れ落ちた。


 俺はクナイをしまいながら振り返る。


 「ごめん、待たせた?」


 「いや……問題ない」


 「そっか、じゃあ──行こっか」


 俺たちは、また何事もなかったように走り出す。




 「さっきの話の続きだけど」


 「ああ」


 「……魔神に“魔王ロビン”を復活させてもらいに行こうと思う」


 「なにっ……!?」


 「それとね、魔神と……“取引”をしようと思ってる」


 「相手は、魔王すら超える存在だ。そんな取引、聞く耳を持つとは思えん」


 「うん、だからこそ戦闘になると思う。でも、どうしても行かなきゃいけない」


 「……それで、俺をここに?」


 「うん。さっきの戦闘、見てどう思った?」


 「…………」


 「はっきり言って?」


 「──あの程度の相手に、時間をかけすぎだ。あの痺れ毒のクナイがなければ、確実に囲まれていた」


 「……そうだね」


 「時々お前が見せる『本気の姿』あれならまだ望みがあるかもしれないが……」


 「……僕、自分の意思であの姿になれない。【目撃】の魔法みたいに、突然スイッチが入る感じなんだ」


 「……なら尚更だな。さっきの動きが今の限界なら──魔神との戦いでは、生き残れないだろう」


 「……ありがとう。言ってくれて」


 「大丈夫だ。お前のことは、俺が守る」


 「……違うよ」


 俺は立ち止まり、エスに向き直る。


 「“みんなで戦う”んだ。僕も、戦える力が欲しい。守られるだけの立場じゃなくて、横に並んで戦いたい」


 言葉が少し詰まる。でも、思いは確かだ。


 だからこそ、俺は──真正面から伝えた。


 「……僕を、強くして」








 「了解した」















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