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第449話 戦いたくない!

 「っ!?」


 目の前に立ちはだかる黒い巨体──圧倒的な威圧感を前に、俺は反射的に武器を構えた。


 「……なるほど、これは……見世物ってわけか」


 “奴隷No.5”──そう呼ばれたこの巨人と、俺を殺し合わせる。

 そしてそれを、どこかで“誰か”が観戦している……コロシアムのような、愚劣な娯楽として。


 「──行くぞッ!」


 剣を振り上げ、全力で駆け出す。


 足装備に魔力を流しても、速度は上がらない。

 ……逃走防止の細工か。慎重なやり口だな。


 この体格差、真正面からの力比べでは絶対に勝てない。

 最悪、また【限界突破】を使うことになるかもしれない──そう覚悟を固めた、その瞬間だった。


 「ま、まつど! ひぃぃぃ……!」


 「──なっ!?」


 黒い巨人は突如、片手を俺に向けて突き出すと、尻餅をつき、怯えたように後ずさった。


 「くっ!」


 俺は咄嗟にブレーキをかけて止まる。


 「お、おでは……た、たたがうなんて……む、無理だど!」


 「……おい?」


 「ひぃぃぃ、ゆるしてど……たたがいたぐない……!」


 状況が理解できない。


 なぜ、戦うことを命じられた奴隷が、俺を恐れ、拒絶している?


 {奴隷No.5──聞こえなかったのか?}


 「む、無理だど! おでは……おではッ……!」


 {……仕方ありませんね}


 「ぐ、ぁあああああああああッ!!」


 突如、巨人が地面に倒れ込み、のたうち回り始めた。


 「なっ……おい!? やめろッ!」


 {失礼、命令を拒否したため、呪いが発動しました。……少々お待ちを}


 「いだッ! いだいどぉぉおお!!」


 巨人は苦しみながら地面を叩き、叫び、呻く。


 「くそっ……やめろって言ってんだろ!!」


 それでも、見えない“何か”が彼の命を削り続けていた。


 「──が、はっ……はぁ、はぁ……」


 ようやく呪いが収まったのか、ぐったりと力を失った巨体が沈黙する。


 {……どうです? やる気になりましたか?}


 「……い、いやだ……たたかいたぐない……!」


 {そうですか……では}


 その声と同時に、空中に大きな映像が投影される。


 「……?」


 そこに映っていたのは、1匹の──ベルドリだった。


 「……オイドン……!?」


 あの反応……間違いない。

 この獣人にとって、あのベルドリは“家族”か、“仲間”か……とにかく、大切な存在なんだ。


 {最後の警告です。今から三つ数えます。その間に、目の前の人間を殺す準備をしなさい。できなければ──あなたが救えなかった“こいつ”を、私が殺します}


 「……っ、なんて卑劣な……!」


 {お客様を待たせるな……3}


 立っていることしかできなかった。

 どんな理由があろうと、この場の“ルール”はひとつ──殺すか、殺されるか。


 「ぐ……」


 {2}


 「――あぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」


 ドスドスと地を抉りながら、黒い巨体が突進してくる。

 来る……上からか!


 「ッ!」


 咄嗟に両手で剣を振り上げ、上からの衝撃に備えた――が。


 「……?」


 拳は、寸前で止まっていた。


 「お、おでには……やっばり、できないど!」


 {はぁ……では、望み通り。コイツは処理します}


 「!? や、やめるどッ!!」


 {________!!!!!!}


 「オイドォォォォォン!! あああ……ああああああ!!」


 映し出された映像の中で、ベルドリが――

 魔法の炎に包まれ、もがき、叫び、そして……焼き尽くされた。


 「アアァァァァァァァアァアアァアア!!!」


 それは“咆哮”だった。

 巨人が叫ぶ――いや、“吠えた”。

 悲しみ、怒り、そして――狂気。


 「っ!?」


 俺の方を振り返ると同時に、拳が襲いかかる。


 「くっ!」


 咄嗟に剣でガードするも、衝撃に耐えきれず後方へ吹き飛ばされた!


 「全部……全部ぶっ壊してやる……ガアアアアアアア!!」


 「……結局、攻撃するんじゃないか!」


 ガード越しでも分かった。

 力とスピードに補助魔法がかかっている……唯一、素早さだけは無い。


 「ウホッ! ウホッ! ウホッ!!」


 連打される重たい拳。

 剣で受け流し、地を転がり、紙一重でかわす!


 おかしい……さっきまでの彼とは明らかに違う!

 あの臆病そうな態度はどこへ消えた!?


 {『獣化』――本来、獣人が持つ本能を強制的に引き出す状態です。どうやら脳まで“獣”になるようで、制御には女神様の……まぁ、詳しい話は後ほど}


 「……なるほど、そういうことか!」


 「ガァァァァアアア!!」


 {では……ごゆっくりと}


 俺は奴の攻撃をいなしながら、一瞬の隙を突いて太ももに一太刀入れる!


 「ウホッ!?」


 「悪いけど……俺にも俺の、譲れない理由があるんだ!」


 「ウガァァァァアアア!!!」


 ……さっきの様子を見れば、この獣人が“良いやつ”なのは分かっている。

 だけど俺だって、ここで死ぬわけにはいかない!








 愛してる人を救う為にも!



 僕は生きてここを出てみせる!













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