「っ!?」
目の前に立ちはだかる黒い巨体──圧倒的な威圧感を前に、俺は反射的に武器を構えた。
「……なるほど、これは……見世物ってわけか」
“奴隷No.5”──そう呼ばれたこの巨人と、俺を殺し合わせる。
そしてそれを、どこかで“誰か”が観戦している……コロシアムのような、愚劣な娯楽として。
「──行くぞッ!」
剣を振り上げ、全力で駆け出す。
足装備に魔力を流しても、速度は上がらない。
……逃走防止の細工か。慎重なやり口だな。
この体格差、真正面からの力比べでは絶対に勝てない。
最悪、また【限界突破】を使うことになるかもしれない──そう覚悟を固めた、その瞬間だった。
「ま、まつど! ひぃぃぃ……!」
「──なっ!?」
黒い巨人は突如、片手を俺に向けて突き出すと、尻餅をつき、怯えたように後ずさった。
「くっ!」
俺は咄嗟にブレーキをかけて止まる。
「お、おでは……た、たたがうなんて……む、無理だど!」
「……おい?」
「ひぃぃぃ、ゆるしてど……たたがいたぐない……!」
状況が理解できない。
なぜ、戦うことを命じられた奴隷が、俺を恐れ、拒絶している?
{奴隷No.5──聞こえなかったのか?}
「む、無理だど! おでは……おではッ……!」
{……仕方ありませんね}
「ぐ、ぁあああああああああッ!!」
突如、巨人が地面に倒れ込み、のたうち回り始めた。
「なっ……おい!? やめろッ!」
{失礼、命令を拒否したため、呪いが発動しました。……少々お待ちを}
「いだッ! いだいどぉぉおお!!」
巨人は苦しみながら地面を叩き、叫び、呻く。
「くそっ……やめろって言ってんだろ!!」
それでも、見えない“何か”が彼の命を削り続けていた。
「──が、はっ……はぁ、はぁ……」
ようやく呪いが収まったのか、ぐったりと力を失った巨体が沈黙する。
{……どうです? やる気になりましたか?}
「……い、いやだ……たたかいたぐない……!」
{そうですか……では}
その声と同時に、空中に大きな映像が投影される。
「……?」
そこに映っていたのは、1匹の──ベルドリだった。
「……オイドン……!?」
あの反応……間違いない。
この獣人にとって、あのベルドリは“家族”か、“仲間”か……とにかく、大切な存在なんだ。
{最後の警告です。今から三つ数えます。その間に、目の前の人間を殺す準備をしなさい。できなければ──あなたが救えなかった“こいつ”を、私が殺します}
「……っ、なんて卑劣な……!」
{お客様を待たせるな……3}
立っていることしかできなかった。
どんな理由があろうと、この場の“ルール”はひとつ──殺すか、殺されるか。
「ぐ……」
{2}
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
ドスドスと地を抉りながら、黒い巨体が突進してくる。
来る……上からか!
「ッ!」
咄嗟に両手で剣を振り上げ、上からの衝撃に備えた――が。
「……?」
拳は、寸前で止まっていた。
「お、おでには……やっばり、できないど!」
{はぁ……では、望み通り。コイツは処理します}
「!? や、やめるどッ!!」
{________!!!!!!}
「オイドォォォォォン!! あああ……ああああああ!!」
映し出された映像の中で、ベルドリが――
魔法の炎に包まれ、もがき、叫び、そして……焼き尽くされた。
「アアァァァァァァァアァアアァアア!!!」
それは“咆哮”だった。
巨人が叫ぶ――いや、“吠えた”。
悲しみ、怒り、そして――狂気。
「っ!?」
俺の方を振り返ると同時に、拳が襲いかかる。
「くっ!」
咄嗟に剣でガードするも、衝撃に耐えきれず後方へ吹き飛ばされた!
「全部……全部ぶっ壊してやる……ガアアアアアアア!!」
「……結局、攻撃するんじゃないか!」
ガード越しでも分かった。
力とスピードに補助魔法がかかっている……唯一、素早さだけは無い。
「ウホッ! ウホッ! ウホッ!!」
連打される重たい拳。
剣で受け流し、地を転がり、紙一重でかわす!
おかしい……さっきまでの彼とは明らかに違う!
あの臆病そうな態度はどこへ消えた!?
{『獣化』――本来、獣人が持つ本能を強制的に引き出す状態です。どうやら脳まで“獣”になるようで、制御には女神様の……まぁ、詳しい話は後ほど}
「……なるほど、そういうことか!」
「ガァァァァアアア!!」
{では……ごゆっくりと}
俺は奴の攻撃をいなしながら、一瞬の隙を突いて太ももに一太刀入れる!
「ウホッ!?」
「悪いけど……俺にも俺の、譲れない理由があるんだ!」
「ウガァァァァアアア!!!」
……さっきの様子を見れば、この獣人が“良いやつ”なのは分かっている。
だけど俺だって、ここで死ぬわけにはいかない!
愛してる人を救う為にも!
僕は生きてここを出てみせる!