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第450話 奴隷№5

 「ウホァァアッ!!」

 「はああぁっ!」


 巨体が唸りを上げ、風を切る拳が襲いかかってくる。

 ブン、ブンと重たく振られる腕を、俺はギリギリで捌いていく。


 (落ち着け……冷静に、冷静に)


 一度死にかけた経験が、皮肉にも今の冷静さに繋がっている。


 「……今だ!」


 「ウホッ!?」


 腹に剣を深く突き刺す。ぶ厚い筋肉の間から血が滲んだ。

 だが――


 「クソ……普通ならこれで倒れてるだろ」


 獣人の巨体は揺らがない。むしろ、にやりと笑うように、


 「ゴガッ……ウホッホ」


 その拳が襲い来る。避けようとした瞬間、足を――掴まれた!


 「なっ……!?」


 甘かった。こちらの動きも“読まれていた”。

 獣化しているとはいえ、相手は戦い慣れした獣人。

 俺の技術では、パワーも経験も圧倒的に足りない。


 「ぐっ!がっ……ハッ!!」


 そのまま地面に叩きつけられる。

 一度、二度、三度……呼吸もできず意識が遠のく。


 「ウガァァアアッ!!」


 その雄叫びとともに、今度は投げ飛ばされる!


 (……壁!?)


 目の前に迫る鉄格子に、俺は両腕をクロスして衝撃を受け止めた。


 「ぐうっ!」


 鉄が歪み、檻の中のベルドリたちが暴れ出す。


 「せっかく治ったのに……またボロボロだな」


 骨が軋む。内臓も痛む。だが――死ねない。


 「ウホホホホホ!!」


 遠くで、巨人が自分の胸を叩きながら、雄叫びを上げていた。

 その姿は、もはや理性を捨てた“獣”そのものだった。


 「……新しい装備も、もうボロボロか」


 だが、不思議と心は穏やかだった。


 ――あの時と同じ。だけど違う。

 “神に見捨てられた”とか言ってたけどさ……きっと、神様はもう一度、俺にチャンスをくれたんだ。


 ここで、乗り越えろと。


 「ウボァウホウホッ!」


 ズシン、ズシンと大地が震える。

 獣化した黒い巨人が四足で突進してくる。


 「……本当は良い奴なんだろうけど、そっちが本気なら容赦はしない!」


 まさか、短期間でこれを再び使うことになるなんて。


 「【限界突破】!!」


 ――ドンッ!


 魔力が爆発的に膨れ上がる。

 肉体の限界を超え、全身が火花を散らす。


 「ガァァァァァアッ!!」


 「はぁぁぁぁああああ!!」


 拳と拳が、正面から激突した!


 「ウホッ!?」


 巨人の拳が裂け、血が飛び散る。


 (……っ、力が……上がってる?)


 前よりも“限界突破”の力が強い――そんな気がした。

 理由はわからない。でも今は、それで充分!


 「ウホオォオッ!!」


 「させるか!!」


 再び突進してきた巨人の両腕を、俺はガシッと掴み止める。

 ……握力勝負か? 上等だ!!


 「ウホオオオオオオオオオ!!」


 「はあああああああああああ!!」


 ギリギリと、骨が軋む音。

 限界突破を使っていても……互角!? いや、それ以上か……!


 「……掴む力が……強ぇ!」


 圧倒される……押し込まれる……!


 脳裏に浮かぶのは――35番さんの、あの笑顔。


 (……俺は、あの笑顔に、ふさわしい男になる!)


 「俺は……その笑顔に見合う……男になるんだ!!」


 「ウホッ!?」


 全身の奥底から、熱い力が湧き上がる!


 「今ここで……君を真正面から!堂々と倒さなきゃいけないんだあああああああ!!!」


 「ウ、ウホ!?」


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああ!!!!」


 ――バキバキッ!


 拳がぶつかり合った瞬間、相手の腕から骨が砕ける音が響く!


 「これが……35番さんを思う、愛の力だぁああああああああっ!!」


 「!?」


 「……35番、だど……?」


 巨人の顔に一瞬、戸惑いが走る。


 「はぁぁぁっ!!」


 俺は迷いなく、その隙に腕を引きちぎるように振りほどき――


 「――ッ!!」


 相手の顎に全力の拳を叩き込んだ。


 ゴンッ!!


 巨体がガクリと崩れ落ちる。


 「はぁ……はぁ……」


 静寂が訪れた。


 {お見事です!}


 どこからか、乾いた拍手が響く。

 皮肉な声だが、俺はもうそれに構っていられなかった。


 「……勝った……生き延びた……!」



 だが__殺していない。



 {どうしました? まさか、殺せないなどと――}


 「…………」


 俺は黙って、落ちていた剣を拾う。


 そして、気絶した巨人へと歩いていく。


 {……それでいいんです。殺して、終わらせなさい。}


 剣を振りかぶる。


 「……っ!」


 その時――


 巨人の手が、俺の足を掴んだ!


 (しまった……起きるのが早――!?)


 だが、動きはない。

 その顔は、うつむいたまま、震えていた。


 「……35番を……知ってる、ど……?」


 ――それは、誰にも届かないほどの、かすかな声。


 だけど、俺には――確かに聞こえた。




 「……知ってる。

  ――あの人は、俺が生きる意味だ」




 「……そう、が……」




 「っ!?」




 {……早くしないから、そうなるのです}




 突然、巨人の大きな手が俺の首を掴み、締め上げてくる!




 「くっ……この……!」




 「ここまで、しが……できない……!」




 「!?」




 「おでは……よわいがら……相手を、ごろすごどが……でぎない……!」




 ――ゆっくりと、首を掴んでいた手の力が抜けていく。


 そして代わりに、そっと俺の肩へと添えられた。




 「……だけど、これじゃ……だめなんだ……!

  なにも、守れない!」




 ――大粒の涙をこぼしながら、巨人は俺の手に握られた剣を、自らの喉元へと導く。




 「お……おまえ……!」




 「さっぎのごどばが……本当なら……

  ここで、おでを……殺していげ……!」




 「な、なにを……!」




 「お前は……おでと、同じだ……!

  わがっでる……だけど、にんげんをごろすのを……ためらう!」




 「……っ!」




 「だがら……お前に、すべでを賭けるんだ!」




 「っ……!」




 「ここで――弱い自分を、捨てでいげ!」




 「……っ!」




 「おでが……お前のすべでの罪を、背負う!

  だがら……つよぐなっで……!」




 「………………」




 「――35番を……守ってくれ!!!」








 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」





 ____気がつくと、俺の手は、黒い巨人の首を――突き刺していた。


 「……あ、が……ど……う……」


 ――嗚呼、礼を言うのは……僕の方だ。


 君が、俺を……強くしてくれたんだ。


 ありがとう。










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