《グリード王国 クインズタウン》
「…………」
私は、何者なのだろうか。
「記憶喪失、というわけではないな」
私の名前は《ミカ》。
生まれた場所も、家族も、学校での思い出も、すべてを覚えている。
私が気がついた時には、クインズタウンの入り口にひとりで立っていた。
それでも不安や恐れはなかった。ただ、“ちょっとした物忘れ”をしただけのような感覚だった。
「家は綺麗……長らく放置されていた様子もない」
私はそのまま、自分の家に帰った。
いつものようにコーヒーを淹れ、
いつものように右から二番目のピンクのカップを手に取り、
いつものように《魔法研究書庫》から一冊の本を選んだ。
──だが、その本には、私にしか解読できない“暗号”が隠されていた。
『やぁ。君がこれを読んでいるということは、“ある記憶”を失っている可能性がある』
……書かれていた文字に、私は静かに目を細める。
『この文章を書いているのは、記憶を失う前の私。
証拠として言おう。今、君はコーヒーを淹れ、右から二番目のピンクのカップで飲み、この本を読んでいるはずだ』
「……なるほど、それなら間違いなく私自身だな」
自分の習慣を前提にした認証。未来の自分にしか伝わらない手口だ。
『君が失っている“ある記憶”を取り戻したければ──
君の“目”に埋め込まれているチップを取り出すことだ』
そこで、文章は終わっていた。
「目のチップ、か。視力が落ちていた理由がようやくわかった」
私は、かつて自分の身体を実験台にしたのだろう。
ならば、その記録の内容も、だいたい察しがつく。
「この私が“目”を通して記録するなら……」
私は手に持った本のタイトルを確認する。
「……【記録映像】やはり、そういうことか」
現在の魔法技術では、映像の記録は極めて困難。
莫大な魔力を必要とするうえ、魔皮紙に刻む魔法陣の改良は繊細で、少しの失敗がすべてを無に帰す。
「なるほど……目のチップ、ね」
だが、記憶をなくす前の私は──“目のチップ”と、はっきり書いていた。
フフッ……!
「確かに、盲点だった! そういうことか!」
昔から私は魔法が好きだった。
掘れば掘るほど現れる未知の理論と法則、そして、無限の可能性!
──魔法の可能性は、無限。
それこそが、私の座右の銘だ。
「分析するに、私が手をつけたのは……視神経」
そこに、チップを埋め込んだのだろう。
察するに、相当な腕の医者が協力していたに違いない。視力は落ちているが、視覚は確かに機能している。
問題は──取り出し方だ。
「……だが、昔の私はきっと、この状況を想定していた」
心の奥から湧き上がる、“知りたい”という好奇心。
このチップには、私の想像すら超える情報が詰まっているはず!
ああ、見たい!知りたい!
いますぐ確認したい!
「医者に頼む時間すら……惜しい!」
それに、誰かに見られたらどうする?
これは“私だけの記録”だ。知識は、他人の手には渡さない!
「あぁ……分かったよ、昔の私。そういうことだったのね」
私は机の上を整え、手を魔法で消毒し、片目に麻酔を打ち込む。
そして__
「──魔法の可能性は、無限!」
私は、己の手で片目をえぐり、血まみれのチップを取り出した。
「さぁ……見せてもらおうじゃない、私が何者なのかを!」
出血の止まらない眼窩を治癒の魔皮紙で押さえながら、私は狂おしいほどの高揚のなかで――笑った。