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第453話 マッドサイエンティスト

 《グリード王国 クインズタウン》


 「…………」


 私は、何者なのだろうか。


 「記憶喪失、というわけではないな」


 私の名前は《ミカ》。

 生まれた場所も、家族も、学校での思い出も、すべてを覚えている。


 私が気がついた時には、クインズタウンの入り口にひとりで立っていた。

 それでも不安や恐れはなかった。ただ、“ちょっとした物忘れ”をしただけのような感覚だった。


 「家は綺麗……長らく放置されていた様子もない」


 私はそのまま、自分の家に帰った。

 いつものようにコーヒーを淹れ、

 いつものように右から二番目のピンクのカップを手に取り、

 いつものように《魔法研究書庫》から一冊の本を選んだ。


 ──だが、その本には、私にしか解読できない“暗号”が隠されていた。


 『やぁ。君がこれを読んでいるということは、“ある記憶”を失っている可能性がある』


 ……書かれていた文字に、私は静かに目を細める。


 『この文章を書いているのは、記憶を失う前の私。

 証拠として言おう。今、君はコーヒーを淹れ、右から二番目のピンクのカップで飲み、この本を読んでいるはずだ』


 「……なるほど、それなら間違いなく私自身だな」


 自分の習慣を前提にした認証。未来の自分にしか伝わらない手口だ。


 『君が失っている“ある記憶”を取り戻したければ──

 君の“目”に埋め込まれているチップを取り出すことだ』


 そこで、文章は終わっていた。


 「目のチップ、か。視力が落ちていた理由がようやくわかった」


 私は、かつて自分の身体を実験台にしたのだろう。

 ならば、その記録の内容も、だいたい察しがつく。


 「この私が“目”を通して記録するなら……」


 私は手に持った本のタイトルを確認する。


 「……【記録映像】やはり、そういうことか」


 現在の魔法技術では、映像の記録は極めて困難。

 莫大な魔力を必要とするうえ、魔皮紙に刻む魔法陣の改良は繊細で、少しの失敗がすべてを無に帰す。


 「なるほど……目のチップ、ね」


 だが、記憶をなくす前の私は──“目のチップ”と、はっきり書いていた。

 フフッ……!


 「確かに、盲点だった! そういうことか!」


 昔から私は魔法が好きだった。

 掘れば掘るほど現れる未知の理論と法則、そして、無限の可能性!


 ──魔法の可能性は、無限。


 それこそが、私の座右の銘だ。


 「分析するに、私が手をつけたのは……視神経」


 そこに、チップを埋め込んだのだろう。

 察するに、相当な腕の医者が協力していたに違いない。視力は落ちているが、視覚は確かに機能している。


 問題は──取り出し方だ。


 「……だが、昔の私はきっと、この状況を想定していた」


 心の奥から湧き上がる、“知りたい”という好奇心。

 このチップには、私の想像すら超える情報が詰まっているはず!


 ああ、見たい!知りたい!

 いますぐ確認したい!


 「医者に頼む時間すら……惜しい!」


 それに、誰かに見られたらどうする?

 これは“私だけの記録”だ。知識は、他人の手には渡さない!


 「あぁ……分かったよ、昔の私。そういうことだったのね」


 私は机の上を整え、手を魔法で消毒し、片目に麻酔を打ち込む。


 そして__


 「──魔法の可能性は、無限!」


 私は、己の手で片目をえぐり、血まみれのチップを取り出した。


 「さぁ……見せてもらおうじゃない、私が何者なのかを!」


 出血の止まらない眼窩を治癒の魔皮紙で押さえながら、私は狂おしいほどの高揚のなかで――笑った。



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