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第454話 魅了された出来事

 チップに魔力を流すと、淡く輝く光が浮かび上がり――

 次の瞬間、壁に記録映像が映し出された。


 そこに映っていたのは、白い長髪のツインテールに真紅の瞳、そして白衣姿の自分。

 おそらく、鏡越しに記録していたのだろう。


 「……ほう、うまく撮れてるじゃないか」


 {記録、1日目。

 ついに私は、“簡易的に記録を残す魔法”の開発に成功した。

 せっかくの記録だ、このまま作り方を映像に残し、全資料は抹消するつもりだ。

 ――なに、成功していればこの記録が残るし、失敗していれば、失敗作の手順など不要。合理的だろう?}


 映像の中の“私”は、どこか得意げに笑いながら、“私の記憶にはない場所”でチップの成分、構造、魔法陣の応用例まで事細かに解説していた。


 「なるほど……こういう時のための記録でもあるわけか」


 説明を終えた後、“私”はその場で魔法資料をすべて焼却していた。

 これで第三者が情報を得ることはない。記録だけが“実験の証拠”として残り、他の痕跡はゼロになる。


 ――まったく、独占欲の強さは昔も今も変わらないらしい。


 それから、記録は“私の一日の行動”を淡々と映し続けた。


 「……切り出し方は、今後の課題ね。目に映ったものすべてが自動で記録されているせいで、トイレや無関係な移動シーンまでしっかり映っている。便利ではあるけれど……不要なものが多すぎるわ」


 さすがに就寝中は記録が止まっており、再生には“飛ばし”や“見直し”“一時停止”といった操作が可能だったのは救いだった。


 「……これは、長丁場になりそうね」


 仮に私が一日十六時間起きていたとすれば、その分すべてを見返さねばならないということだ。

 まぁ、特に異常のない日は早送りで流してしまえばいいだろう。




 ――そして、映像を見続けるうちに、“失われた私自身”の姿が少しずつ見えてきた。


 「私は、グリード城に籍を置く“魔法研究技術者”……あらゆる研究材料が揃う環境の中、自由に、そして夢中で魔法の研究に没頭していた……」


 今の私の日常とはまるで正反対。

 目を輝かせながら未知の魔法に挑み、次々と成果を上げていく――映像の中の“私”は、間違いなく“魔法を愛する者”そのものだった。


 「……こんなにも充実していた記憶を、なぜ私は失ったのか」


 その答えは、いずれ明らかになるだろう。

 すべてを記録した“過去の私”がいるのだから。


 「……【勇者召喚】」


 この魔法は、禁忌指定されているどころか――そもそも発動条件が極めて厳しい。



 この情報が他国に漏れれば、グリード王国は終わりだ。

 国家の体裁など保てはしない。


 残念ながら私たち技術者は、勇者召喚そのものには立ち会えなかった。

 召喚された者が使う装備を完成させるため、全員が昼夜を問わず作業に追われていたからだ。


 だが、どうしても“勇者”という存在に私は惹かれていたのだろう。

 自分の記憶にはなかったが――全ての装備に、秘密裏に“監視映像機能”を仕込んでいた。


 「フフ……他の技術者の目を盗んで組み込んでいるのが、いかにも私らしい……まぁ、自分の目だからこそ気づけるのだけど」


 記録に映し出されたのは、次々と装備に組み込まれていく高性能魔法。

 魔力補助、身体能力強化、損傷の自動修復……この装備さえあれば、私でさえ超人になれるはずだ。


 「……しかし、なぜここまで“戦闘特化”しているのか……」


 私たちは“なぜ勇者を召喚するのか”を知らされていなかった。

 童話的に解釈するなら、“魔王を倒すため”とでも言うのだろうが――


 「少なくとも、城内からはそんな緊迫感……なかった」


 となれば、王国議会で何かあったか……



 さらに映像を見続けていると――


 {「大変だ!勇者の中に、女がいたらしい!」}


 記録の中の研究所が、急に慌ただしさを増していた。

 当初、私たちが用意していた装備は、男用3着のみ。

 当然だ。召喚対象は“男性”のはずだった。魔法陣は私たちが直接書き上げ、検証も済ませていた。


 「……完璧だったはず。どうして“女勇者”なんてものが生まれた?」


 私は、“災の女勇者”の存在そのものよりも、それが召喚されてしまったという事実の方に、強く疑問を覚えた。


 「まさか、本当に……【神】が?」


 神が介入してきたとしか思えないような、論理を逸脱した現象。

 とはいえ、どうやら女勇者は殺されず、気絶した状態で確保されているらしい。

 その間に、残る一着の装備が急ピッチで“女性用”へと改造されていった。


 ……そんな混乱のさなかでも、私は興味を捨てきれなかったらしい。

 召喚された勇者のうちの一人――《リュウト》という青年に目をつけ、装備に仕込んだ監視映像を個人的に追っていた。


 {「まずは《リュウト》という青年から。フフ……そろそろ私たちの装備の性能に驚いているはず」}


 過去の私は、上機嫌に映像を再生する。


 だが――


 {「!?!?」}

 「……!?」


 思わず今の私も、当時の自分とまったく同じ反応をしてしまった。

 ……それも、無理はない。


 だって――あの装備は、魔力を流せば、どんな凡人でも“超人”になれるはずなのに。


 それなのに――


 「なぜ……脱いでる? しかも、よりによって市販の……!」


 映像の中で、リュウトはわざわざ自らの意思で、支給された最高性能の装備を脱ぎ捨て、

 クインズでよく見るような格安防具に着替えていた。


 ……あり得ない。


 確かに、あの装備は市販品としては上出来だ。だが、私たちが“城”で作り上げたものと比べれば――

 天と地ほどの差がある。機能性で言えば、100のうち20も出せていない。

 それを、よりによって、わざわざ……!


 怒りがこみ上げてくる。


 映像越しに、リュウトはどこか楽しげに言い放った。


 {「いや〜、さすが異世界の防具! 初めて着たけど重たいぜ」}


 ――ブチッ。


 次の瞬間、映像が強制的に切断された。

 ……恐らく、過去の私が、怒りに任せて魔力を遮断したのだろう。


 あれほどの労力と魔力と技術を注ぎ込んだ装備が、そんな軽口ひとつで蔑ろにされるなんて――

 怒るなという方が無理な話だ。


 {アイツはダメだ……ヒロユキという少年を見よう}


 過去の私は、早々にリュウトを見限り、次なる観察対象としてヒロユキに注目する。


 {ふむ……城からの使いがヒロユキのもとへ? あんな若さで? 相当な才能か……そういう人材は、私が見逃すはずがないのだが……まあ、最近は研究で忙しかったからな}


 だが、こちらも同じだった。


 {「ヒロユキさん!そんな装備に頼ってちゃ強くなれません!早く脱いで、買ってきた安いやつを使ってください!」}


 {……私たちの作ってきた意味!}

 「私たちの作ってきた意味!!」


 なんなんだコイツらは!? 強くなるとかならないとか、その前に一度くらいは試してから言え!

 せめて……感謝の一言くらい、あってもいいだろう……!


 「はぁ……」


 呆れと苛立ちを抱えながら、過去の私は映像を切ろうとする――その時だった。


 {「ヒロユキさんと私のラブラブ生活は覗かせませんよ、ミカさん」}


 {………………え?}


 ――!?


 何だ? 今のは……

 “ユキ”と名乗ったその人物は、あろうことか監視映像に直接干渉し、“あちら側から”映像を切ったのだ。


 私の監視魔法は独自開発されたものだ。

 切断方法すら、私しか知らないはずなのに……!


 「……会ったことがあるのか? いや、ない……この反応は、明らかに初見……」


 なのに、なぜ私の名を?

 なぜ魔法の仕様を把握している?

 ……何者なんだ、彼女は?


 ――そして、それ以来。

 ヒロユキの映像が表示されることは、二度となかった。


 ……不思議と、興味は勇者から“彼女”へと向けられていた。


 過去の私も、きっと同じだ。


 最後の勇者装備の調整は進んでいたが――

 その手はどこか、心ここにあらずといった様子だった。













 だが――




 それすらも、どうでもよくなるほどの出来事が起きた。




 {「これ、着るの……? 仕方ないか……」}




 {…………}

 「…………」


 過去の私も、今の私も、同じように言葉を失って映像に見入る。


 そこに映っていたのは――

 一人の、美しい女性。


 「……美しい」


 魔法以外に、心を奪われたのは初めてだった。

 この感情が“恋”というものなら――たぶん、そうなのだろう。




 私は、その女性――【アオイ】から

 目を離すことができなくなっていた。







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