チップに魔力を流すと、淡く輝く光が浮かび上がり――
次の瞬間、壁に記録映像が映し出された。
そこに映っていたのは、白い長髪のツインテールに真紅の瞳、そして白衣姿の自分。
おそらく、鏡越しに記録していたのだろう。
「……ほう、うまく撮れてるじゃないか」
{記録、1日目。
ついに私は、“簡易的に記録を残す魔法”の開発に成功した。
せっかくの記録だ、このまま作り方を映像に残し、全資料は抹消するつもりだ。
――なに、成功していればこの記録が残るし、失敗していれば、失敗作の手順など不要。合理的だろう?}
映像の中の“私”は、どこか得意げに笑いながら、“私の記憶にはない場所”でチップの成分、構造、魔法陣の応用例まで事細かに解説していた。
「なるほど……こういう時のための記録でもあるわけか」
説明を終えた後、“私”はその場で魔法資料をすべて焼却していた。
これで第三者が情報を得ることはない。記録だけが“実験の証拠”として残り、他の痕跡はゼロになる。
――まったく、独占欲の強さは昔も今も変わらないらしい。
それから、記録は“私の一日の行動”を淡々と映し続けた。
「……切り出し方は、今後の課題ね。目に映ったものすべてが自動で記録されているせいで、トイレや無関係な移動シーンまでしっかり映っている。便利ではあるけれど……不要なものが多すぎるわ」
さすがに就寝中は記録が止まっており、再生には“飛ばし”や“見直し”“一時停止”といった操作が可能だったのは救いだった。
「……これは、長丁場になりそうね」
仮に私が一日十六時間起きていたとすれば、その分すべてを見返さねばならないということだ。
まぁ、特に異常のない日は早送りで流してしまえばいいだろう。
――そして、映像を見続けるうちに、“失われた私自身”の姿が少しずつ見えてきた。
「私は、グリード城に籍を置く“魔法研究技術者”……あらゆる研究材料が揃う環境の中、自由に、そして夢中で魔法の研究に没頭していた……」
今の私の日常とはまるで正反対。
目を輝かせながら未知の魔法に挑み、次々と成果を上げていく――映像の中の“私”は、間違いなく“魔法を愛する者”そのものだった。
「……こんなにも充実していた記憶を、なぜ私は失ったのか」
その答えは、いずれ明らかになるだろう。
すべてを記録した“過去の私”がいるのだから。
「……【勇者召喚】」
この魔法は、禁忌指定されているどころか――そもそも発動条件が極めて厳しい。
この情報が他国に漏れれば、グリード王国は終わりだ。
国家の体裁など保てはしない。
残念ながら私たち技術者は、勇者召喚そのものには立ち会えなかった。
召喚された者が使う装備を完成させるため、全員が昼夜を問わず作業に追われていたからだ。
だが、どうしても“勇者”という存在に私は惹かれていたのだろう。
自分の記憶にはなかったが――全ての装備に、秘密裏に“監視映像機能”を仕込んでいた。
「フフ……他の技術者の目を盗んで組み込んでいるのが、いかにも私らしい……まぁ、自分の目だからこそ気づけるのだけど」
記録に映し出されたのは、次々と装備に組み込まれていく高性能魔法。
魔力補助、身体能力強化、損傷の自動修復……この装備さえあれば、私でさえ超人になれるはずだ。
「……しかし、なぜここまで“戦闘特化”しているのか……」
私たちは“なぜ勇者を召喚するのか”を知らされていなかった。
童話的に解釈するなら、“魔王を倒すため”とでも言うのだろうが――
「少なくとも、城内からはそんな緊迫感……なかった」
となれば、王国議会で何かあったか……
さらに映像を見続けていると――
{「大変だ!勇者の中に、女がいたらしい!」}
記録の中の研究所が、急に慌ただしさを増していた。
当初、私たちが用意していた装備は、男用3着のみ。
当然だ。召喚対象は“男性”のはずだった。魔法陣は私たちが直接書き上げ、検証も済ませていた。
「……完璧だったはず。どうして“女勇者”なんてものが生まれた?」
私は、“災の女勇者”の存在そのものよりも、それが召喚されてしまったという事実の方に、強く疑問を覚えた。
「まさか、本当に……【神】が?」
神が介入してきたとしか思えないような、論理を逸脱した現象。
とはいえ、どうやら女勇者は殺されず、気絶した状態で確保されているらしい。
その間に、残る一着の装備が急ピッチで“女性用”へと改造されていった。
……そんな混乱のさなかでも、私は興味を捨てきれなかったらしい。
召喚された勇者のうちの一人――《リュウト》という青年に目をつけ、装備に仕込んだ監視映像を個人的に追っていた。
{「まずは《リュウト》という青年から。フフ……そろそろ私たちの装備の性能に驚いているはず」}
過去の私は、上機嫌に映像を再生する。
だが――
{「!?!?」}
「……!?」
思わず今の私も、当時の自分とまったく同じ反応をしてしまった。
……それも、無理はない。
だって――あの装備は、魔力を流せば、どんな凡人でも“超人”になれるはずなのに。
それなのに――
「なぜ……脱いでる? しかも、よりによって市販の……!」
映像の中で、リュウトはわざわざ自らの意思で、支給された最高性能の装備を脱ぎ捨て、
クインズでよく見るような格安防具に着替えていた。
……あり得ない。
確かに、あの装備は市販品としては上出来だ。だが、私たちが“城”で作り上げたものと比べれば――
天と地ほどの差がある。機能性で言えば、100のうち20も出せていない。
それを、よりによって、わざわざ……!
怒りがこみ上げてくる。
映像越しに、リュウトはどこか楽しげに言い放った。
{「いや〜、さすが異世界の防具! 初めて着たけど重たいぜ」}
――ブチッ。
次の瞬間、映像が強制的に切断された。
……恐らく、過去の私が、怒りに任せて魔力を遮断したのだろう。
あれほどの労力と魔力と技術を注ぎ込んだ装備が、そんな軽口ひとつで蔑ろにされるなんて――
怒るなという方が無理な話だ。
{アイツはダメだ……ヒロユキという少年を見よう}
過去の私は、早々にリュウトを見限り、次なる観察対象としてヒロユキに注目する。
{ふむ……城からの使いがヒロユキのもとへ? あんな若さで? 相当な才能か……そういう人材は、私が見逃すはずがないのだが……まあ、最近は研究で忙しかったからな}
だが、こちらも同じだった。
{「ヒロユキさん!そんな装備に頼ってちゃ強くなれません!早く脱いで、買ってきた安いやつを使ってください!」}
{……私たちの作ってきた意味!}
「私たちの作ってきた意味!!」
なんなんだコイツらは!? 強くなるとかならないとか、その前に一度くらいは試してから言え!
せめて……感謝の一言くらい、あってもいいだろう……!
「はぁ……」
呆れと苛立ちを抱えながら、過去の私は映像を切ろうとする――その時だった。
{「ヒロユキさんと私のラブラブ生活は覗かせませんよ、ミカさん」}
{………………え?}
――!?
何だ? 今のは……
“ユキ”と名乗ったその人物は、あろうことか監視映像に直接干渉し、“あちら側から”映像を切ったのだ。
私の監視魔法は独自開発されたものだ。
切断方法すら、私しか知らないはずなのに……!
「……会ったことがあるのか? いや、ない……この反応は、明らかに初見……」
なのに、なぜ私の名を?
なぜ魔法の仕様を把握している?
……何者なんだ、彼女は?
――そして、それ以来。
ヒロユキの映像が表示されることは、二度となかった。
……不思議と、興味は勇者から“彼女”へと向けられていた。
過去の私も、きっと同じだ。
最後の勇者装備の調整は進んでいたが――
その手はどこか、心ここにあらずといった様子だった。
だが――
それすらも、どうでもよくなるほどの出来事が起きた。
{「これ、着るの……? 仕方ないか……」}
{…………}
「…………」
過去の私も、今の私も、同じように言葉を失って映像に見入る。
そこに映っていたのは――
一人の、美しい女性。
「……美しい」
魔法以外に、心を奪われたのは初めてだった。
この感情が“恋”というものなら――たぶん、そうなのだろう。
私は、その女性――【アオイ】から
目を離すことができなくなっていた。