《21:00》
ジュワァッ……という美味しそうな音に目を覚ます。
「……」
師範が気がつくと、そこは静かな部屋の中。柔らかいベッドには、どこか魂まで安心する香りが漂っている。(アオイの体臭)
目線を向けると、部屋の奥。仕切りもない簡素な空間のキッチンで、アオイが背を向けて料理をしていた。
どうやら調理に集中していて、こちらにはまだ気づいていないようだ。
「…………」
しばしその後ろ姿を見ていると──アオイがくるりと振り返った。
「起きましたか、師匠!」
「……あ、あぁ」
「ちょうど今、全部できたところなんですよ」
ベッド脇のテーブルには、香ばしい香りを漂わせる肉料理がずらりと並べられていた。
そしてアオイは、揚げたての皿を最後に置く。
「これは……儂の弟子がよく作っていた“唐揚げ”に似ておるが……」
狐色に揚がったそれを不思議そうに見つめながら、師範が尋ねる。
「えーっと……トンカツ、じゃないか……《ピグカツ》って言って、メルピグのお肉を揚げた料理です!」
「ほほう?」
「師匠、どうぞ!」
アオイは椅子を丁寧に引き、師範を座らせる。そして自分も、そっと対面に腰を下ろした。
「アオイ──」
「ちょっと待ってください、師匠。何か言う前に……これを」
アオイがどこからか取り出したのは、年季の入った酒瓶。そして、小さなお猪口を二つ。
「これは……」
「知ってますか? けっこうマニアックなお酒で、見つけるの大変だったんですよ」
「……なぜ、それを探そうと?」
「うーん……理由はですね……昔、この辺りに住んでた方に、お世話になったことがあって……その人から、初めてもらったお酒がこれだったんです」
「……………そいつは、今……どうしておる?」
「………」
アオイは答えず、少しだけ目を伏せた。
「そうか……」
師範は静かに頷くと、アオイの前に置かれたお猪口をそっと取る。
「──一杯、もらおうかの」
「はいっ!」
お互いの器に酒を注ぎ合う。
「……かんぱいです」
「かんぱいじゃな」
ふたりは言葉少なに、お猪口の中を飲み干した。