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第469話 多くは語らず、親友へ乾杯

 《21:00》


 ジュワァッ……という美味しそうな音に目を覚ます。


 「……」


 師範が気がつくと、そこは静かな部屋の中。柔らかいベッドには、どこか魂まで安心する香りが漂っている。(アオイの体臭)


 目線を向けると、部屋の奥。仕切りもない簡素な空間のキッチンで、アオイが背を向けて料理をしていた。

 どうやら調理に集中していて、こちらにはまだ気づいていないようだ。


 「…………」


 しばしその後ろ姿を見ていると──アオイがくるりと振り返った。


 「起きましたか、師匠!」


 「……あ、あぁ」


 「ちょうど今、全部できたところなんですよ」


 ベッド脇のテーブルには、香ばしい香りを漂わせる肉料理がずらりと並べられていた。

 そしてアオイは、揚げたての皿を最後に置く。


 「これは……儂の弟子がよく作っていた“唐揚げ”に似ておるが……」


 狐色に揚がったそれを不思議そうに見つめながら、師範が尋ねる。


 「えーっと……トンカツ、じゃないか……《ピグカツ》って言って、メルピグのお肉を揚げた料理です!」


 「ほほう?」


 「師匠、どうぞ!」


 アオイは椅子を丁寧に引き、師範を座らせる。そして自分も、そっと対面に腰を下ろした。


 「アオイ──」


 「ちょっと待ってください、師匠。何か言う前に……これを」


 アオイがどこからか取り出したのは、年季の入った酒瓶。そして、小さなお猪口を二つ。


 「これは……」


 「知ってますか? けっこうマニアックなお酒で、見つけるの大変だったんですよ」


 「……なぜ、それを探そうと?」


 「うーん……理由はですね……昔、この辺りに住んでた方に、お世話になったことがあって……その人から、初めてもらったお酒がこれだったんです」


 「……………そいつは、今……どうしておる?」


 「………」


 アオイは答えず、少しだけ目を伏せた。


 「そうか……」


 師範は静かに頷くと、アオイの前に置かれたお猪口をそっと取る。


 「──一杯、もらおうかの」


 「はいっ!」


 お互いの器に酒を注ぎ合う。


 「……かんぱいです」


 「かんぱいじゃな」


 ふたりは言葉少なに、お猪口の中を飲み干した。




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