「儂は気絶していたのか?」
「はい、ごめんなさい、クナイの方も前と違って新しくなってて……まさか師匠が2日寝込むとは思わなかったです」
「ふむ、儂も数々の毒をくらってきて鍛えられてるはずだが、ここまで強力だとはな」
「あ、はは……それと、もうひとつ」
アオイはお酒を飲みながら話を続ける。
「?」
「さっきの紋章を知ってるかどうのってどういう事ですか?」
「ふむ、これか」
師範の手の甲に紋章が浮かぶ。
「はい、何か懐かしいような……」
「懐かしい?」
「いえ、自分でも変なこと言ってると思ってるんですが、そんな感じがするんです」
「ホッホッホ……これも運命なのかもしれぬの、教える前に聞きたいことがある」
「はい?」
師範もお酒を1杯飲み、口を潤す。
「アオイ、正義とは何だと思う?」
「え?」
「……」
アオイは聞き直してしまったが、師範は黙ってアオイの目をじっとみる。
「…………そうですね、僕が思うに正義とは……」
「“心に決めた道”だと思います」
「ほう?」
「正義に答えなんてないと思います、例えば、この山に居るアヤカシの【団子蜘蛛】が罠をはっててそこに【丸鉢蝶々】がかかってるのを見て蝶々を助ける人が居るとしたら、団子蜘蛛の方が可哀想だと言う人が居ます……お互いに間違っていないと思うんです僕は」
「それぞれが決めた道を歩いてる結果だと?」
「そうです、どっちも間違っていないからそこで喧嘩が起こる」
「お主はどうするんじゃ?」
「そうですね……時と場合によりますが相手の主張に合わせる事が多いです、だけど」
「だけど?」
「絶対に譲れないなら土下座してでも通します……全力を出してダメならキッパリと諦めます」
「…………」
「……師匠?」
アオイが静かに呼びかけると、師範は目を閉じ、しばし何かを考え込むように黙り込む。
そして次の瞬間──
「ぐわっはっはっはっはっはっはっは!」
目をカッと見開き、豪快に笑い出した。
「え!? し、師匠!?」
「はっはっはっはっ……げほっ、げほっ……がっ、がはっ!」
「む、むせてるじゃないですか!?ほらっ、水……じゃなくて、お酒しかないけどっ」
アオイは慌てて師範のお猪口に再び酒を注ぎ、そのまま差し出す。
「んぐっ……ぷはっ……! あぁ、効くな……ふはは……まさか、こんなガキに“答え”を教えられるとはな」
「ガ、ガキ!?」
「“正義とは何か”儂はそれを何百年も探していた」
「……何百年も……?」
「うむ。だがな、そりゃ見つかるはずがないわ……正義は“誰か1人”の中にあるものではない。人間、魔族、その一人一人の数だけ“正義”はある……それを教えてくれたのは、お前じゃ」
「……!? ま、魔族のことを、どうして……」
「儂も……魔族じゃよ」
「え……!?」
アオイがぽかんと目を見開いたまま固まっていると、師範はゆっくりと手を差し出した。
「アオイ……手を、出してみい」
「……は、はい」
アオイは右手を差し出すが──
「グローブは……外せ」
「あ、はいっ」
言われた瞬間、アオイの装備は“宝石の状態”へと戻り、シュルッとパージ。結果、パンティー一丁になった。
アオイは左手で胸を隠す。
「…………なぜ裸になるのだ」
「すいません、この装備、部分的な解除できなくて……」
「……まぁ、いい」
少し困ったような顔をしつつも、師範はアオイの右手をそっと取って目を閉じた。
「………………」
「…………」
やがて、師範が低く、力強く呟く。
「お前の……正義を、信じておる」
その瞬間、アオイの手の甲にある紋章が強く光を放ち、師範の掌からその光が流れ込む。
──師範の“記憶”が、アオイの中へと注がれていく。
「ま、まさか……師匠が……」
光が消えると同時に、紋章は完全にアオイへと移り、師範はぐったりと汗を流していた。
「師匠っ!」
「……だいじょうぶじゃ……少し……休めば……よい……」
師範は苦しげな呼吸を整えながら、それでも微笑む。
「……お前には、もう分かっておろう。どこへ行けばいいか……」
アオイは静かに頷いた。
──紋章が“導く先”を、確かに感じ取っていた。
「紋章は……その者によって、宿す“力”が変わる。お前の力は……」
そこまで言いかけたところで──
「……っ!」
師範が気づくと、いつの間にかアオイの姿はそこになかった。
代わりに、テーブルの上にあった料理は綺麗に片付けられ、お茶とコップが置かれている。
「……『神速』か」
呟きとともに、師範は静かに目を閉じた。
そして______
「疾風参上!」
《六英雄》アオイが誕生した。