「新しく《六英雄》の一員になりました、『女神』のアオイです。よろしくお願いしますっ♪」
アオイが笑顔で名乗った瞬間──その場の空気がピンと張り詰めた。
「……大将、お膳立てはしておいたぜ、おい」
「え?」
「あぁ、おい?そもそもアンタとこうやって直接会うのは初めてだな。俺は“アンタの部下”で、《六英雄》の称号を持ってる。……ムラサメの野郎から聞いてたろ?」
「あっ、そうか!あなたが、例の……!」
その会話を遮るように、ウジーザスが一歩前に出る。
「……『女神』を名乗るとは……その言葉の意味を理解しているのですか? “新人さん”」
その声音には明らかな“殺気”が含まれていた。
しかし、アオイは一切怯まずに、まっすぐその視線を受け止める。
「だって、ほんとのことだから仕方ないでしょ?」
にっこりと笑って、さらりとそう返す。
ウジーザスの表情が、ほんの僅かだけ動いた。
「……そう。仕方のないことですね。ならば、これもまた“仕方ない未来”なのでしょう」
「未来?」
ウジーザスは視線を月に移し、ぽつりと呟く。
「この未来が選ばれた時点で、過去はもう戻れないのです。あなたが何者であれ──すでに物語は始まっている」
「? よく分からないけど、六英雄はこれで全員?」
「はい。其方に居るのが『武神』のトミー、そして此方に居るのが『珍神』のマーク、『暗殺神』のレナノス、『治癒神』のたまこ……そして私が『運命神』のウジーザスです」
「神様のバーゲンセールって、どっかの王子が言っちゃいそうだよね? なんか紫のコアに白い肌……いろいろ似てるし、オマージュか何か?」
「あなたにその力を与えた者はどうなったんですか? 彼があなた如きにやられるとは思いませんが」
「師匠なら、僕の部屋で寝てるよ。殺してはない」
「……そうですか」
ウジーザスは何気なく、地面に刺さっていた小さなナイフを拾い、ふわりと上に放り投げた。
「?」
「では、アナタも見たのでしょう。私のメッセージを」
「うん。ここに来るまでに、ちゃんと見させてもらったよ」
「こうなった以上、仕方ありません。私達と協力して、勇者二人を殺し――」
「断る」
「……だと思いました」
「それより僕の話を聞いてほしいんだけど__」
「大将!」
「!?」
トミーが叫ぶ。次の瞬間、レナノスの姿が消えていた。
――気づけば、アオイのすぐ背後。
容赦なく小刀を振りかぶり、アオイの首筋へと迫る。
「ちっ!」
トミーは咄嗟に長槍を構えてレナノスに突きを放つが――
「遅い」
既に、レナノスの小刀はアオイの喉元まで達していた。
この距離、この間合い。
ここから逃れるのは不可能――そう、誰もがそう思っていた。
だが。
「ふぅ……あぶねぇ」
アオイはゆっくりと、一歩だけ後ろへ下がっていた。
「いやー、さすが“暗殺神”って呼ばれてるだけあるね。ほんとに全く気配を感じなかった……気配遮断ローブでも、ここまで完璧には消えないよ」
アオイの瞳に映る世界は、まるですべてがスローモーションのようだった。
否――アオイが、速すぎるのだ。
《神速》の世界。
アオイの紋章の力は《脳の活性》。
戦闘中における《動体視力》《反射神経》《思考判断》を極限まで高める力――だが、脳の反応速度だけが速くなっても意味がない。
実際、脳だけが高速化すれば、自分の身体がスローに感じる地獄のような時間になるだけだった。
だが、アオイの装備には“加速魔法”が仕込まれている。
魔力を注げば注ぐほど速く動けるが、過剰に流せば制御不能になる、諸刃の刃。
だが――この2つが奇跡的に噛み合った。
脳と肉体、思考と反応、視覚と筋肉。
それらが完全に同期し、アオイはついに“神速”へと到達した。
彼女の中では、世界そのものが鈍くなる。
敵も、仲間も、風さえも――すべてが遅い。
「“○ロックアップ”とでも名付けようかな……いや、流石に怒られるか?」
冗談めかしながら周囲を見渡すアオイ。
「まさか話の途中で斬りかかってくるなんて……流石忍者汚い」
軽くクナイを振ると、レナノスの腕に浅い傷が走る。
「さて、と。どうしよう……うーん、とりあえず、リーダーっぽいこの人だけ僕の家に連れてって、ゆっくり話を__」
――その時だった。
ザクッ。
「え――」
アオイの肩に、小さなナイフが深々と突き刺さる。
「な、なん……で……」
神速状態を保っていた集中が一気に乱れ、時が、流れを取り戻した。
「消えた……!? ぐ、あっ!」
レナノスは全身に走る痺れと共に地面に崩れ落ちた。
「っ!! これ……さっき投げてたナイフ!?」
ウジーザスの前まで、神速を使って来ていたアオイは、肩に突き刺さったナイフを抜きながら、傷口を手で押さえた。
突然の事態に、マークとたまこは戸惑いを隠せない。だが、ウジーザスは目の前のアオイに対して冷静に口を開く。
「さすが、《武神》の作り出した武器ですね。私に向かって仕掛けてきた時点で、何かしら仕込まれているとは思っていましたが……まさか“防御無効”とは」
「ど、どうして……っ」
「あなたが、そのタイミングでそこに来る……そう“視えて”いたのです」
「大将!」
異変を察したトミーが、即座にアオイのもとへ駆け寄る。
「大丈夫、もう治ったよ」
そう言って見せたアオイの肩には、すでに血の跡すら残っていない。
「……装備だけの治癒魔法で、そこまでの回復力とは」
「自慢の装備でね」
軽く笑って返すアオイだったが、額にはじんわりと汗が滲んでいる。
先程の一撃――それはただの攻撃ではない。
“お前の力は通じない”
ウジーザスは、それを見せつけてきたのだ。
「他の二人よりも……まず、あなたを殺すことにします。さて、どの未来で殺して差し上げましょうか」
「出来れば、寿命で死にたいんだけど」
「あなたの寿命も……私が決めま──っ!」
その瞬間、ウジーザスの目が大きく見開かれた。
まるで、何か“想定外”の何かを見てしまったかのように――。
「これは……マーク!」
「何ですか、ボス。正直、俺の存在意義がないんで、もう帰ろうかと──」
「すぐに、この近くにある“手鏡”を拾いなさい!」
「え?ああ、これですか」
マークは近くに落ちていた手鏡を一瞬で手に移動させる。
「っ……!」
その鏡を見た、たまこの表情が明らかに変わった。
「出てきなさい。それとも……今ここでアナタたち全員を殺しましょうか?」
ウジーザスが鏡に向かってそう言った瞬間──
鏡が眩い光を放ち始める。
「…………」
「いや〜バレちゃってたね、アニキ」
「ジュンパク、お口チャックしてください。あなたが喋るとややこしくなりそうです」
「みんな!?」
──鏡の中から、ヒロユキたち3人が姿を現した。