「あぁっ!?」
クロエは立ち上がり、入ってきた勇者リュウトを睨みつけた。
「……」
「てめぇ……!ここには“もう来んな”っつったよな!?どういうつもりだ!」
リュウトは黙ってクロエの怒気を受け止めた後、小さく頭を下げる。
「ごめん、クロエさん……でも、どうしても“女王”に聞きたいことがあって」
「ふざけんな!!次の指示があるまで動くなって言っただろ!」
怒鳴りながらも、どこか裏切られたような苛立ちと焦りが滲んでいた。
「……」
その時、テーブルの端でフォークを優雅に持ち直した“サクラ”が微笑む。
『まぁまぁ、クロエちゃん、落ち着いて?』
『彼もバカじゃないでしょ? もう“私の正体”に気づいてる……それでも来たのよ?』
リュウトが静かに言う。
「……やっぱり。サクラ女王じゃないんだな」
『あら、今さら? キャハハ……ピース、ピース♪』
「サクラ女王は……どこへ行った?」
『ふふ……そんなこと、今さら聞いてどうするの?』
“サクラ”は優雅に微笑む。
『もともと、この身体の持ち主――彼女はこの歳まで生きられない運命だったのよ?』
「……じゃあ、今のお前は“死体”か?」
『ん〜?なに考えてるのか知らないけど、違うわよ〜?』
『私がこの中にいる限り、彼女もまだ“中にいる”。その代わり――私が抜けた瞬間、彼女の肉体は魔力制御を失って死ぬわね』
「……それは残念だ」
リュウトの声が低く沈む。
「死体なら、迷いなく殺せたのに」
『……ふ〜ん』
“サクラ”の口元がゆるむ。
『私、今……なにか“ボロ”を出しちゃったかしら?』
刹那――
リュウトは一瞬で武器を抜き、女王の眉間へ向けて突きを放つ!
だが――
『……』
その一撃は、女王の瞳の1センチ手前で止まった。
神の使徒たちが動いていた。
「……おい」
クロエが巨大な鎌をリュウトの首筋に当てながら、低く唸る。
「勝手に動くな。俺たちの許可もなしに」
「どういうつもりですか……あなたたちは“神の使徒”でしょう?」
「だからこそ、止めてる……」
オリバルはリュウトの利き腕を固め、こめかみに銃を突きつけていた。
「うーん、せっかくの料理が台無しだよ。……3秒ルールでいけるかな?」
ルコサはリュウトの片足にしがみつきながらも、場を茶化す。
そして――
「何より……」
リュウトは、目線をキールへ向けた。
「なぜ……あなたまで“止める”んですか、キールさん」
キールは黙って、リュウトのレイピアを掴み、静かに押し返していた。
「…………」
『キャハッ♪ 相変わらずオツムが足りないわねぇ? だから簡単に利用されちゃうのよ、リュウト様〜』
「っ……!」
「言っとくが俺が我慢してんのに……てめぇが先にキレて暴れ出したら、その時は容赦しねぇぞ? 殺す」
その一言で、リュウトは肩の力を抜いた。武器も、音もなく収める。
「……残りの“魔王”は?」
『魔神だけよ〜?――それを確かめに来たんでしょ?』
「…………」
『行くんでしょ?魔神の所に♪』
「……」
その沈黙の間に、ルコサは足元の椅子を立て直して座り直す。
「はぁ〜……僕らとしては、魔神の所に行くのは、あと1ヶ月くらいは猶予が欲しかったんだけどねぇ。ダメ?」
「……すみません、ルコサさん。急いでるんです」
「……テメェ……だったらもう、力づくだな」
クロエの殺気がまた滲む。
「ダメだよクロエ。勇者に干渉しすぎれば……“女神”に利が傾く」
「ちっ……」
その言葉に、クロエも不満を飲み込む。
「……それで、リュウト」
キールが静かに言った。
「ここまで話を聞いたうえで、それでも“行く”というのか?」
リュウトは、キールの瞳を真っすぐ見つめながら、短く答える。
「……すみません」
「……ならば」
キールは静かに目を閉じた。
「私たちは……君を止めない。いや、止められない」
『――話は、まとまったかしら?』
「……ああ。だが、お前と会うのはこれが最後だ。――“魔神”の居場所を教えろ」
『ふふっ♪ いいわよ。魔神がいるのは――【神の島】。あなた、そこまで辿り着けるかしら?』
「何があっても、魔神の元へ行く。そして……全てを終わらせてやる」
そう言い残し、リュウトは机を離れ、重たい扉を開けて部屋を後にした。
『……はぁ♡ 本当に、なんて可愛いのリュウトくん♪ 本気で“食べちゃいたい”くらい』
「いや、君の場合……もう“食べちゃった”のがバレたんでしょ?」
『あら、なにかの話かしら?』
「うーん? さぁねぇ?」
ルコサが肩をすくめるように笑うが、他の神の使徒たちは無言で席を立ち、部屋を出ようとする――
……だが。
バンッ!!
先ほどリュウトが開けて出ていったはずの扉が、突然大きな音を立てて閉まった。
『…………どこへ行くつもり?』
空気が変わった。
部屋の明かりがふっと落ち、女神の気配が重く、暗くなる。
――しかし。
「はっ、ようやくやる気になったか? 望むところだ。殺すぞ?」
クロエが不敵に笑い、武器に手をかける。
「……俺たちには、“次の仕事”が来た。悪いが、ここを出させてもらう」
オリバルが静かに言うと、キールもそれに続く。
「そうだ。私も、もはやここにとどまる理由はない」
女神に最も近くにいたルコサは、床に落ちていたパンをひと噛みして、ぽいと後ろに放る。
「……ということで、僕らは――ここで“お暇”させてもらうよ」
女神は笑った。
その笑顔には、もはや上品さも仮面もなかった。
『――ふふ〜ん♪ この城から出られるとでも思ってるの? 私が、“あなたたちを出す”とでも?』
空気がピリッと張り詰める。
その瞬間――
「うん、思うね」
そう言って、ルコサは静かに、魔法を発動させた。