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第482話 聞きたい事は1つ


 「あぁっ!?」


 クロエは立ち上がり、入ってきた勇者リュウトを睨みつけた。


 「……」


 「てめぇ……!ここには“もう来んな”っつったよな!?どういうつもりだ!」


 リュウトは黙ってクロエの怒気を受け止めた後、小さく頭を下げる。


 「ごめん、クロエさん……でも、どうしても“女王”に聞きたいことがあって」


 「ふざけんな!!次の指示があるまで動くなって言っただろ!」


 怒鳴りながらも、どこか裏切られたような苛立ちと焦りが滲んでいた。


 「……」


 その時、テーブルの端でフォークを優雅に持ち直した“サクラ”が微笑む。


 『まぁまぁ、クロエちゃん、落ち着いて?』


 『彼もバカじゃないでしょ? もう“私の正体”に気づいてる……それでも来たのよ?』


 リュウトが静かに言う。


 「……やっぱり。サクラ女王じゃないんだな」


 『あら、今さら? キャハハ……ピース、ピース♪』


 「サクラ女王は……どこへ行った?」


 『ふふ……そんなこと、今さら聞いてどうするの?』


 “サクラ”は優雅に微笑む。


 『もともと、この身体の持ち主――彼女はこの歳まで生きられない運命だったのよ?』


 「……じゃあ、今のお前は“死体”か?」


 『ん〜?なに考えてるのか知らないけど、違うわよ〜?』


 『私がこの中にいる限り、彼女もまだ“中にいる”。その代わり――私が抜けた瞬間、彼女の肉体は魔力制御を失って死ぬわね』


 「……それは残念だ」


 リュウトの声が低く沈む。


 「死体なら、迷いなく殺せたのに」


 『……ふ〜ん』


 “サクラ”の口元がゆるむ。


 『私、今……なにか“ボロ”を出しちゃったかしら?』


 刹那――


 リュウトは一瞬で武器を抜き、女王の眉間へ向けて突きを放つ!


 だが――


 『……』


 その一撃は、女王の瞳の1センチ手前で止まった。


 神の使徒たちが動いていた。


 「……おい」


 クロエが巨大な鎌をリュウトの首筋に当てながら、低く唸る。


 「勝手に動くな。俺たちの許可もなしに」


 「どういうつもりですか……あなたたちは“神の使徒”でしょう?」


 「だからこそ、止めてる……」


 オリバルはリュウトの利き腕を固め、こめかみに銃を突きつけていた。


 「うーん、せっかくの料理が台無しだよ。……3秒ルールでいけるかな?」


 ルコサはリュウトの片足にしがみつきながらも、場を茶化す。


 そして――


 「何より……」


 リュウトは、目線をキールへ向けた。


 「なぜ……あなたまで“止める”んですか、キールさん」


 キールは黙って、リュウトのレイピアを掴み、静かに押し返していた。


 「…………」


 『キャハッ♪ 相変わらずオツムが足りないわねぇ? だから簡単に利用されちゃうのよ、リュウト様〜』


 「っ……!」


 「言っとくが俺が我慢してんのに……てめぇが先にキレて暴れ出したら、その時は容赦しねぇぞ? 殺す」


 その一言で、リュウトは肩の力を抜いた。武器も、音もなく収める。


 「……残りの“魔王”は?」


 『魔神だけよ〜?――それを確かめに来たんでしょ?』


 「…………」


 『行くんでしょ?魔神の所に♪』


 「……」


 その沈黙の間に、ルコサは足元の椅子を立て直して座り直す。


 「はぁ〜……僕らとしては、魔神の所に行くのは、あと1ヶ月くらいは猶予が欲しかったんだけどねぇ。ダメ?」


 「……すみません、ルコサさん。急いでるんです」


 「……テメェ……だったらもう、力づくだな」


 クロエの殺気がまた滲む。


 「ダメだよクロエ。勇者に干渉しすぎれば……“女神”に利が傾く」


 「ちっ……」


 その言葉に、クロエも不満を飲み込む。


 「……それで、リュウト」


 キールが静かに言った。


 「ここまで話を聞いたうえで、それでも“行く”というのか?」


 リュウトは、キールの瞳を真っすぐ見つめながら、短く答える。


 「……すみません」


 「……ならば」


 キールは静かに目を閉じた。


 「私たちは……君を止めない。いや、止められない」


 『――話は、まとまったかしら?』


 「……ああ。だが、お前と会うのはこれが最後だ。――“魔神”の居場所を教えろ」


 『ふふっ♪ いいわよ。魔神がいるのは――【神の島】。あなた、そこまで辿り着けるかしら?』


 「何があっても、魔神の元へ行く。そして……全てを終わらせてやる」


 そう言い残し、リュウトは机を離れ、重たい扉を開けて部屋を後にした。


 『……はぁ♡ 本当に、なんて可愛いのリュウトくん♪ 本気で“食べちゃいたい”くらい』


 「いや、君の場合……もう“食べちゃった”のがバレたんでしょ?」


 『あら、なにかの話かしら?』


 「うーん? さぁねぇ?」


 ルコサが肩をすくめるように笑うが、他の神の使徒たちは無言で席を立ち、部屋を出ようとする――


 ……だが。


 バンッ!!


 先ほどリュウトが開けて出ていったはずの扉が、突然大きな音を立てて閉まった。


 『…………どこへ行くつもり?』


 空気が変わった。


 部屋の明かりがふっと落ち、女神の気配が重く、暗くなる。


 ――しかし。


 「はっ、ようやくやる気になったか? 望むところだ。殺すぞ?」


 クロエが不敵に笑い、武器に手をかける。


 「……俺たちには、“次の仕事”が来た。悪いが、ここを出させてもらう」


 オリバルが静かに言うと、キールもそれに続く。


 「そうだ。私も、もはやここにとどまる理由はない」


 女神に最も近くにいたルコサは、床に落ちていたパンをひと噛みして、ぽいと後ろに放る。


 「……ということで、僕らは――ここで“お暇”させてもらうよ」


 女神は笑った。


 その笑顔には、もはや上品さも仮面もなかった。




 『――ふふ〜ん♪ この城から出られるとでも思ってるの? 私が、“あなたたちを出す”とでも?』


 空気がピリッと張り詰める。


 その瞬間――


 「うん、思うね」


 そう言って、ルコサは静かに、魔法を発動させた。

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