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第484話 利用されていた

 そして――あの日。


 次なる魔王への対策を、仲間たちと練っていた最中のことだった。


 「次の魔王は、サジタリウスの称号を持つ――」


 その名を口にした瞬間だった。


 「……ッ、ぐああッ!!」


 まるで内側から焼かれるような激痛が、俺の両目を襲った!


 「リュウトさん!?」


 「リュウトっ!?ど、どうしたの!?」


 「ますたー!?なにが起きてるのっ!?」


 目が……目が燃える。


 視界は白く染まり、焦げるような痛みが脳を貫く。

 呼吸もままならず、ただ苦痛だけが全身を支配していく。


 「や……やば……これは……ッ」


 言葉も吐き出せないまま、俺の意識は暗転した。


 ――俺の意思など関係なく、身体が限界を告げたのだ。


 そして、闇の中へと沈み込んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 …………………ここは?


 水の中にいた。

 だが、不思議と苦しくない。夢の中のようでいて、意識ははっきりしている。


 身体は動かない。いや、勝手に動いている。

 目の前に広がるのは、見覚えのある光景――豪奢な厨房。


 「(ここは……グリード城……?)」


 その中心にある、大きくて汚れた水槽。

 俺は、その中に閉じ込められていた。


 ドンドンと水槽を叩く。外にいる料理人たちは、こちらに目もくれず、黙々と料理を作り続けている。


 異様だ。


 まるで、時間が止まったかのような異常空間。


 そして、厨房の扉が開く――


 『キャハッ♪ みーんなよく働いてるわねぇ♪』


 現れたのは、グリード女王サクラ


 けれど、今の彼女は“何か”が違った。笑顔が、どこか冷たい。瞳が光を帯びていない。


 『……ま、どうせ今の私を認識してないのよね?そういう“呪い”だから』


 言いながら、女王は笑みを浮かべたまま厨房を見渡す。


 『今日は新しいアバレーの女王様との大事なご挨拶。みんな、料理に集中してもらわないと♪』


 俺は、必死に水槽を叩いて叫ぶ。


 お願い、気づいて。


 すると、女王は水槽に近づいてきた。


 『………………』


 目が合う。

 安堵する――けれど、次の言葉が、全てを凍りつかせた。




 『うん、新鮮なまま、美味しく食べられそうね♪』


 ………………!?


 なに……? 今、なんて言った……?


 『キャハハ♪ そんな可愛い顔しても、もう遅いわよ……“ナナちゃん”?』


 ――ナナ……?


 水槽のガラスに映る顔。それは、俺の顔じゃない。


 蒼白な肌、震える唇。そこにいたのは、恐怖に染まった少女ナナだった。


 『え?今まで優しくしてたのにって? キャハハ、受ける〜♪ あんた達、魔神製の魔族には呪いが効くか分からないからね〜。逃げ出さないように、手間かけたのよ〜?』


 言ってる意味が分からない。分かりたくもない。


 『まぁ、ほんとはこんな予定じゃなかったんだけど……仕方ないわね。恨むなら、“リュウト様”を恨みなさい?あんな情報見せられたら、こうもなるわよ〜♪』


 俺……俺のせいで……?


 気づけば、水槽の前に料理人たちが集まっていた。みな、一様に顔を伏せていたはずが、ユラリと一斉に顔を上げる。


 目が虚ろで、笑っている。


 『――命に感謝をして……いただきます♪』


 やめろ……やめてくれ!!


 「っ……!」


 ナナの細い体は、必死に水中を逃げ回る。


 けれど、一人の手が魚の尾を掴んだ瞬間、動きが鈍る。


 次々と、別の手が彼女の身体を捕らえていく。


 『は〜い、新しい“ベッド”よ〜♪』


 水槽から引きずり出され、少女が置かれたのは、大きなまな板の上だった。


 やめろ……


 やめてくれ……!


 『暴れな〜いの♪ じゃ、最初は鱗取りからやっちゃって〜♪』


 ――やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて――――――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから俺は、ナナの行方を追った。


 グリード城のどこを探しても彼女の姿はなかった。

 兵士や使用人に尋ねても、皆口を揃えて「何も知らない」と答えるだけ。


 ……まるで、最初から存在していなかったかのように。


 そんな中、アバレーの女王からこんな話を聞かされた。


 「あの日、不思議な味のする“刺身”が出たのよ」


 …………


 信じたくはなかった。


 だが、神の使徒たちの協力のもと、城の奥――立ち入りが厳重に制限された“機密保管室”に入ったとき。


 そこで俺は、現実と向き合うことになった。


 冷たく、無残な姿にされた“ナナ”が、標本のように保管されていたのだ。


 ……俺は騙されていた。


 あの笑顔と、優しさと、甘い言葉。


 すべて――“あの悪魔”の偽りだった。


 ――『女神』に。

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