時は遡り──
《ミクラル城 控え室》
「いらっしゃい、ダーリン!あんたから連絡くれるなんて、あたしゃ幸せ者だよ!」
扉を開けた瞬間、ヒロユキの体を抱きしめるナオミ。その身体はヒロユキの倍はある大柄で、以前よりも筋肉も増え、傷跡も随分と増えていた。
「……」
「急に来てすいません」
「リュウトも久しぶりだねぇ。……ありゃ?今日は勇者揃って2人だけかい?」
ヒロユキを抱きしめたまま、リュウトに笑いかける。
「はい。……他の人たちは今、別の準備をしていて」
「……話なら聞いてるよ、魔神討伐の件だろ?」
「はい。信じられないかもしれませんが、この世界は──」
「信じるさ」
その言葉と共に、ようやくヒロユキを解放するナオミ。
「……ずいぶん聞き分けがいいな」
「ダーリンほどじゃないけどね。……あたしの場合、ま、そういうもんさ」
「……?」
「聞くより見たほうが早いってね。アレン国王も仕事がひと段落したら話してくれるから、それまでここで待ってな」
「はい、分かりました」
「……ナオミ」
「ん? どうしたい?」
「……色々、すまないな」
「いいってことよ。お礼なら、平和になった後の世界で身体で払ってくれりゃあね」
「……断る」
「つれないねぇ」
軽口を交わすと、ナオミはくすっと笑って控え室を出て行った。
「……」
「……」
「ダーリンって言ってたけど、ヒロユキ……まさか……」
「……違う」
「だ、だよな。ははは……」
「……」
「……」
2人は控え室のソファに、向かい合うように腰を下ろし、呼び出されるのを静かに待っていた。
「こうして2人きりになるの、いつぶりだろうな」
「……最初の馬車の中以来だ」
「あー、あの時か……この世界に来てから、なんか時間の感覚もおかしくなってるよな」
「……次から次へと、いろんなことが起こるからな」
「ほんと……いろいろあったな」
「……あぁ」
「ユキさんのこと……心配じゃないのか?」
「……?」
「いや、もし俺だったら、自分で助けに行くかもって思ってさ」
「……一言で言うなら、“心配していない”」
「え?」
「ユキは今まで一度も、俺に助けを求めたことがなかった。……今回も、それは変わらない」
「それでも、今回ばかりは……ってこと、あるかもしれないだろ?」
「……その時は、助けに行かなかった自分を恨みながら、生きていく」
「……」
リュウトは言葉を失う。
“助けに行かなかった自分を恨む”
それは、人生に刻まれる深い悔いとなるだろう。ヒロユキの言葉は、単なる割り切りではなかった。
覚悟を背負ってなお、彼はその選択をしたのだ。
「……すまん。軽率だった、悪いことを言った」
「……気にするな」
「そういえば、俺のパーティーにもユキって子がいてさ――」
そのタイミングで、控え室のドアが音を立てて開く。
「時間だよ」
ナオミが顔を覗かせた。
「お、待ってました」
「……行こう」
2人は立ち上がり、ナオミに続いて廊下を歩き出す。
「一つ言っておくけど、ダーリンもリュウトも……城の中で戦闘は厳禁だよ?」
「……?」
「いきなり何の話だよ?」
ナオミの言葉に、2人は顔を見合わせる。
「まぁ……行けばわかるさ」
意味深な笑みを浮かべながら、ナオミは歩を進める。
そして、大きな魔法扉の前で立ち止まると、扉が淡い光と共に開いた。
その先には、巨大な転移魔法陣が刻まれていた。
「転移魔法?」
「この城は広いからね。他の国の城の四、五倍はある。歩いて移動なんてしてられないのさ」
転移魔法陣が発動し、2人の姿は光に包まれて消える。
転移された先は、広々とした玉座の間だった。だが、その玉座に座っていたのは――
「……誰だ?」
「あなたは?」
2人の疑問に応えるように、その人物は静かに立ち上がった。
月光のような肌、赤い瞳。そして優雅な所作。
「ようこそ、勇者ども。……私は吸血鬼の元魔王、“アビ”と申します。以後、お見知りおきを」
ミクラル王国をかつて支配していた“魔王”が居た。