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第501話 浦島太郎

 《ナルノ海岸 ヒロユキパーティーテント》


 「はむ、あむっ」


 皿の上に転送された山盛りの『黒髑髏薔薇』を、すさまじい勢いで食べ進めていくユキナ。

 その姿をヒロユキは黙って見つめていた。


 「……すごい食欲だな」


 「うまうま」


 到着してからすでに四時間。

 ユキナはずーーーーっと、休まずに食べ続けていた。


 そんな中、準備を終えたジュンパクがテントに入ってくる。


 「アニキ、ホワイト団は全員集合したよ……って、まだ食ってたの?」


 「うまうま」


 「そろそろさ、何を隠し持ってるのかミー達に教えても良いんじゃない?」


 「ここまで来る、驚かす」


 「おぉ~、ハードル上げるねぇ。……それにしても、言われた通り船の準備はしてないけど、それで本当にいいの?」


 「問題ない」


 「ふーん……?」


 ジュンパクはやや不満げに眉をひそめたが、結局それ以上は聞かなかった。


 「……ジュンパク」


 「なぁに、アニキ♪」


 「……これが、人間と魔族の最後の決戦になる。覚悟はいいか?」


 「フフッ、アニキにしては珍しいね。そんな風に聞くの」


 ジュンパクは冗談めかして笑いながらも、まっすぐにヒロユキを見つめ返す。


 「アニキ、前にも言ったけど──海賊ってのは“自由”なんだ」


 「……うむ」


 「寝るのも、飯を食うのも、遊ぶのも……そして、死ぬときも。明日死ぬかもしれないからこそ、“今”を全力で生きる。それがミー達の流儀」


 「……」


 「自由ってのは、つまり“ルールを自分で決める”ってことなんだよ。ミーは、あの日……アニキとユキ姉貴に命を救われた日から、自分のルールを決めた」


 「……」


 「この命は2人のために使う、ってね」


 静かな決意のこもった声に、ヒロユキもまた、深く頷く。


 「だからミーを自由に使っていいよ、アニキ。もちろん──エッチなことにも使っていいんだからね♡」


 「……フッ。ユキにまた小言を言われるぞ」


 「姉貴いないから、いいの〜♪」


 2人の会話を聞いていたユキナは、一瞬だけ手を止める……


 「自由、か」


 ぽつりと、それだけ言うと、また何事もなかったかのように黙々と食べ始める。


 「……」


 ヒロユキは彼女が何かを隠していることに、とうに気づいていた。

 だが同時に、それが“いま話すべきものではない”ことも、理解していた。


 「……それで、ユキナ。そろそろ時間だ」


 「了解」


 最後のひと口を飲み込み、口元を軽く拭くと、ユキナはすっと立ち上がって2人に向き直る。


 「外、出る」


 「待ってました♪ ミーの船よりすごいモノ、期待してるよ!」


 「……行こう」


 3人はテントを出て、夜の海岸へと足を踏み出した。


 空は晴れていて、月明かりが海面を照らし、星々が静かに瞬いている。


 「リーダー、行ってくる」


 「……あぁ」


 ヒロユキの一言にうなずき、ユキナは海を泳ぎ出していった。その姿は月明かりの中へと溶けていくようで、残された2人は静かに見送る。



 「ヒロユキ、ここに居たのか」


 「……リュウト」


 「ジュンパクさんも」


 「よっ、他のみんなも久しぶりだね」


 そうしてリュウトたちのパーティーも海岸へと合流してきた。


 「あんたも相変わらずね」


 「ババアは歳とったね」


 「……………今回の戦いで後ろから攻撃が来ても文句ないわね?」


 アンナとジュンパクは相変わらずのやりとりを交わす。


 「ヒロユキさーん!」


 「……ユキ、来たのか」


 小さなユキはヒロユキを見つけるなり抱きついてくる。


 「来ましたです! ヒロユキさんのヒロインですよ!」


 「……そんな言葉どこで覚えた」


 「秘密です♪」


 ユキはウィンクをみやに向けると、みやもウィンクで返した。


 「ヒロユキ、見た感じ……船どころか何もないけど、本当に準備はできてるのか?」


 「……たぶん」


 「えぇ!? たぶんって……!」


 「どうするんだ? こっちは結構な人数なんだぞ?」


 「……」


 ヒロユキは何も答えず、静かに海の方を見つめている。


 「まぁまぁ、リュウトの坊主。ここはミー達――というか、ユキナに任せておきなよ」


 「ジュンパクさん……」


 「ちなみにミーにも、何が起こるかは分かんないんだけどね♪」


 「……本当に、何が起こるんだよ……」


 リュウトは少し不安を抱えながら、ヒロユキたちが見つめる海の方へと視線を向ける。


 「ん?」


 「どうした、あーたん?」


 最初に異変に気づいたのは、あーたんだった。ウサギ耳をピクリと動かし、耳を澄ます。


 「わかんない……でもね、水の中から……なんか、変な音がするの」


 「水の中から?」


 「アニキ!」


 「……あぁ。楽しみだな」






 ______そして、時が来た。






 静かな海面が、不気味に盛り上がっていく。


 水がうねり、泡立ち、やがて――巨大な“甲羅”が姿を現した。




 「え!? リュウトさん……あれって……!」


 「まさか……嘘だろ……」


 驚愕に目を見開くリュウトとアカネ。




 「私、夢でも見てるのかしら……」


 「いや、ババア……夢じゃないよ、これは」


 アンナとジュンパクも余裕を装うが、額からはしっかりと冷や汗が流れていた。




 「……」


 黙ったまま、みやは息を呑む。




 誰もが言葉を失い、ただその巨大な存在を見上げていた。






 「……山亀」






 ――クリスタルドラゴンに並ぶ、もう一つの『災害』が、今、姿を現した。

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