《ナルノ海岸 ヒロユキパーティーテント》
「はむ、あむっ」
皿の上に転送された山盛りの『黒髑髏薔薇』を、すさまじい勢いで食べ進めていくユキナ。
その姿をヒロユキは黙って見つめていた。
「……すごい食欲だな」
「うまうま」
到着してからすでに四時間。
ユキナはずーーーーっと、休まずに食べ続けていた。
そんな中、準備を終えたジュンパクがテントに入ってくる。
「アニキ、ホワイト団は全員集合したよ……って、まだ食ってたの?」
「うまうま」
「そろそろさ、何を隠し持ってるのかミー達に教えても良いんじゃない?」
「ここまで来る、驚かす」
「おぉ~、ハードル上げるねぇ。……それにしても、言われた通り船の準備はしてないけど、それで本当にいいの?」
「問題ない」
「ふーん……?」
ジュンパクはやや不満げに眉をひそめたが、結局それ以上は聞かなかった。
「……ジュンパク」
「なぁに、アニキ♪」
「……これが、人間と魔族の最後の決戦になる。覚悟はいいか?」
「フフッ、アニキにしては珍しいね。そんな風に聞くの」
ジュンパクは冗談めかして笑いながらも、まっすぐにヒロユキを見つめ返す。
「アニキ、前にも言ったけど──海賊ってのは“自由”なんだ」
「……うむ」
「寝るのも、飯を食うのも、遊ぶのも……そして、死ぬときも。明日死ぬかもしれないからこそ、“今”を全力で生きる。それがミー達の流儀」
「……」
「自由ってのは、つまり“ルールを自分で決める”ってことなんだよ。ミーは、あの日……アニキとユキ姉貴に命を救われた日から、自分のルールを決めた」
「……」
「この命は2人のために使う、ってね」
静かな決意のこもった声に、ヒロユキもまた、深く頷く。
「だからミーを自由に使っていいよ、アニキ。もちろん──エッチなことにも使っていいんだからね♡」
「……フッ。ユキにまた小言を言われるぞ」
「姉貴いないから、いいの〜♪」
2人の会話を聞いていたユキナは、一瞬だけ手を止める……
「自由、か」
ぽつりと、それだけ言うと、また何事もなかったかのように黙々と食べ始める。
「……」
ヒロユキは彼女が何かを隠していることに、とうに気づいていた。
だが同時に、それが“いま話すべきものではない”ことも、理解していた。
「……それで、ユキナ。そろそろ時間だ」
「了解」
最後のひと口を飲み込み、口元を軽く拭くと、ユキナはすっと立ち上がって2人に向き直る。
「外、出る」
「待ってました♪ ミーの船よりすごいモノ、期待してるよ!」
「……行こう」
3人はテントを出て、夜の海岸へと足を踏み出した。
空は晴れていて、月明かりが海面を照らし、星々が静かに瞬いている。
「リーダー、行ってくる」
「……あぁ」
ヒロユキの一言にうなずき、ユキナは海を泳ぎ出していった。その姿は月明かりの中へと溶けていくようで、残された2人は静かに見送る。
「ヒロユキ、ここに居たのか」
「……リュウト」
「ジュンパクさんも」
「よっ、他のみんなも久しぶりだね」
そうしてリュウトたちのパーティーも海岸へと合流してきた。
「あんたも相変わらずね」
「ババアは歳とったね」
「……………今回の戦いで後ろから攻撃が来ても文句ないわね?」
アンナとジュンパクは相変わらずのやりとりを交わす。
「ヒロユキさーん!」
「……ユキ、来たのか」
小さなユキはヒロユキを見つけるなり抱きついてくる。
「来ましたです! ヒロユキさんのヒロインですよ!」
「……そんな言葉どこで覚えた」
「秘密です♪」
ユキはウィンクをみやに向けると、みやもウィンクで返した。
「ヒロユキ、見た感じ……船どころか何もないけど、本当に準備はできてるのか?」
「……たぶん」
「えぇ!? たぶんって……!」
「どうするんだ? こっちは結構な人数なんだぞ?」
「……」
ヒロユキは何も答えず、静かに海の方を見つめている。
「まぁまぁ、リュウトの坊主。ここはミー達――というか、ユキナに任せておきなよ」
「ジュンパクさん……」
「ちなみにミーにも、何が起こるかは分かんないんだけどね♪」
「……本当に、何が起こるんだよ……」
リュウトは少し不安を抱えながら、ヒロユキたちが見つめる海の方へと視線を向ける。
「ん?」
「どうした、あーたん?」
最初に異変に気づいたのは、あーたんだった。ウサギ耳をピクリと動かし、耳を澄ます。
「わかんない……でもね、水の中から……なんか、変な音がするの」
「水の中から?」
「アニキ!」
「……あぁ。楽しみだな」
______そして、時が来た。
静かな海面が、不気味に盛り上がっていく。
水がうねり、泡立ち、やがて――巨大な“甲羅”が姿を現した。
「え!? リュウトさん……あれって……!」
「まさか……嘘だろ……」
驚愕に目を見開くリュウトとアカネ。
「私、夢でも見てるのかしら……」
「いや、ババア……夢じゃないよ、これは」
アンナとジュンパクも余裕を装うが、額からはしっかりと冷や汗が流れていた。
「……」
黙ったまま、みやは息を呑む。
誰もが言葉を失い、ただその巨大な存在を見上げていた。
「……山亀」
――クリスタルドラゴンに並ぶ、もう一つの『災害』が、今、姿を現した。