山亀の背中はみるみるうちに森と化し、やがて巨大な“動く拠点”へと姿を変えていった。
生い茂る大木のあちこちには、アバレー王国で用いられる《建築ウッド》の外観を模した家々が築かれており、それぞれが“来るべき日”に備え、休息の場として機能していた。
今やホワイト団の仲間たちは全員が山亀に乗り込み、それぞれのパーティーで束の間の時間を過ごしていることだろう。
「…………」
出発から二日。
景色は変わらず、ただ波と風だけが流れていく。
その中でヒロユキは、座ったまま山亀……つまりユキナの進む先をじっと見つめていた。
「ヒロユキ」
声をかけてきたのは、リュウトだった。
「……リュウトか」
「ジュンパクさんから聞いた。お前、ずっとここにいるんだってな」
「……」
「隣、いいか?」
「……あぁ」
リュウトは静かに腰を下ろし、ヒロユキと同じ方向――水平線の彼方へと視線を向けた。
「俺たち、ついにここまで来たんだな」
「……あぁ」
「ま、魔神を倒したところで盛大に祝ってもらえるわけじゃないだろうけどな」
――そう。
この世界の人々は、“勇者の召喚”をされている事も知らず、
魔王の存在も、魔族の脅威も知らない。
もし誰かがそれを語ったとしても、信じる者などいないだろう。
「……讃えられたいか?」
「こんだけ頑張ったんだから少しはね」
「……そうか」
「ヒロユキはどうなんだ?」
「……俺はそう言うのは苦手だ」
「そうか……」
リュウトは少ししょんぼりしたが、ヒロユキはそちらを見ずに続ける。
「……だが、考えは同じだ。頑張ったから、褒めてほしい」
それを聞いて、リュウトは少し笑顔になった。
「そ、そう? て事は誰かにって事だな? ユキさんか?」
「……違う」
「ジュンパクさん?」
「……違う」
「え!? まさかアオイさん!?」
「……それはお前だろ」
「バレたか、へへ」
「…………兄さんだ」
「そういや、居たんだっけな、お兄さんが」
「……あぁ」
「不思議なもんだな。俺にはヒロユキの方が、みんなの兄さんって感じだ。事実ジュンパクさんもアニキって言ってるし」
「……それは、俺が兄さんを真似して生きているからだ」
「お兄さんを?」
「……兄さんの考えると思った通りに行動していて、気が付いたら仲間ができていた」
「……」
「……」
2人で海を見る。
「“お前が上から引っ張って、俺が下から押し上げる”」
「……!」
リュウトが不意に出したその言葉はヒロユキの兄も言っていた言葉だった。
ちなみに好きなアニメのセリフである。
「俺、さ、前の世界では何も興味を持てない人間だったんだ」
「……」
「色の無い世界……俺には世界がそう見えてた」
「……色の無い……」
「だけど、そんな俺にもいつも話しかけて来る奴が1人居てな……今思うと、そいつが唯一の友達だった……その友達が色々進めて来るアニメかゲームか……そんなセリフがあったんだ」
「……」
「ヒロユキはお兄さんを見て育った、それはお兄さんがヒロユキを引っ張っていたのと同時にお兄さんを押し上げていた……」
「……俺が……兄さんを……」
「だけど、今はどうだ?」
「……?」
「ヒロユキの背中を見て、ユキさんが、ジュンパクさんが、たまこさんが……そしてホワイト団のみんなが後に続いてる……それを引っ張っているのはヒロユキ自身だ、いつの間にかお前はお兄さんと同じ立場になっていたんだよ」
「……同じ……」
「て事で“後ろ”は俺に任せてくれ、みんなを押し上げてやるよ、アニキ」
「……フッ、アニキはやめろ」
「ハハッ、歳上だし間違ってはないと思うけどな?」
「……それで、色の無い世界はこっちに来て変わったのか?」
リュウトは思い出す。
他人の命も自分の命すら興味を持っていなかった自分。
この世界に召喚された日、白黒の世界で唯一、色が付いて光を放っていた人物を……
そして、その日からずっと変わらないリュウトの恋をしている相手。
………………アオイ。
「あぁ、変わったよ、世界も、色も……俺も」
…………
…………そして、その数時間後。
神の島が姿を現した。