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第2話 魅了の魔眼

 再び目が覚めると、俺は森の中にある見覚えのない河原に寝転がっていた。


「どこだ、ここ……」


 顔にめり込んでいた砂利を手で払いながら呟いたところで、ふと女神様が言っていたことを思い出した。

 もしあの真っ白い空間での出来事が夢じゃなかったとしたら。


「………………マジか」


 川の水面を覗き込むと、そこには怒っているゴリラを思わせる強面——はなかった。

 水面が揺らいでいるのであまりよく見えないが、中性的な美形に見える……気がする。

 少なくとも、今までの俺とは別人なのは間違いない。

 服も女神様のサービスなのか、旅人っぽい軽装になっている。


 身長や体格も正確にはわからないが、だいぶ縮んでいるようだった。

 前世では2メートル33センチの巨体だったから全然違うように感じる。


「——おいお前、何者だ?」


 声に反応して後ろを振り向く。

 すると視線の先には少し離れた場所から弓を構え、こちらに矢を向ける中年の男がいた。


「おっと動くなよ。この近くにゃ辺鄙な村しかねえ。来るのは行商人か身内だけだ。でもお前は行商人には見えん。ってことはつまり、お前はよからぬ輩か、賊……」


 男と目が合う。

 次の瞬間、男は目を見開いて固まった。


 なぜだろう。

 今どこかで『ズキューン!』と銃声のような音が聞こえたような。

 いや実際には聞こえてないんだけど、そんな気がした。

 ……すごく嫌な予感がする。


「あ、あの……」


 恐る恐る声を掛けると、男はハッとしたように構えていた弓矢を下げた。


「ビビらせちまって悪いな。こんな妙な場所にいるから賊のたぐいかと思ったが……ハハッ、アンタはどう見ても賊には見えんわ。どうしたんだ? こんなところで」


 男は人好きしそうな笑顔で言いながら、近づいてきた。

 その様子に変なところはない。


 よかった……女神様が魅了の魔眼をくれたとか言うから警戒したけど、特に問題なさそうだ。

 老若男女に好かれたいというのは本心だが、男に求愛される趣味はないからな。

 一気にフレンドリーになったあたり、好感度アップぐらいはしているのかもしれないが、それぐらいならむしろ望み通りだ。


「いえ、あの、ちょっと状況が急すぎて自分でも混乱しているんですけど、なんて言ったらいいか……」


「ほう? こんなところで会ったのも何かの縁だ。言ってみろ。なに、悪いようにはしない」


 男は矢を背中の筒に仕舞って言った。

 ……悪い人ではなさそうだし、いったんここは試しで正直に話してみるか。

 俺みたいな存在がこの世界ではどういう扱いなのかも知りたいし。


「実は……」


 女神様から魅了の魔眼を貰ったことに関しては伏せて、これまでの経緯を大まかに説明していく。



 〇



「違う世界から転生、ね……にわかには信じ難いな」


「はは……ですよね。私も未だに夢でも見ているんじゃないかと思うぐらいです」


 俺は苦笑しながら頭をかいた。

 簡単に自己紹介し合ってわかったが、見た感じファンタジーな狩人っぽい彼はアンファングという名前らしい。


 見た目に違わず狩人らしく、今日も狩りに出かけようとしていたところで、村のすぐ近くに倒れていた俺を見つけたとのこと。

 ちなみに途中で気が付いたが、彼の言葉は明らかに日本語じゃないのに理解できるし、俺も無意識でこの世界の言葉を喋っているようだった。


「やっぱり、私のような人間は一般的ではない……というか、聞いたことはないでしょうか?」


「そうだなぁ……少なくともオレは聞いたことがないな」


 アンファングさんが横目でチラチラと俺を見ながら言う。

 ……なんだろう、視線が気になる。


「えっと……なんでしょうか?」


「あー……いや、すまん、変なことを聞くようで悪いんだが、ケイはその……男、か?」


「…………はい?」


「あっ……すまん、女だったか!? いや女にしちゃ背が高いし髪も短いし、胸も……いやすまん、とにかくすまん」


「いやいやいや男であってますが」


「あ、男か! いや悪い! 男にしちゃ少し背が低いし華奢だし声も綺麗だし、何より美形すぎてな……ハハハ、いやー勿体ないな! 女だったら絶世の美女だったのに! ウチの嫁さんもかなり美人だけどよ、アンタには負けるぜ!」


 アンファングさんはそう言って笑った後、「そうか、男か……」と小さく呟いた。

 ……なんだか再び嫌な予感がしてきた。


「んん……まあその、なんだ。よくわからんが、大変だったな。しかしさっきの転生がどうたらって話は村じゃしない方がいいな。言っちゃ悪いが、頭がおかしいと思われるぜ?」


「ですよね……わかりました。ありがとうございます……村?」


「おう。行く当てねえんだろ? とりあえずウチの村に来いよ」



 〇



 俺はアンファングさんに連れられ森から出て、近くにある村にやってきた。


「あの……家に招いてくださるのはとてもありがたいのですが、いいんですか? 自分で言うのもなんですが、私はかなり得体の知れない怪しい人間だと思うのですが……」


「なーに、いいってことよ。村の近くで野垂れ死にされるのも夢見が悪いからな。それに人間、困ったときはお互い様だろ?」


 アンファングさんはそう言ってニカッと笑った。

 この親切心も、もしかしたら魔眼の効果なのかと思うと罪悪感を覚えるが、しかし背に腹は代えられない。

 今の俺は今日の食い扶持すらないのだ。

 話によると村の外には魔物も出るらしいし、ひとまずはお世話になるしかないだろう。


「さて、そろそろ昼時だし、オレんちでメシでも食おうぜ……っと、その前にちょうどいい、村長に挨拶しとくか。おーい、村長!」


 アンファングさんが村の広場に向かって声を上げる。

 すると複数の村人と話していた白髪の老人が振り返り、こちらに向かって歩いてくる。


「おぉ……アンファング、今日は帰ってくるのが早かったの。獲物は……ん? 誰じゃ、その者は」


「コイツはオレの甥っ子でケイ。隣町から来たんだが、狩人に興味があるらしくってよ、しばらくオレが預かることになったから」


「甥? アンファング、おぬし甥がおったのか? いや……それよりも、随分と急な話じゃな。聞いていないぞ」


「ちょっとした行き違いで、コイツが来るって連絡の手紙が届いてなかったみたいでな」


「なるほど……」


 老人がこちらに顔を向ける。

 俺は念のため目が合わないよう、老人の胸当たりに視線を向けながら頭を下げた。


「ケイです。よろしくお願いします」


「アンファングの甥ならば、この村にとっては身内じゃが……頭を下げて、何のつもりじゃ?」


「え……?」


 あ、マズい。頭を下げる文化ないっぽい。


「えっと……挨拶です! 実は最近流行ってまして」


「んん? つい先日、隣町に行ったときはそんな挨拶なかったと思うが……」


「ごめんなさい、身内で流行ってまして……あはは……」


 言い訳が苦しい。


「ふむ……なにやら変わった若者じゃのう。目も合わさんし」


「もういいだろ村長、ケイは疲れてんだよ。オレたちゃメシ食うからもう行くぜ」


「それはいいがアンファング、今日の獲物は……」


 アンファングさんは村長さんの言葉を無視し、俺の手を引っ張って村の奥へと歩き始めた。


「アンファングさん、よかったんですか? 無視しちゃって」


「いいんだよ。獲物がないのなんて見りゃわかるんだから。それよりケイ、さっきのアレはマズいぜ」


「アレ……ですか?」


「自覚ないのか? 村長と目も合わさなかっただろ。ケイのいたところじゃどうか知らんが、ここじゃ話してる最中に目を合わさないようなヤツは、だいぶ印象が悪いぞ」


「あっ……すみません……」


 それ、俺の世界でも同じです。


「せっかく綺麗な紫色の目してるんだから、勿体ないぜ? やましいことなんかないんだから、堂々としてりゃいいんだよ」


「はい……」


 言えない……これ魅了の魔眼なので、やましいこと全然ありますとか、絶対言えない。

 っていうか、俺の目って紫なのか……今初めて知ったわ。


「あー、でもアレだな、ウチの嫁さんとは別に目を合わせなくてもいいぜ? ケイに惚れちまったら困っちまうからな。ハッハッハ!」


「は、ははは……」


 正直、笑い事ではない。

 アンファングさん、図らずとも核心を突いている。


 目を合わせなかった村長の様子が一貫して変わらなかったことから、この魔眼は恐らく『目を合わせた人間』に効果があるっぽい。

 女神様はこの魔眼のことを『そこまで強力ではない』って言ってたから、もしかしたら目を合わせても好意を持たれるぐらいで問題はないのかもしれないが、もしものことを考えたら楽観は危険だ。


 アンファングさんの奥さんの目は、絶対に見ないようにしよう。

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