アンファングさんの後ろについていくと、やがて小さな木製の一軒家が見えてきた。
「ここがオレの家だ。おーい、帰ったぞ」
そう言いながらアンファングさんが家に入っていくと、部屋の奥から長い茶髪を後ろで纏めた、優し気な顔立ちの女性が歩いてきた。
アンファングさんの奥さんだろう。
彼が言っていた通り美人だが、目が合ったらいけないので慌てて視線を下げる。
「お帰りなさい。早かったわね。……あら? そちらの方は?」
「コイツはケイ。隣町から来たオレの甥っ子だ。狩人に興味があるってんで、オレが預かることになった」
「甥っ子? ……なに言ってるの? アナタ、一人息子なんだから甥なんていないでしょう」
「いやまあ、そうなんだけどよ。建前としてはそういうことになってる。実際は森で拾った」
「拾った……? どういうこと?」
訝し気な様子で聞く奥さんに、アンファングさんがこれまでの経緯を説明する。
しかも俺が言った転生うんぬんの話もすべて包み隠さず。
それ、言って大丈夫なのか……?
頭がおかしいと思われるからやめた方がいいと彼自身が言っていたはずだが、奥さんに関しては大丈夫ということなのだろうか。
「………………アナタ、少し向こうの部屋で話してもいいかしら」
一通り話を聞いた奥さんがアンファングさんを連れて違う部屋に入り、ドアを閉める。
それから耳を澄ますと、壁が薄いせいか微かに二人の話し声が聞こえてきた。
『ねぇ、なんのつもり?』
『だから、行く当てがねえって言うから……』
『そういうことじゃないでしょう。どう考えても怪しいし、本気だとしても頭のおかしい人じゃない。だいたい、なんで私に相談もなしに連れてくるの?』
奥さんメチャクチャ怒ってる……全然、大丈夫じゃなかった。
『それはだから……悪かったって。でもよ、可哀相じゃねえか』
『いきなり村の外から素性の知れない男の人を家に連れてきておいて、私は可哀相じゃないの?』
『わかった……わかったって。悪かったから、とりあえずメシにしようぜ。この話は後でまたしよう。な?』
アンファングさんが奥さんをなんとかして宥め、昼食の準備を終え、三人で居間の食卓に着いた後。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も喋らず……というか喋れず、黙々と肉の入ったスープのようなものと、硬いパンを食べていた。
……き、気まずい。味が全然わからない。
「あの、ケイさん? ……でよかったかしら」
「あ、はい!」
声に反応して顔を上げようとするも、すぐ魔眼のことを思い出して視線を下げる。
「…………今までは、なんのお仕事をされていたのかしら」
「主にショッピングモールなどで警備員をやっていました」
「しょっぴんぐ……けいびいん? どういうお仕事?」
「ええと……大きな商業施設での、そうですね……見張り、みたいなものです。異常がないかとか、不審者がいないかを見回って見張るような」
「へぇ…………そうなんですか。ご立派ですね」
「い、いえ……」
わかる。
視線は合わせてないけど、これ絶対『現在進行形で不審者のお前が?』って感じの目で見られてる。
「これからはどうされるご予定なの?」
「だからそれは、オレが預かって……」
「私はケイさんに聞いてるのよ?」
横から答えようとしたアンファングさんの言葉を、途中で奥さんが遮る。
空気のピリつき具合が半端ない。
「あ、あの……できたらなんですけど、この村で仕事と住むところを探したいなと……」
「この村に家なんて余ってねえぜ? ここに住めよ。仕事もオレが面倒見てやるから」
「アナタ?」
アンファングさん、やめて……奥さんに無断で話を進めようとしないで……。
「い、いえ、お気持ちはありがたいですが、そこまでしていただくのも悪いですし……」
「いやいや、オレの身内って村長にも言ってんだから、逆にオレが面倒見ないとおかしいだろ?」
「あ……」
そういえばそうだった。
アンファングさん、俺のこと甥っ子って紹介してたんだった……事前に相談もせず。
「アナタ? 私、それ聞いてないんだけど?」
「そういうことになってるって言っただろ」
「村長にまで言ってるとは聞いてないわよ」
「いま言っただろ」
「事前に聞いてないって言ってるの!」
「……あ、あの!」
席を立ちながら声を掛け、ヒートアップし始めた話を止める。
「ごちそうさまでした。美味しい食事をありがとうございます。それと、すみません……何か私にできることはないでしょうか? 雑用でも何でもしますので!」
〇
食事をご馳走になったお礼として薪割りをすることになり、家の外。
「あー……そういや薪割りの斧、大型しかねえんだった。これだと、ケイの体格じゃ厳しいな」
アンファングさんが手に持つ大きな斧と、俺の腕を見比べながら言う。
確かに前世だったらともかく、今の俺は明らかに華奢で細腕だ。
「んー……やめとくか」
「でも、他に任せられそうな雑用とかはないんですよね?」
「まあそうだけどよ。ケガしたら危ねえし」
「やらせてください。厳しそうだったら無理はしませんので」
村の外に放り出されたら困る以上、今はとにかく少しでも役に立って、アンファングさんと奥さんの心象をよくするしかない。
アンファングさんは魔眼のせいか俺への好感度が非常に高いので、実質的には奥さんの心象だが。
……一瞬、奥さんにも魔眼を見てもらえば問題は簡単に解決するだろうとは思ったが、すぐに頭を振って考え直す。
男性と女性で魔眼の効き目がまったく同じだという保証もない。
場合によっては大変なことになりそうなのは目に見えてるし、ここは慎重にいくべきだろう。
「……んで、薪じゃなくてその下にある台を狙って、真下に叩きつけるような感じだな」
アンファングさんに見本を見せてもらい、斧を受け取って自分も同じようにやってみる。
するとカン! と小気味いい音を立てながら薪が真っ二つに割れた。
「お……おお? なんだ、見た感じ普通に振れてるな。斧の重さは大丈夫か?」
「はい。思ったよりも軽かったです」
「本当か? 割と重い斧だと思うが……」
アンファングさんは顎に手を当てて首を傾げている。
その間にも次の木を用意して、さっきと同じように割っていく。
「おお……ケイは見た目より力があるんだな。なんならオレより早いし正確だぞ」
「あはは、それはないですよ」
「マジで言ってるんだが……って、いや、本当に早いな」
「慣れてきました」
「まあ力が足りてるんなら薪割り自体はそんな難しくねえだろうが、そんな早さでやってたらすぐバテて動けなく……いや早い、早い早い早い……えぇ……?」
「あ、終わりました」
「早すぎだろ!」
山積みになった薪を見て、アンファングさんが声を上げる。
「見た目より力があるってレベルの話じゃねえぞ……ケイ、腕は大丈夫か? ぶっ壊れたりしてないか?」
「特に問題はなさそうです」
それどころか、すこぶる調子がいい。
前世の巨体ならまだしも、この華奢な肉体でこれは明らかにおかしい。
これも女神様が言ってた『加護』とやらの効果だろうか。
「マジで余裕そうだな……そんならちょいと、本業も試してみるか」
アンファングさんはそう言って、納屋から弓矢を持ってきた。
〇
「ケイをオレの後継者にしようと思う」
夕食後。
食卓を囲んでお茶を飲んでいる最中、アンファングさんは突然、そんなことを言い始めた。
「アンファングさん!? いきなり何を……」
「薪割りの後な、試しに弓も教えてみたんだが……コイツには才能がある。技術だけならすぐ一人前になれるはずだ。まあ、とはいえオレもまだまだ現役だから当分、二人でやることになるだろうが……人手不足だったからちょうどいいだろ」
「アンファングさん、お気持ちは嬉しいんですが……」
「なんだよ、嫌なのか?」
そういう問題ではなく。
奥さんがあれだけ事前相談がないことを怒っていたのだから、突然そんなことを言ったらまた……。
そう思って戦々恐々としていると、奥さんは席を立ち、俺のそばに近寄ってきて言った。
「ケイさん、別室で少しお話しできるかしら?」