どうして二人で話す必要があるのかと疑問に声を上げるアンファングさんを半ば無視して、奥さんは強引に俺を別室へと連れ込んだ。
「目的はなんですか?」
「え……」
二人だけになった部屋の中で、奥さんが俺に向き直って言う。
「別の世界から転生? だなんて明らかな嘘をついて……平民をからかうのはやめていただけませんか?」
「ど、どういう意味ですか?」
「服装は粗雑なものですが、その髪や肌……どう考えても一般的な平民が維持できるものではありません。どこかの貴族か、または豪商のご子息かは知りませんが……」
奥さんが深いため息をついて、腕を組む。
「とても迷惑です」
「…………ごめんなさい」
「謝るなら出て行ってくれます? そちらの身分や生まれがどうであれ、ここではなんの権限もありませんから」
「それはその……貴族とかではないのですが、行き場所がないのは本当で……」
というより、転生うんぬんの話も全部本当なんだけど……それはそれとして、ここを追い出されると非常に困る。
「私はアンファングさんの甥ということになっていますので、他の頼れそうな村人を探すのもおかしいですし……」
「村から出ればいいでしょう」
「いえ、ですから着の身着のままでして……」
「村の近くまで来ることができたのに?」
ああダメだ……前提条件の転生うんぬんの話が嘘だと思われてるから、行き場所がないって話も信じてもらえてない。
どうしたものかと悩んでいると、背後からガチャ、とドアを開ける音がした。
「おいジエナ、いい加減にしろ。壁が薄いから全部聞こえてんだよ」
「アナタ……私はケイさんと話を」
「話? お前が一方的に『出てけ』って言ってるだけだろうが」
アンファングさんが苛立たしげに奥さんへと詰め寄る。
「ケイのことは急な話だし、お前の態度もある程度は仕方がないと思ってはいたが……ここまでされたら話は別だ」
「なに? まさか、彼の代わりに私を追い出すとでも言うつもり?」
「…………場合によってはな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアンファングさん、それは……」
「ケイは黙っててくれ」
アンファングさんは有無を言わせない迫力で俺を制止した。
「ジエナ……ケイのことを事前に言わなかったのは悪かった。そういうのを抜かすのはオレの悪い癖だ。だがな、この家の主はオレだ。オレの決めたことに反対するなら……お前は家から出てってもらう」
「アナタ……本気なの?」
「半ば駆け落ちみたいな形で出てきた家に戻るのは気まずいだろうが、あの親父さんなら大丈夫だろ。それにお前の実家なら、こんな辺境の村よりよほど、いい暮らしも……」
「…………私に、子どもができないから?」
奥さんが声を震わせて言う。
「だから……追い出すの?」
「それは関係ない」
「だったら、なんで……なんで当てつけみたいに赤の他人を自分の『後継者』にするだなんて言うの!?」
「…………オレだっていつまでも現役じゃいられない。子どもができない以上、先のことを考える必要はあるだろ」
「やっぱり、私に子どもができないからじゃない!」
「違う!!」
アンファングさんが壁に拳を叩きつける。
「お前じゃない……子どもができない原因は、オレなんだ」
「……どういうこと?」
「昔、まだオレたちが隣町でそれぞれ実家にいた頃、オレが風邪でしばらく会えないことがあっただろ。あれが本当は普通じゃない厄介な風邪で、何日も高熱が続いて……顔とか、男の玉とかが腫れあがって……」
顔を伏せ、アンファングさんは苦しげに言葉を続けた。
「運よく、いい医者に診てもらえて命は助かったが……そのとき言われたんだ。……もしかすると、この風邪の後遺症でもう、オレには子どもができないかもしれないって」
「そんな……」
奥さんは息を呑み、アンファングさんに掴み掛かった。
「なんで……なんで言ってくれなかったの!?」
「最初は医者の言うことを軽く見てた……けど、実際に何年も子どもができなくて、怖くなったんだ。……これを言ったら、お前がオレから離れていくんじゃないかって」
「っ……」
「謝って済むことじゃないが……すまなかった」
「——バカ!」
奥さんがアンファングさんの胸を叩きながら言う。
「本当に……バカよ、アナタは……」
「…………すまん」
アンファングさんは奥さんをそっと抱きしめ……ようとして、手を払いのけられた。
「いや、許してないんだけど? なに雰囲気で流そうとしてるの? アナタ……そんな大事なことを隠しておきながら、よくも私に向かって『出てってもらう』とかなんとか言えたわね?」
「そ、それとこれとは話が違くないか?」
「違くないでしょう? 私がどれだけ子どもが欲しかったか、アナタは昔から知っていたはずよね? つまりアナタは私を騙して、私の人生を台無しにしたわけよね?」
「そんなつもりは……」
「は?」
「す、すまん……本当にすまないと思ってる……」
「『すまん』? 『すまない』?」
「いやその……ごめんなさい……」
「『ごめんなさい』?」
「うっ……申し訳ありませんでした……」
「頭が高いわねぇ……」
「申し訳ありませんでしたぁ!」
アンファングさんは床に両手両膝をつけて、奥さんに頭を下げた。
……俺はいったい、何を見せられているのだろう。
というか、挨拶で頭は下げなくても謝罪で土下座的なものはあるのか……。
両手と両足が豪快に開いてるから、正確には土下座ではないんだろうけど。
「言っておくけど、許さないから。アナタは生涯を通して私に償う義務があるわ。まあでも、自分から告白したから、そうね……ケイさんを追い出すなら、いったんここは収めてあげても……」
「それはダメだ」
「そうよね、当然よね、アナタは私に負い目が……え?」
「ケイは追い出さない……うおぁ!?」
奥さんがアンファングさんの襟元を掴み上げ、そのまま両手を交差させて襟で首を絞める。
「この——クズ男!! そんなに死にたいの!?」
「うぐぅ!? ま、待て待て! わかった! それなら、お前がケイの子どもを産めばいい!」
唐突な爆弾発言に、その場の空気が凍りついた。
「ケイとはまだ会って間もないが、オレはもう大事な弟のように思ってる! 家族同然だ! そんなケイとお前の子なら、オレの子も同然だ!」
「アナタ……いったい、何を言って……」
「ケイは見た目がいいし、才能もあるし、若くて人柄もいい! 子どもの種としては最適……お?」
奥さんが掴んでいたアンファングさんの襟を離して、言う。
「アナタは……昔からすごく嫉妬深くて、違う男と私が話しているだけでも怒ってたわよね……」
「あ? ああ……そうだな」
「そんなアナタが、私を見ず知らずの男に……?」
「見ず知らずじゃない、ケイだ。他の男だったら絶対に許さないぞ」
「………………そう」
奥さんは静かにうつむくと、アンファングさんと俺を横切りドアに向かって歩き出した。
「おい、どこに行くんだ?」
「…………」
アンファングさんの問い掛けには答えず、奥さんはドアを開けて出て行った。