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第7話 出会い

 俺は村を出て、お世辞にも整っているとは言えないデコボコした街道を歩いていた。街道脇の森からたまに襲ってくる魔物を倒し、その死骸から指先程度の小さい魔石を回収しながら、隣町を目指して歩き続ける。


 数時間後、干し肉を食べながら少し休憩。

 そして今後のことを考えつつ、再び街道を歩き始める。


「まずは食い扶持だよな……」


 普通に生活するうえで魅了の魔眼が厄介すぎるため何とかしたい気持ちはあるのだが、それはそれとして日々の糧が得られなければ生きていけない。


 アンファングさんのおかげで多少の路銀と携帯食料などは用意できたし、いざとなれば森で動物なり魔物なりを狩れば飢えることはないだろうが……だからといって、のんびりできる余裕はないだろう。


「狩りとか魔物退治で稼ぐか」


 必要に迫られて教えてもらった弓術と狩りだが、これが思いのほか面白かった。

 身体能力が前世と比べ格段に上がっていることも関係しているかもしれない。


 今までは命の危険があるような仕事なんて、可能な限り避けたいと思っていたものだが……考えは変わるものだ。

 そんなことを思いながらひたすら街道を歩き続けると、周囲の木々が黄昏色に染まり始めた。

 ということは、半日以上は歩いていたことになるだろうか。


「もうそんな経ったのか。早いな……ん?」


 街道の右側にある森の中から、微かに人の声が聞こえた。

 しかも切羽詰まっているような……気がする。


「……行くか」


 ここで見て見ぬふりは夢見が悪すぎる。

 俺は上着についたフードを頭に被り、森の中に入っていった。



 〇



 鬱蒼とした森の中を走り続けしばらくすると、前方の少し開けた場所にオオカミ型の魔物が見えた。よく見ると大量にいて、二人の少女を囲んでいる。


「はぁ、はぁ……魔力も、限界……!」


「くっ……こんなところで!」


 黒いローブを着た黒髪の少女と、長剣を構えた赤髪の少女は疲労困憊といった様子で、オオカミ型の魔物と相対していた。

 状況から察するに、一刻の猶予もなさそうだ。


「——加勢します!」


 俺は返事を待たず、即座に弓を構えて赤髪の少女に一番近い魔物を狙って矢を放つ。


「ギャウ!?」


 横から飛んできた矢に頭を貫かれ、魔物が濁った鳴き声を上げながら倒れる。

 今まで狩ったことがあるオオカミ型の魔物と同じで、頭を貫かれれば即死するようだ。


「グルルルルル……!」


 周囲の魔物が一斉にこちらを向く。

 どうやら敵認定されたらしい。


「好都合だ」


 頭がこっちに向いて、的が狙いやすい。

 俺は次々と矢を速射し、魔物の頭を射抜いていく。

 近くの魔物から順番に、焦らず、しかし素早く、かつ正確に。


 1匹、2匹、3匹、4匹……続けて仕留めるうち、魔物は完全に俺だけをターゲットにし始めた。

 まだ残り、ざっと見て20匹以上はいるか。

 だが問題ない。矢は足りるし、距離もある。


「これは近いな」


 かなりの数を仕留めた頃。

 こっちに向かってくるうちの1匹が次の矢を手に取る前に襲ってきたので、代わりにナイフを抜いて空中に浮いた魔物の顎を下から突き刺し、頭まで貫く。


「ふぅ……」


 近くに寄ってきた魔物をナイフで仕留めるのは初めてじゃないが、やはり弓より緊張する。心臓がバクバクいってるし。スリルはあるけど、個人的には弓の方が好きだな。


 そう思いながらナイフの血を仕留めた魔物の毛皮で拭いていると、周囲の気配が変わった。他の残った魔物が後ずさっている。どうやらようやく俺を脅威と認めたらしい。


 でもまあ、できる限り仕留め切った方がいいだろう。

 そんな考えから再び速射を開始する。


「……何匹か逃げたか」


 森の中だから木に阻まれて射程も短くなるし、さすがにオオカミ型の魔物には足の速さで追いつけない。

 大多数を仕留めることができたから良しとしよう。

 そんな風に逃げていく魔物を眺めていると、こちらを見ていた赤髪の少女が口を開いた。


「すご……お兄さん、いったい何者?」


「ちょっとシルヴィ、第一声が何者はないでしょう」


 黒ローブを着た黒髪の少女は窘めるように言うと、俺に向き直った。


「連れが失礼しました。助けていただきありがとうございます。私はリリアといいます。魔法使いで、冒険者をやっています。……ほら、シルヴィ」


「お兄さん、助けてくれてありがと! あたしはシルヴィ・ド・デティオール。可憐な剣士で冒険者だよ。一応貴族だけど、堅苦しい言葉は使わなくて大丈夫だからね~。お兄さんは命の恩人だし」


「シルヴィ……逆にあなたはもっと丁寧な言葉を使うべきです。相手は命の恩人なんだから」


「え~、やだ。堅苦しいのが嫌で冒険者やってるんだし。いいじゃん、年も近そうだし。お兄さんもそんなの気にしないでしょ?」


 赤髪の少女、シルヴィがこちらを向いて話を振ってきたので、俺はフードを目深に被り、目を合わせないよう注意しながら返事をした。


「ええ、気にしませんよ。私はケイといいます。見ての通り狩人です」


「え……ちょっと待って、割と気にするタイプ?」


「はい? なぜですか?」


「いや、だって堅苦しい言葉使わなくていいって言ってるのに使ってるし、目も合わせないし……」


「ああ、それは申し訳……じゃなくて、ごめん、言葉は癖みたいなもので、他意はないよ」


 以前の仕事だと他人には基本、敬語で喋ってたからそれがデフォルトになってしまっているだけだ。

 まあ大抵の仕事というか、社会人は敬語が基本だろうけど。


「あと、目を合わせないのは、その……人と目を合わせるのが凄く苦手で。これも他意はないから、許してほしい」


「へ~、そうなんだ。なんか大変だねぇ。まぁでも、ちょっと怪しく見えるから直した方がいいかも。損だよ、損。せっかくいい腕してるのにさ。勿体ないよ」


「あはは……そうだよなぁ、我ながらそう思う。うん、そのうち何とかするよ」


「そのうちじゃなくて、すぐ直した方がいいよ! なんなら特訓相手になろっか? 命の恩人だし、それぐらいはお安い御用だよ。あたしみたいな美少女の目を見れるなんて眼福でしょ? あ、でもあたしのこと好きになっちゃダメだよ。それは困る」


「あー……えーっと……」


 これなんて答えたらいいんだ?

 反応に困る。


「シルヴィ、困ってますよ。あと命の恩人以前に失礼だからやめてください。恥ずかしいです」


「え~? 親切心なんだけどなぁ。まーいっか。お兄さん、特訓したくなったらいつでも言ってね」


「あ……うん。ありがとう。そのときは頼むよ。ところで、君たちはどうしてこんなところに? 街道からは割と離れてるけど」


「それね! カーミネイトベアっていう魔物の討伐依頼を受けてここまで来たんだけど、さっきのヤツらに囲まれちゃってさ」


「なるほど……ってことはこの辺りでさっきのヤツらとは別に、その魔物と遭遇する可能性があるってことか」


 討伐依頼を受けてここに来たぐらいだから、彼女たちにとってその魔物は勝算があったのだろうが、今はさっきのオオカミ型魔物と戦って疲労困憊といった様子だ。俺も誰かを守りながら戦う経験は浅いし、もし遭遇しても可能であれば戦闘は避けた方がいいだろう。


「その魔物の特徴は? 名前的にクマ型の魔物っぽいけど」


「そうそう、クマ型で、すっごい大きくて目が赤いヤツ。あと毛皮は黒っぽくて、ところどころに赤い模様が不規則に走ってるんだって」


「クマ型で大きくて目が赤くて……あれ? そいつってもしかして、背中になんか赤い結晶みたいなトゲトゲあったりする?」


「あ~、そういえば討伐表にそんなことも書いてあった気がする! お兄さんも知ってた?」


「知ってたというか……それ、別の個体じゃなければこの間、俺が狩ったヤツかも」


 アンファングさんに『教えることはもう何もねえ』と言われたときに狩っていた、クマっぽい魔物だ。

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